第十七話 死姫、向き合う
「隊長、あの……」
困惑した表情を浮かべたロイ――あまりに自分に似すぎていて脱帽――が、恐る恐るアルバードに声をかける。
「あぁ、まぁ、質問その他いろいろあるだろうが、それは後回しだ。アリシア、他に何か聞くか?」
「……いえ。これ以上聞いても、怖い女と思われるだけで大した情報は得られそうにありませんから」
既に怖ェよ、とロイが小さく呟く。悪かったな怖くて。
というか、この事態はどうやって収拾をつけるんだろう……と思っていたところに、第三者が飛び込んできた。
「アルバード殿、妹たちはこちらですか?」
その人物を見て、思わずロイと私はアルバードを見る。
「えぇ。申し訳ない、ローレンス殿。わざわざご足労願って」
長い金の髪を一つにくくった青年は、吊り上がった青の瞳で、部屋の中を見渡した。そして、そこに確かに私と姉妹の姿があることを確認すると、眉をしかめる。
「フィーナ、ヴィオレット。お前たちは、何をしているんだ……」
ローレンス・オブライエン。伯爵家の現当主であり、姉妹の長兄でもある男だ。
彼の声は半ば絶望したような響きがあった。彼は私に視線を向けると、膝をついて頭を下げる。
「アリシア姫、私の妹たちが貴方に大変失礼なことをしてしまったようで……。二人に代わって、私から謝罪をさせて下さい」
私はアルバードを睨みつけつつ、ローレンスに声をかける。
「……ローレンス様、頭をお上げください。貴方に非はありません。全ては誤解を招いた私が悪いのです。今回の件については、表沙汰にするつもりはありません」
というかできないだろう。近衛士が無断で貴族の屋敷に侵入していたことといい、正当防衛とはいえ令嬢を拘束したことといい、少々表沙汰にするには苦しすぎる。
「アルバード様、助けに来ていただき、ありがとうございました。もう帰りましょう?」
「そうだな。ローレンス殿、ご迷惑をかけて申し訳ない」
アルバードは深く一礼すると、ロイに軽く顎をしゃくった。ロイはいまだ憮然とした顔をしつつも、おとなしく後をついてくる。
部屋を出、二人がそれぞれ入ってきたらしい裏口をくぐって外に出ると、既に月は西の空に傾いていた。
「さて、と。ロイ、迷惑をかけたな。ルイス達はさっき見かけたから帰らせた。お前も帰っていいぞ」
「はぁ……」
演技が切れたらしいロイは、特徴的な猫背が目立つ立ち方のままガリガリと頭を掻いた。
「あの、隊長……今回の件は、誤解、なんすよね」
ちらり、とアルバードが私に視線を投げかけた。
――どうする?全て言うか? とでもいうように。
私は小さく首を振った。まだだ。話すとしても、こんな一人二人になんとなく話すことはしたくない。話すなら、隊員全員の前で。私が騙した仲間たち全員に、頭を下げたい。
アルバードは苦笑した。
「あぁ、誤解だ誤解。安心しろ」
ロイはほっとしたように笑った。
「そうっすか。ならいいんです。――それでは、俺はこのへんで」
そう言って、ロイは森の中に消えていく。その後ろ姿を見送っていると、不意に腰に腕を回された。
「ちょ……」
「本気で浮気する気か?奥さん」
今までの、どこか丁寧な口調とは違った、馴染みのあるからかうような声。
「いつから気付いてたんですか」
私は振り返らずに、ぶっきらぼうな声を返す。
「疑い出したのは、結婚して一週間経った頃からだな。隠しているつもりだったんだろうが、武人ほど人の動きを見る人間もいないもんだ。細かい癖までは変えられなかったらしいな、シアン」
彼に謝ろう。
謝って、そして別れよう。
謝罪の言葉を絞り出そうとした私は、突然背後から抱きしめられた。
背中から伝わる暖かなぬくもりに、バカみたいに心臓が跳ねる。
「アリシアでもシアンでも、俺は別に気にしないぞ?俺がこの縁談を受けたのは君を妻にしたいと願ったからであり、ほかに理由などは存在しない。離婚しようとかは冗談でも言い出すなよ?」
「でも、でもだなぁっ!」
付けていた仮面をかなぐり捨てて、私はアルバードに向き直った。
「私には、そりゃあ山程悪い噂と欠点と秘密とその他いろいろつきまとうんだよ。結婚すべきじゃなかった。気の迷いだった。あんたにそんな責任押し付けたくない」
「愛する女の秘密の一つや二つぐらいまとめて抱きかかえてやるさ。それが男ってものだ」
「あんたは、ボールドウィン家の再興で手一杯の筈だ」
「……」
アルバードは言い淀む。
ボールドウィン家は、先代まで没落の一途をたどっていた下級貴族である。その一族を支えているのは、実力だけで近衛士隊長まで上り詰めたアルバード。
「さっきまでなら、まだ素直にあんたの嫁になるって、言えたかもしれない。でも今は言えない。私は、まだしなきゃならないことがある。まだ私は『シアン・バード』の姿を使って危ない橋を渡り続けなきゃならない。そこに、あんたを巻き込みたくない。……分かってよ」
「断る」
即答だった。
ふざけるな、と怒鳴り返そうとした私に、アルバードも瞳を釣り上げた。
「うちの家がなんだ。あんなのどうせ兄弟たちも親父も健在なんだ、あいつらに任せておけばいい。俺が出世したからって俺が支えてやる必要もないだろう。少なくとも、愛した女を投げ捨ててまですることじゃない。危ない橋を渡る?ならなお一層頼れ。一人で突っ走ろうなどという無謀なことは考えるな!」
「だからいちいち台詞が臭いッ!愛した女とかサラっというなサラっと!!」
「本音を言っては悪いか!?」
「―――――っ、だあああああああ!!」
顔が熱い。夜風に体は冷えているはずなのに、全身を焚き火で炙っているような熱さがある。
「俺はお前が好きだ。もう二度と、手放す気はない」
「元、部下だけど」
「実は低脳で人を嘲笑うことしか能のない性悪女でしたと言われるよりは数倍ましだ」
顎に手を当てられ、私はその手に導かれるまま、視線を上げる。
「俺の妻として生きてくれ、アリシア」
まっすぐな深い青の瞳。ずっとずっと、憧れてきた人。
答えなんて、端っからひとつしかなくて。
「――――――はい」
ぐいっと顎を引かれた。そのまま、ゆっくりと息を合わせる。
二度目の誓いのキスは、深く深く、心に染み込んだ。
後半の糖分の高い部分は、半分寝ぼけた状態で書き荒らしました。
いまだ人生において恋愛らしい恋愛をしたことのない作者です。
これで一旦一区切りとなります。しばらく更新が遅れるかもしれませんが、気長にお待ちください。




