第十六話 死姫、箍が外れる
くつくつと目の前でこの状況を楽しんでいるアルバードに、私は仮面越しに鋭い視線を向けた。
「いい加減貴方から否定して頂けませんか、アルバード様?」
「あぁ、悪いな。面白かったものだから」
主に私を弄るのが、だろう。
この人は私が苛立っていることも気付いていながら、話を掻き回して長引かせて楽しんでいるのだ。全く性格が悪い。
「何、君が誤解した件だが、あれは主に俺の責任だな。あいつ……シアン・バードが屋敷に来たのは我が妻が目的じゃない。俺と打ち合わせをしに来たんだ」
「そ、そう、なのですの……?シアン様」
未だロイを私と誤解しているらしいヴィオレットに、ロイは困ったような視線をこっちに送ってきた。まぁ、こちらは無理に誤解を解いてやる必要はないだろう。どうせ直ぐにこの屋敷を出るわけだし。
頭が重い。一度頭に登った血が未だ下がっていく気配がない。きつく握り締めた手のひらからは既に感覚が消えていた。
話は、数十分前に遡る。
「その時、シアン様は仰ったの。『貴方のような美しい女性が、何故このようなところで泣いていらっしゃるのですか』と」
うっとりとした口調で話す妹姫――ヴィオレットのノロケ話を聞きながら、私は部屋の端で死んだ目をしていた。
黒歴史という弱点をゴリゴリと削られ続け、そろそろ私の精神力は限界に近い。隊長との時も思ったが、何の拷問だこれ。
途中で、言葉を右から左に聞き流す技術を手に入れた。ワタシ何モ聞イテマセーン。
「ねぇちょっと、聞いているの?」
だから聞いてないんだって。
虚ろになりかけた目を上げると、フィーナが再び口を開いた。いつの間にかヴィオレットはいなくなっていた。
「助けを待っても、無駄よ。シアン様は私達の手中に入るし、貴方を盗み出してきたのは超一流のプロですもの。絶対に捕まらないわ。なんたって、六年前の事件の時ですら捕まらなかったって」
フィーナはそこで言葉を途切れさせた。
とっくに切れていた縄を一瞬で解き、フィーナの肩を掴む。
「誰、それ」
「ひ、……っ」
「六年前の、事件?それは、隻眼の男?黒髪の。そう?」
後ずさろうとしたフィーナをそのまま壁に押し付ける。右手をその細い喉に当て、息苦しい程度に圧迫する。
「言え。その男はどこだ。どうやって出会った。知っていること、全て吐け」
「嫌っ、誰か、助け……」
「言えッ!!!」
美しく整った顔が歪んだ。ポロポロと真珠のような涙をこぼしながら、つかえつかえに言葉を吐く。
「私、知らなっ、貴方を殺せって、言われて、その男が、一緒に来て……っ」
「私を殺せって?誰。それは誰の命令?」
知らない、とフィーナは首を振った。
「最初、話を持ちかけられたの、妹で。街で、会ったって、フードの壮年の男、この紙も、その男が……」
「……っ」
手を離すと、フィーナは喉を抑えて崩れ落ちた。ぎりりと歯を食いしばる。
ただの貴族の娘の計画にしては、やけに手際が良すぎると思った。そのくせやけに後先考えていないとも。
あの男達の手引きだったのだ。彼女たちは捨て駒だ。運良く私を始末できれば良し。できずとも、彼らにとって大した損害ではない。むしろ王国は由緒正しき忠臣を一人失うことになる。
手近にあった燭台を片手に、扉を開こうとした瞬間、扉の向こうに気配を感じ、後ろに飛びずさった。
「……これは、騎士は必要なかったか?」
「……あ」
扉を開けて入ってきた人物に、つい絶句する。
私の夫である男は、ぐるりと部屋の惨状を見た。壁際でうずくまっているフィーナ、燭台を持って仁王立ちしている私。弁解の余地もない。
「あの、その、これは……」
それでもなんとかごまかそうとした私を、隊長は引き寄せた。首筋に顔を埋めて、くすりと笑う。
「言い訳は後で聞こうか、シアン?」
「――――――っ!?」
一瞬体が硬直して――すぐに、諦めたように力を抜いた。
いつからバレてたのか、とか。なんでバレたのか、とか。騙していてごめんなさいとか。言いたいことは多いけれど。
けれど、今。心の中の重しの一つが外れた気がした。
「既にこの屋敷の持ち主には状況を説明してある。娘たちが俺の妻を攫ったようだ、とな。すぐにオブライエン伯がこちらに来るだろう。それまでに少しすることがあるんだが、ついてきてくれるか?」
「えぇ。私も少ししたいことがありますので」
私の返答に満足したのか、アルバードは私を解放すると、壁際のフィーナに向き直った。
「さて、と」
「あ、アルバード様、その女は……ッ」
弁明をしようとしたフィーナをアルバードは何のためらいもなくさくっと捕獲し、さくっと手で口を塞ぎ、両手を拘束した。
「はい完了」
「……アルバード、様は、もっとレディーファーストな性格だと思ってました」
抵抗する女を取り押さえる犯罪者に見えなくもない図に思わずそう呟くと、隊長は肩をすくめた。
「俺だって、怒る時もある。――行くぞ」
「さいで」
何事もなかったかのように、女一人抱きかかえたまま歩き出したアルバードの後を追って、私も暗い部屋を後にした。




