第2話「年収1,000万円ですが、割り勘です」
「僕は、そんなに高望みしているつもりはないんです」
佐倉ひよりは、目の前の男性を見つめた。
高城直人、三十六歳。
IT企業の管理職。年収一千万円。
清潔感のあるスーツに、きちんと整えられた髪。受け答えは丁寧で、姿勢もいい。
プロフィールだけを見れば、かなりの好条件だ。
(年収、一千万円……!)
ひよりの脳内で、突然、金色の光が弾けた。
(SSRキターーー!!)
まばゆい演出とともに、豪華な装飾のカードが出現する。
『高城直人 36歳』
『職業:IT企業管理職』
『年収:1,000万円』
(年収一千万円クラス! 全給与所得者でも数%の超レア枠!)
(しかも清潔感あり、受け答え良好!)
(これは……とんでもない大当たりなのでは!?)
もちろん、現実の高城はカードから召喚されたわけではない。
ただ椅子に座り、静かに相談を始めようとしているだけだ。
「それなのに、なぜか交際が長続きしないんです」
「そうなんですね……」
ひよりは手元の資料に目を落とした。
婚活歴は三年。
お見合いの成立件数は決して少なくない。仮交際に進んだ経験も複数ある。
しかし、成婚には至っていなかった。
(……あれ?)
(SSRなのに、なぜか攻略が進んでいない……?)
「失礼ですが、高城様はどのような女性を希望されているのでしょうか?」
「対等な関係を築ける方ですね」
「対等な関係、ですか」
「はい。精神的にも経済的にも自立していて、自分の考えを持っている女性が理想です」
ひよりは頷いた。
「素敵だと思います」
「僕自身、今の収入を得るまでには相応の努力をしてきました。ですから、相手にも何かを頑張ってきた人であってほしいんです」
「なるほど……!」
仕事への理解がある。
自分の人生を大切にしている。
そして、互いに尊重し合える関係。
(うんうん! とても健全な結婚観!)
ひよりは少し安心した。
前回担当した女性は、十年間の自分磨きの末に、希望条件をさらに増やして帰っていった。
今回は、もう少し落ち着いた相談になりそうだ。
「ちなみに、お相手の年収などに希望はありますか?」
「できれば五百万円以上ですね」
「なるほど」
「僕の収入を当てにしない女性がいいので」
「……当てにしない、ですか?」
高城は小さく息を吐いた。
「正直に言うと、お金目当ての女性にはうんざりしているんです」
「そうだったんですね……」
「僕のプロフィールを見ると、まず年収の話になることが多いんですよ」
「確かに、一千万円というのは目を引く数字ですね」
「そうでしょう。でも、僕は年収一千万円の男である前に、一人の人間なんです」
ひよりは思わず姿勢を正した。
(深い……!)
条件だけで人を判断してはいけない。
結婚相談所で働くうえで、忘れてはいけないことだ。
「だから僕は、初回デートでは必ず割り勘にしています」
「なるほど!」
ひよりは勢いよく頷いた。
そして、ペンを止めた。
「……割り勘?」
「はい」
「初回デートで、ですか?」
「そうです。そこで女性の本質が見えますから」
(……本質?)
「例えば、会計のときに財布を出すかどうか」
「はい」
「財布を出したとしても、本当に払う意思があるかどうか」
「……はい?」
「僕が割り勘を提案したときの表情も重要ですね」
高城は淡々と続けた。
「一瞬でも不満そうな顔をしたら、その時点で評価を下げます」
「ひょ、評価……」
「もちろん、態度には出しませんよ。心の中で判断するだけです」
(怖っ!?)
ひよりの脳内に、突然、採用面接の光景が浮かんだ。
長机。
面接官。
そして、緊張した面持ちで財布を取り出す女性。
『財布を出す速度、良好』
『支払い意思、やや不明瞭』
『表情に一瞬の曇りを確認』
『総合評価――不採用』
(デートじゃなくて採用試験になってるううう!!)
「佐倉さん?」
「はっ! はい!」
「どう思われますか?」
「えっ?」
「僕の考え方です」
ひよりは慌てて言葉を探した。
「え、ええと……お金だけで判断されたくない、というお気持ちは理解できます」
「そうでしょう」
「ただ、割り勘への反応だけでは、お相手の人柄までは分からないかもしれません」
「もちろん、それだけで判断するわけではありませんよ」
「そうですよね!」
「ほかにも確認項目はありますから」
(まだあるんですか!?)
ひよりは笑顔を維持した。
社会人としての笑顔だった。
内側では、何かが悲鳴を上げていた。
*
「ところで、結婚後の生活についても伺ってよろしいでしょうか?」
ひよりは話題を変えた。
このままでは、割り勘の採点基準だけで面談時間が終わってしまう。
「もちろんです」
「お相手には、お仕事を続けていただきたいとお考えですか?」
「はい。自立している女性が理想ですから」
「共働きを希望されているんですね」
「そうなりますね」
ひよりは資料に書き込んだ。
共働き希望。
経済的に自立した女性。
互いの仕事を尊重。
(なるほど。かなり具体的になってきた!)
「では、家事や育児の分担については、どのようにお考えでしょうか?」
「そこは基本的に妻にお願いしたいですね」
「…………」
ペンが止まった。
「……奥様に?」
「はい」
「基本的に?」
「ええ」
高城は不思議そうな顔をした。
「僕は管理職なので、どうしても帰りが遅くなるんです。休日出勤もありますし」
「そうなんですね」
「生活費は僕が多めに負担するつもりです。ですから、家のことは妻に任せるのが合理的だと思っています」
「……なるほど」
(…………)
ひよりは、書きかけのメモを見た。
『共働き希望』
『経済的に自立した女性』
『家事・育児は妻が担当』
(……ん?)
(お相手も働いて……)
(家事もして……)
(育児もして……)
(高城様は、お仕事が忙しいから……)
「ちなみに、高城様は平日、何時頃に帰宅されることが多いのでしょうか?」
「日付が変わることも珍しくないですね」
「えっ」
「最近は少し落ち着いていますが」
「そ、そうなんですね……。休日はいかがですか?」
「仕事が入らなければ休めますよ」
「それなら……」
「ただ、疲れているので、基本的には寝ています」
「…………」
(奥様、いつ旦那様と会えるんですか!?)
ひよりの頭の中で、見知らぬ女性が朝食を作り、仕事に出かけ、帰宅して夕食を作り、子どもを寝かしつける姿が浮かんだ。
その間、高城はずっと会社にいる。
週末。
ようやく帰ってきた高城は、布団の中で眠っていた。
(こ、これは……)
ひよりは、その想像を振り払った。
まだ結婚相手も決まっていない。
子どもがいるわけでもない。
勝手に生活を想像してはいけない。
「もちろん、家事が得意な女性がいれば、一番いいですね」
高城は微笑んだ。
「そういう方なら、僕も安心して仕事に集中できます」
「……そうですね」
ひよりも微笑んだ。
今度は少しだけ、頬が引きつっていた。
*
数日後。
ひよりは、一人の女性のプロフィールを見つめていた。
黒川美咲。
三十四歳。
外資系企業勤務。年収六百五十万円。
結婚後も仕事を続けたいという意思があり、経済的にも自立している。
紹介文には、こう記されていた。
『物事を論理的に考える性格です。お互いを尊重し、協力し合える結婚生活を希望しています』
(……これだ!)
高城が希望していた女性像に、驚くほど近い。
もちろん、プロフィールだけで相性が決まるわけではない。
それでも、ひよりは期待せずにはいられなかった。
(お互いに自立した合理主義者!)
(価値観も近そう!)
(これは、かなり有望なのでは!?)
ひよりは、さっそく先輩に相談した。
「先輩! このお二人、相性がよさそうだと思うんですが!」
先輩は画面を覗き込んだ。
「高城さんと黒川さん?」
「はい!」
「ふうん……」
先輩は二人のプロフィールを見比べた。
「どちらも合理的な人ね」
「ですよね!」
「そうねえ……」
先輩は少し考えたあと、言った。
「会ってみる価値はあるんじゃない?」
「ありがとうございます!」
ひよりは嬉しくなった。
先輩が反対しなかった。
それだけでも、今回は自信が持てる。
もっとも、先輩は最後に小さく付け加えていた。
「……似た者同士が合うとは限らないけど」
その言葉は、張り切るひよりの耳には届かなかった。
*
お見合いは成立した。
初対面の印象も悪くなかったようで、二人は仮交際へ進むことになった。
そして、初回デートの翌日。
ひよりは高城から連絡を受けた。
「高城様、その後はいかがでしたか?」
「……それが、少し困ったことになりまして」
「えっ?」
「黒川さん、最初はとても感じのいい女性だったんです」
「そうでしたか!」
「話も合いましたし、仕事に対する考え方も近かったんですよ」
「よかったですね!」
「ええ。ところが……」
高城はそこで言葉を切った。
「思っていた以上に、お金に細かい方だったんです」
「……お金に?」
ひよりは首を傾げた。
「はい。突然、家事の値段を計算し始めましてね」
「…………?」
家事の、値段。
(えっ、何それ?)
高城は困ったように息を吐いた。
「少し、聞いていただけますか?」
「もちろんです!」
ひよりは背筋を伸ばした。
「実はですね……」
高城が語り始める。
そして、ひよりの頭の中で、二人のデートが再現されていった。
*
落ち着いた雰囲気のレストラン。
向かい合う男女。
高城直人は、黒川美咲との会話を楽しんでいた。
「黒川さんは、お仕事がお好きなんですね」
「ええ。大変なこともありますけど、今の仕事にはやりがいを感じています」
「素晴らしいですね。僕も仕事にはかなり力を入れています」
「管理職でいらっしゃるんですよね」
「はい。責任は重いですが、その分、やりがいもあります」
美咲は頷いた。
「仕事に責任を持っている方は、私も尊敬します」
「ありがとうございます」
会話は順調だった。
仕事への姿勢。
将来の目標。
お互いの価値観。
高城は内心、好感触を得ていた。
年収を聞かれることもなかった。
それが、何より嬉しかった。
「黒川さんは、結婚後もお仕事を続けたいとお考えですか?」
「もちろんです」
「実は、僕も共働きを希望しているんです」
「それはよかったです」
美咲は微笑んだ。
「お互いに自立した関係が理想ですね」
「まったく同感です」
二人は笑い合った。
――ここまでは。
「ちなみに、高城さんは家事の分担について、どのようにお考えですか?」
「家事ですか?」
「ええ。共働きですから、先に考え方を確認しておきたくて」
「なるほど」
高城は頷いた。
「僕は帰りが遅いので、基本的には妻にお願いしたいですね」
美咲の笑顔が止まった。
「……基本的に?」
「はい」
「具体的には、どの範囲でしょう?」
「そうですね。料理や掃除、洗濯などでしょうか」
「ほかには?」
「子どもができれば、育児もお願いしたいですね」
「…………」
美咲は、テーブルの上のグラスに視線を落とした。
少し考えたあと、顔を上げる。
「つまり、私は今の仕事を続けながら、家事と育児をほぼ一人で担当する、という認識でよろしいでしょうか?」
「そうですね。僕は仕事が忙しいので」
「なるほど」
美咲はバッグから小さな手帳を取り出した。
「では、少し計算してもよろしいですか?」
「……計算?」
「はい。まず、平日の家事時間を見積もりたいので」
「…………」
「料理、掃除、洗濯、買い物。子どもができれば育児も増えますね」
美咲は手帳に数字を書き込んでいった。
「仮に家事だけで一日二時間として、月に六十時間」
「はあ……」
「育児については年齢や状況で大きく変わりますから、別に考えるとして……」
「…………」
「私の年収を労働時間で割った場合、単純計算では――」
「ちょ、ちょっと待ってください」
高城が口を挟んだ。
「はい?」
「なぜ、家事をお金に換算しているんですか?」
美咲は不思議そうに瞬きをした。
「時間には価値がありますから」
「それは、もちろん分かりますけど……」
「高城さんも合理性を重視されるんですよね?」
「ええ」
「でしたら、家事代行を利用した場合の費用も比較した方がよいかと思いまして」
「家事代行?」
「はい。私が残業を減らして家事をするより、外部にお願いした方が合理的な場合もありますので」
「…………」
「ちなみに、その費用は高城さんに多めに負担していただく認識でよろしいですか?」
「……なぜ僕が?」
美咲は顔を上げた。
「高城さんが家事を担当できないというお話でしたので」
「いや、夫婦なんですから、そこは協力して……」
「もちろんです。ですから、負担方法を相談しています」
「…………」
高城は少しだけ眉を寄せた。
「黒川さん、結婚生活というのは、お金だけの問題ではないと思うんです」
美咲は頷いた。
「私もそう思います」
「ですよね」
「ですから、時間の問題も考えなければなりません」
「…………」
「高城さんは、平日の帰宅が深夜になることもあるんですよね?」
「はい」
「休日出勤も?」
「ありますね」
「では、私が病気になった場合、家事や育児はどうされますか?」
「……その場合は、もちろん考えますよ」
「どういう対応になりますか?」
「そのときの状況によると思います」
「では、現時点では未定ということですね」
「…………」
美咲は手帳に何かを書き込んだ。
高城には見えなかったが、そこには小さく、
『緊急時対応:未定』
と記されていた。
*
「……というわけなんです」
高城は深いため息をついた。
「僕は普通の結婚生活の話をしていたつもりなんですが、なぜか業務会議のようになってしまって」
「…………」
ひよりは返す言葉を探した。
高城の話を聞きながら、脳内で再現した美咲は、想像以上に手強かった。
時間を計算し、家事を金額に換算し、結婚生活の緊急時対応まで確認する女性。
(す、すごい……)
(お見合いのはずなのに……)
(完全に業務監査……!)
ひよりの脳内で、美咲の姿が変わっていく。
手帳は分厚い魔導書に。
ペンは不気味な杖に。
背後には、巨大な魔王城。
(まるで……バラモス……!)
『家事分担を明確にせよ……』
『時間単価を算出せよ……』
『緊急時の対応を提示せよ……』
(強い! 強すぎる!)
ひよりは思わず身震いした。
もちろん、現実の美咲は魔王でも何でもない。
ただ、結婚後の生活について確認していただけだ。
しかし、ひよりの脳内では、すでに壮絶な戦闘が始まっていた。
「佐倉さん?」
「はっ! すみません!」
「僕の話、聞いていましたか?」
「もちろんです!」
ひよりは姿勢を正した。
「黒川様は、かなり具体的に結婚後の生活を考えていらっしゃるんですね」
「具体的すぎると思いませんか?」
「ええと……少し驚きました」
「でしょう」
高城は頷いた。
「僕は、夫婦というのは信頼関係だと思っているんです」
「はい」
「いちいち家事の時間や費用まで計算するようでは、息が詰まりますよ」
「……なるほど」
「もっと、お互いを思いやれる関係が理想ですね」
その言葉自体は、ひよりも素敵だと思った。
ただ、少し気になることがあった。
「高城様」
「はい」
「黒川様もお仕事がお忙しいと思うのですが、家事を担当するお時間については、どうお考えでしょうか?」
「そこは、やりくりしていただければ」
「……やりくり?」
「はい。生活費は僕が多めに出しますから」
「…………」
ひよりは資料に目を落とした。
何かが引っかかる。
しかし、高城は構わず続けた。
「それに、黒川さんはお金の計算ばかりしていましたからね」
「そうでしたか……」
「僕としては、少し残念でした」
「……残念?」
「もっと、僕自身を見てほしかったんです」
「…………」
高城は真剣だった。
本当に、自分のことを分かってもらえなかったと感じているらしい。
「それで、黒川様とは……」
「交際終了になりました」
「……そうですか」
正式な返答も届いていた。
黒川からの理由は、結婚後の生活観の不一致。
『家事や育児の負担について、具体的な相談が難しいと感じました』
というものだった。
ひよりは画面を見つめた。
(そっか……)
(あれだけ条件が合っていたのに……)
少し残念だった。
しかし、高城は意外にも、すぐに気持ちを切り替えたようだった。
「まあ、仕方ありませんね」
「……はい」
「次は、もう少し家庭的な女性を紹介していただけますか?」
「家庭的な方、ですか?」
「ええ。家事や育児をきちんと考えてくださる方がいいですね」
「なるほど……」
「仕事が忙しい僕を支えてくれる女性だと助かります」
「そうですね」
「ただ、専業主婦希望の方は避けたいです」
「…………」
ひよりは顔を上げた。
「……専業主婦希望の方は?」
「はい」
「どうしてでしょうか?」
「僕の収入が目的の可能性がありますから」
「…………」
(……あれ?)
何かがおかしい。
いや、さっきから少しずつおかしかった。
高城は続ける。
「できれば年収五百万円以上あって、仕事にも意欲的な女性がいいですね」
「……はい」
「もちろん、家事や育児はしっかりお願いしたいです」
「…………」
(……ん?)
「僕の仕事の忙しさを理解してくださる方が理想です」
「…………」
(待って)
(自立した女性がいい)
(でも、家事と育児は任せたい)
(専業主婦希望はお金目当てだから嫌)
(共働きの女性には、家庭を優先してほしい……?)
ひよりの脳内で、何かが崩れ落ちた。
さっきまで堂々と立ちはだかっていた、バラモスの姿が揺らぐ。
魔王城が崩壊する。
暗闇が広がる。
そして、その奥から現れたのは――。
(…………え?)
(嘘……)
(バラモスを倒したと思ったら……)
目の前に、巨大な影が立ち上がった。
(ゾーマがいたあああああ!!)
ひよりの脳内に、大魔王が降臨した。
(待って待って待って!)
(こっちが本当のラスボス!?)
(だって、どう考えても……)
高城は、にこやかに続けた。
「僕、本当に普通の女性でいいんですけどね」
(闇の衣が厚すぎるううう!!)
ひよりは心の中で叫んだ。
(無理! このままじゃ勝てない!)
(何か……何か攻略方法は……!)
(そうだ!)
(光の玉!)
(光の玉があれば……!)
「……光の玉は?」
「…………」
高城が黙った。
ひよりも黙った。
数秒の沈黙。
「……佐倉さん?」
「……はい?」
「光の玉とは、何でしょうか?」
「…………」
(…………)
(声に出てたあああああ!!)
ひよりの背筋に冷たいものが走った。
「い、いえ! 何でもありません!」
「……そうですか?」
「はい!」
「…………」
高城は、少し不思議そうに首を傾げた。
「最近の婚活では、そういうものが必要なんですか?」
「必要ありません!!」
思わず即答してしまった。
「そ、そうですか……」
「申し訳ありません! 私の勘違いです!」
(何を勘違いしたら光の玉を要求するの、私ぃぃぃ!!)
ひよりは心の中で頭を抱えた。
しかし、高城はそれ以上追及しなかった。
「では、次のお相手もよろしくお願いします」
「……はい」
「できれば、今度こそ価値観の合う女性だといいですね」
「…………」
ひよりは、精いっぱいの笑顔で頷いた。
「承知しました」
(……次は、どんな方をご紹介すればいいんでしょうか)
答えは、まだ見つからなかった。
*
面談が終わったあと。
ひよりは自分の席に戻り、机に突っ伏した。
「……先輩」
「どうしたの?」
先輩はパソコンから目を離さなかった。
「経済的に自立した女性がよくて……」
「うん」
「でも、家事と育児は全部お願いしたくて……」
「うん」
「専業主婦希望の女性は、お金目当てだから嫌だという男性がいらっしゃいまして……」
「うん」
「……うん?」
ひよりは顔を上げた。
先輩は相変わらず、画面に向かって仕事をしている。
「先輩、今のお話、聞いてました?」
「聞いてるわよ」
「……条件が、矛盾しているような気がするんですが」
「そうね」
「……そうね?」
「条件が矛盾してるから、相談に来てるんでしょ」
「…………」
先輩は淡々と続けた。
「条件が全部噛み合ってたら、うちの仕事も少しは楽なんだけどね」
(達観してるううう!!)
ひよりは言葉を失った。
「あの……」
「何?」
「こういう方って、珍しいんでしょうか?」
先輩は少し考えた。
「珍しいわよ」
「そ、そうですよね!」
ひよりは身を乗り出した。
「やっぱり、なかなかいらっしゃらないですよね!」
「ええ」
先輩はようやく画面から目を離した。
そして、何でもないことのように言った。
「自分の矛盾を、ここまで正確に説明できる人は」
「…………」
ひよりは固まった。
(そこが珍しいんですかあああああ!!)
先輩は再び仕事に戻った。
「でも、佐倉さん」
「……はい」
「高城さんの希望を、全部おかしいと思っているわけじゃないんでしょう?」
「えっ?」
「自立した女性がいい。家事を任せたい。お金目当ては嫌。どれも、それだけ聞けば希望としては分かるもの」
「……そうですね」
「問題は、相手にも希望があるってことよ」
ひよりは黙って頷いた。
確かに、その通りだった。
高城は、黒川のことをとても高く評価していた。
仕事ができること。
経済的に自立していること。
自分の考えを持っていること。
しかし、黒川が自分の考えを持っていたからこそ、二人は衝突した。
「……相手を選ぶだけじゃ、駄目なんですね」
ひよりが呟くと、先輩は軽く肩をすくめた。
「相手だって、こっちを選ぶんだから」
「……はい」
「それにね」
先輩は画面を見たまま、付け加えた。
「黒川さんも黒川さんで、相当よ」
「……え?」
「家事時間の試算表を作って送ってきたそうよ」
「…………」
「担当者から、念のため確認が入ったわ」
「……試算表?」
「ええ。Excelで」
「…………」
(まだ戦闘終わってなかったああああ!!)
ひよりは天井を仰いだ。
魔王を倒したと思ったら、別の魔王が現れる。
その魔王を倒したと思ったら、最初の魔王も健在だった。
しかも、どちらも悪意があるわけではない。
ただ、自分の考えが正しいと信じている。
「……結婚って、難しいですね」
ひよりが呟くと、先輩は即答した。
「そう?」
「えっ?」
「難しいから面白いんじゃない」
「…………」
先輩は小さく笑った。
「少なくとも、退屈はしないわよ」
ひよりは、もう一度机に突っ伏した。
(……この人も相当だ)
もちろん、そんなことは口に出さない。
前回の反省がある。
言葉には、十分気をつけなければならない。
「ところで佐倉さん」
「はい?」
「高城さん、最後に何か変わったこと言ってなかった?」
ひよりの肩が跳ねた。
「……え?」
「面談の帰り際に、受付で聞かれたらしいのよ」
「……何を、ですか?」
先輩は不思議そうに首を傾げた。
「光の玉って、うちで取り扱ってるのかって」
「…………」
(覚えてたあああああ!!)
ひよりの絶叫は、今日も誰にも届かなかった。
――第2話・了




