第九話 本読み狐と電気街
東京――秋葉原。
巨大な電子看板が光を放ち、人々の声と電子音が絶え間なく響く街。
彩葉は駅前に立ちながら、圧倒されていた。
「お~............な、なんだか道が多くて人が多くて迷いそうです......あわわ......」
目の前を人の波が流れていく。
右から左へ。
左から右へ。
止まることなく動き続けるその光景は、まるで巨大な川のようだった。
京都とはまるで違う。
ここはもっと速い。
もっと騒がしい。
もっと情報が多い。
彩葉はきょろきょろと辺りを見回す。
高い建物。
アニメの看板。
空中を飛ぶ小型配送ドローン。
浮遊広告。
さらに、守護者や妖怪の気配まで混ざっている。
「す、すごいです......」
その時だった。
「お主、大丈夫か?」
「ふゆっ!?」
突然後ろから声を掛けられ、彩葉は飛び上がる。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
長い黒髪。
白と赤を基調とした和服。
そして頭には大きな狐耳。
ふわりと揺れる狐尻尾が、夜風に揺れていた。
「おおう、すまぬ。驚かせてしまったかの」
「い、いえ!あ、私、バッグの守護者“彩葉”です!」
彩葉は慌てて頭を下げる。
女性は優雅に微笑んだ。
「うむ、そうか。妾は栞。一般的には妖狐じゃが、人間からは“本読み狐”と呼ばれておる」
「本読み狐......」
「なに、ちと漫画や小説、同人誌などが好きなだけじゃよ」
栞はどこか誇らしげに胸を張る。
すると腕の中に抱えていた大量の本が少し崩れた。
「あっ」
「ぬおっ」
彩葉は慌てて本を支える。
タイトルを見ると、漫画や小説が大量に積まれていた。
「すごい量......」
「秋葉原はよいぞ。知識と物語の宝庫じゃ」
栞は嬉しそうに笑った。
その表情はどこか子供っぽい。
「して、お主は桜菊祭が目的かの?」
「あ、はい!」
「うむ、やはりそうか。この時期になると集まってくるからの」
「そうなんですね」
「そうじゃ。ここで会ったのも何かの縁、会場まで案内しよう。いや、させてくれ」
「......はい!」
彩葉が頷くと、栞は満足そうに尻尾を揺らした。
二人は人混みの中を歩き始める。
栞は慣れた様子で人波を避けて進んでいく。
彩葉も必死についていった。
「秋葉原は初めてかの?」
「はい。東京自体が初めてです」
「ほほう」
栞は興味深そうに彩葉を見る。
「守護者にしては随分若い気配じゃな」
「えっと......昨日くらいに生まれました」
「昨日!?」
栞が思わず立ち止まる。
尻尾がぶわっと膨らんだ。
「そ、それで一人旅をしておるのか!?」
「はい!」
「ほぇ~......最近の若い守護者はすごいのう......」
栞は感心したように頷く。
「して、どうやってここまで来たのじゃ?」
「京都で陽菜さんっていう守護者に会って、それで色々教えてもらって......」
「陽菜?」
「火縄銃の守護者です!」
その瞬間、栞の目が少し見開かれた。
「......ほう。“富士の火縄”か」
「知ってるんですか?」
「有名じゃからの。戦国の頃からおる古株の守護者じゃ」
彩葉は少し嬉しくなる。
陽菜はやっぱりすごい存在なのだ。
「その陽菜さんに、桜菊祭を教えてもらいました」
「なるほどのう」
栞は再び歩き出した。
「他にはどんなことがあったんじゃ?」
「えっと......」
彩葉はこれまでの旅を話し始める。
山奥の廃墟で生まれたこと。
初めて月を見たこと。
想霊に襲われたこと。
京都の街を案内してもらったこと。
そして、影と喰に出会ったこと。
「ふむ......陰陽師か」
栞の声が少し低くなる。
「まだおったのじゃな」
「栞さんも知ってるんですか?」
「もちろんじゃ。昔から妖怪とは犬猿の仲じゃからの」
栞は小さくため息を吐いた。
「まぁ、最近はだいぶ減ったが......まだ生き残りがおるとは」
彩葉は少しだけ不安そうに聞く。
「やっぱり......危ない人たちなんですか?」
「危険じゃな」
栞は即答した。
「特に古い思想を持つ連中は厄介じゃ。人外を憎みすぎておる」
そう言いながらも、栞は柔らかく笑う。
「じゃが安心せい。桜菊祭の期間中は、そう簡単には暴れられぬ」
「どうしてですか?」
「守護者も神も天使も妖怪も集まるからじゃよ」
「そんなに!?」
「うむ。それに、人間側もかなり警備しておる」
彩葉は驚いた。
そんな大きなお祭りなのか。
「楽しみです......!」
「あはは、よい顔じゃ」
栞は嬉しそうに笑う。
二人は大通りへ出る。
巨大なビジョンが映像を流し、街中が光で染まっていた。
すると彩葉が足を止める。
「......?」
「どうした?」
「なんだか......変な感じがします」
彩葉は周囲を見回す。
守護者の気配。
妖怪の気配。
人間の気配。
それらとは別に、何か大きな流れを感じる。
栞は小さく笑った。
「祭の気配じゃよ」
「祭の......?」
「世界中から色んな存在が集まってきておるからの。気配が混ざっておるのじゃ」
彩葉は静かに周囲を見る。
本当に色んな存在がいた。
人間に紛れる悪魔。
羽を隠した天使。
角を帽子で隠した鬼。
誰もが自然に街へ溶け込んでいる。
「......すごい」
「ここは境界が曖昧な街じゃからな」
栞は空を見上げた。
「秋葉原は昔から、“こちら側”の者たちが集まりやすい」
「こちら側......」
「人ならざる者たちじゃ」
彩葉は胸の奥が高鳴るのを感じていた。
世界は広い。
そして、自分の知らない存在で溢れている。
その時。
栞が前方を指差した。
「見えてきたぞ」
彩葉が顔を上げる。
遠くに巨大な鳥居のようなゲートが見えた。
そこには桜と菊を模した紋章が輝いている。
無数の灯り。
集まる人々。
そして漂う、特別な空気。
彩葉は目を輝かせた。
「......あれが、桜菊祭......!」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




