第十話 桜菊祭 前編
東京――桜菊祭会場。
「わぁ~~!」
彩葉は思わず大きな声を上げた。
そこには、まるで別世界のような景色が広がっていた。
巨大な鳥居型ゲートの先。
無数の灯りが夜空を彩り、広大な祭会場が広がっている。
桜色と金色の光が道を照らし、空中には花びらのような光の粒が舞っていた。
屋台。
出店。
空中舞台。
大道芸。
音楽。
笑い声。
ありとあらゆる“祭”の空気が混ざり合っている。
「すごいです!色々あります!」
彩葉は目を輝かせながら辺りを見回した。
感じ取れるだけでも、様々な存在がいることが分かる。
角のある者。
羽根のある者。
身体の周囲に装飾品を浮かべた者。
機械の身体を持つ者。
妖怪。
精霊。
守護者。
人間。
世界中の“異なる存在”が、ひとつの場所へ集まっていた。
「すごーい!きれーい♪」
彩葉は完全に目を輝かせていた。
すると背後から、小さな笑い声が聞こえる。
「あら、この祭は初めて?」
「え?はい!」
振り返ると、小柄な少女が立っていた。
オレンジ色の、ひらひらとしたフリルの多い服。
二本の尻尾。
その先には小さな紅灯籠がぶら下がっている。
不思議な雰囲気を纏った少女だった。
「そう、楽しい?」
「はい!あ、私、バッグの守護者“彩葉”って言います!」
「そう、よかった」
少女は微笑む。
「私は小紅。中国の守護者“牡丹”率いる六人の仙人“仙華六門”の一人、金魚の仙人の“小紅”だ」
「しゃおほん?せんかろくもん?仙人?」
「あはは、ま、おまえさんは見たところ生まれたばかりだから知らないか」
小紅は尻尾を揺らした。
「小紅と書いて、中国語でシャオホン。そして“仙華六門”は六人の仙人の集まりだ」
「六人......」
「仙人とは、まぁ、長生きしとる人間とでも思って」
「そ、そうなんですね」
彩葉は感心したように頷く。
世界には本当に色んな存在がいる。
「そうだ、案内しようか?迷うでしょ?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
彩葉が頭を下げると、小紅は満足そうに笑った。
「よし、ついてこい!」
二人は祭会場の大通りを歩き始める。
道の両側には無数の屋台が並んでいた。
普通の祭屋台もあれば、人間界では絶対に見られないものもある。
「まずはここだな」
小紅が指差した先には、大きな鉄板を使った屋台があった。
だが焼かれているのは普通の肉ではない。
虹色に光る魚だった。
「これは?」
「天空魚の串焼き。空を飛ぶ魚だ」
「空飛ぶ魚!?」
彩葉が驚く。
屋台の店主は河童だった。
甲羅を揺らしながら串を焼いている。
「へいらっしゃい!」
「一本くれ」
「毎度!」
小紅は串を受け取ると、彩葉へ渡した。
「ほれ」
「えっ、でも......」
「祭なんだから遠慮するな」
彩葉は恐る恐る一口食べる。
「......!!」
口の中へ、香ばしい味が広がった。
ふわふわしているのに、どこか弾力がある。
「おいしい......!」
「あはは、よかった」
小紅も自分の串を食べ始める。
「守護者ってご飯食べるんですね」
「必要ではないが、食べられるってやつだな」
「陽菜さんのくれた知識にありました!」
「古株の守護者は食を楽しむやつ多いぞ。長生きすると娯楽が必要になるからな」
小紅はそう言いながら歩き出す。
次に案内されたのは、巨大な水槽が並ぶ屋台だった。
中には小さな光る生物が泳いでいる。
「これは“星灯金魚”だ」
「きれい......」
青や金色の光を放ちながら泳ぐその姿は、まるで星空のようだった。
小紅はどこか誇らしげだ。
「私の一族が育ててる」
「えっ!?」
「金魚の仙人だからな」
彩葉は水槽へ顔を近づける。
すると金魚たちが寄ってきた。
「わぁ......!」
「気に入られたみたいだな」
さらに進む。
空中に浮かぶ屋台。
炎だけを売る悪魔の店。
精霊たちが踊る舞台。
空中書道。
霊獣レース。
どこを見ても異世界だった。
彩葉は完全に夢中になっていた。
「世界って......すごいですね......」
「だろ?」
小紅は笑う。
「ここは世界中の“異なる存在”が集まる祭だからな」
その時。
空から花火のような光が打ち上がった。
だが普通の花火ではない。
龍の形をした光が空を泳いでいる。
「わぁぁぁ......!」
彩葉は目を輝かせる。
「すごい......!」
「あれは仙術花火だな」
「仙術......」
「仙人たちの術式を応用した花火」
彩葉は空を見上げたまま呟く。
「綺麗......」
その横顔を、小紅は静かに見つめていた。
「......楽しそうでよかった」
「え?」
「いや、祭ってのは、楽しむためにあるからな」
小紅は少し照れたように視線を逸らす。
彩葉は嬉しそうに笑った。
「はい!すっごく楽しいです!」
その笑顔は、生まれたばかりの守護者らしい、まっすぐなものだった。
周囲には笑い声が溢れている。
人間も。
妖怪も。
守護者も。
みんな同じ祭を楽しんでいた。
彩葉はその光景を見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
世界は怖いものだけじゃない。
こんなにも綺麗で、楽しい場所もある。
そして。
その時だった。
彩葉はふと、遠くの会場奥に妙な気配を感じた。
「......?」
「ん?」
小紅が振り返る。
彩葉は遠くを見る。
人混みの奥。
祭の光に紛れて、何か冷たい気配が一瞬だけ揺らいだ気がした。
「どうした?」
「いえ......今、なんだか......」
彩葉が言いかけたその時。
ドォォォンッ――!!
突然、会場の奥から大きな爆発音が響いた。
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