第十一話 桜菊祭 中編
東京――桜菊祭会場。
突如響いた爆発音に、祭の空気が一変した。
悲鳴。
ざわめき。
空気を震わせる異質な気配。
「!?今のは!」
小紅が目を見開く。
彩葉も咄嗟に爆発の方向を見る。
「あっちから!あ!待って!私も行きます!」
二人は同時に駆け出した。
祭の人混みをすり抜けながら、光に包まれた通路を走る。
周囲では守護者や妖怪たちも異変に気づき始めていた。
空気が重い。
まるで巨大な何かが目覚めたような感覚。
走りながら、小紅が低い声で呟いた。
「やっと動き出した」
「え?」
「あ、私がここに来た理由、話してなかった......」
小紅は真っ直ぐ前を見たまま続ける。
「とある祟り神が祖国からいなくなった......探したら日本に来ていることはわかったけど、そいつの居場所を明確に特定はできなかった......」
小紅の尻尾先の灯籠が揺れる。
「だから、近頃開催予定だったこの祭に潜入してたの。まぁ、知り合いがいるらしかったからってのもある......」
「そうなんですね......その祟り神って......」
小紅の目が鋭く細まる。
「......普段は地中にいて、掘り起こした者を祟る祟り神......」
二人は広場へ飛び出した。
そして。
小紅が足を止める。
「......太歳星君!」
そこには、巨大な存在が浮かんでいた。
丸い。
まるで木星のように巨大な球体。
表面には無数の模様が蠢き、中央には巨大な一つ目が存在している。
周囲の空間が歪んでいた。
重い。
圧倒的な“格”。
「ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!恐れろ!恐れろ!人間ども!!ハハハハハハハ!!!!」
太歳星君の笑い声だけで空気が震える。
近くの屋台が吹き飛び、人々が逃げ惑う。
「見つけましたよ、太歳星君......」
小紅が静かに前へ出た。
「ん?おまえは......」
「......私は小紅。中国の守護者“牡丹”率いる六人の仙人“仙華六門”の一人、金魚の仙人の“小紅”だ......そして、おまえを連れ戻しに来た者」
「ハハハ......ハハハハハハハ!!!」
巨大な目が小紅を見下ろす。
「何を言い出すかと思えば、この我を連れ戻すだと?笑わせるな......小娘ごときで我を捕らえるだと?無謀にもほどがあるぞ、冗談か?」
「冗談じゃない......本気」
小紅の周囲に淡い光が浮かび始める。
空気が変わった。
「やれるものなら!やってみろ!!!さぁ!殺し合おう!!!」
瞬間。
太歳星君の巨大な眼球が赤く輝いた。
ドゴォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃波が広場を吹き飛ばす。
「きゃっ!?」
彩葉は吹き飛ばされそうになる。
だがその前へ、小紅が立った。
「仙術・紅灯障壁」
二本の尻尾の灯籠が光り、赤い結界が広がる。
衝撃波が弾かれた。
しかし結界表面が激しく軋む。
「ッ......!」
小紅の表情が険しくなる。
「強い......!」
彩葉は息を呑んだ。
今まで感じたことのない力。
圧力。
存在感。
陽菜とも違う。
あまりにも巨大だった。
太歳星君が笑う。
「どうした?それだけかァ!?」
無数の黒い球体が空中へ浮かぶ。
それらは周囲の地面へ落下した。
ズガガガガガガガンッ!!
爆発。
破壊。
会場が崩れていく。
「くっ......!」
小紅が飛び上がる。
その瞬間、彼女の周囲に金色の水が出現した。
「仙術・金魚楼閣!」
無数の光る金魚が宙を泳ぎ始める。
金魚たちは弾丸のように飛び、黒球を次々破壊していった。
空中で光の爆発が咲き乱れる。
彩葉は呆然と見上げていた。
「これが......仙人......」
その時。
ドクン――。
彩葉の胸が脈打った。
「......?」
身体の奥が熱い。
血液が流れる感覚。
守護者には不要な臓器も多い。
だが、脳、心臓、肺、血管、骨、筋肉だけは存在する。
そして。
その血管の中には、血液と共に“力”が流れている。
陽菜の知識が脳裏に蘇る。
『力には階級がある』
『神力、魔力、仙力、精霊力、妖力、霊力、呪力』
『上位ほど純粋で強い』
『そして力は、血液と共に身体を循環している』
彩葉は自分の胸へ手を当てる。
ドクン。
ドクン。
鼓動。
そのたびに、何かが流れている。
「これが......力......?」
感じる。
自分の中を巡る何か。
温かく、黒く、柔らかな流れ。
それは神々しい神力ではない。
小紅の仙力とも違う。
もっと不安定で、もっと自由な力。
――魔力。
彩葉の中を流れる“魔力”だった。
太歳星君が巨大な口を開く。
「消えろォォォォ!!!」
黒い光線が放たれる。
小紅が目を見開いた。
「ッ!!」
避けきれない。
その瞬間。
彩葉の身体が勝手に動いた。
「......止まって!!」
血液が熱くなる。
身体中の血管を流れる魔力。
それを感じる。
掴む。
流す。
彩葉の腕から、黒い帯のようなものが飛び出した。
ギュォォォッ!!
黒い帯は空中で絡み合い、巨大な拘束鎖へ変化する。
それが太歳星君の光線を無理やり押さえ込んだ。
「なに!?」
太歳星君が目を見開く。
彩葉の足元には、黒い魔法陣が広がっていた。
風が吹き荒れる。
彩葉の瞳が淡く光る。
「これ......が......私の......!」
血液と共に流れる魔力。
それを身体中へ循環させ、外へ放出する。
守護者の力の使い方。
今、彩葉は本格的にそれを理解した。
拘束の力。
縛る魔力。
太歳星君の巨大な身体へ黒い鎖が絡みつく。
「グッ......!?この我を拘束するだと!?」
小紅が驚いた表情で振り返る。
「彩葉......!」
彩葉は息を切らしながらも叫ぶ。
「小紅さん!!今です!!」
その頃――東京上空。
月夜の空を、一人の少女が飛んでいた。
純白の翼。
神々しい光。
まるで天使のような存在。
その瞳が地上を見下ろす。
「......いた、反逆者」
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