第十二話 桜菊祭 後編
東京――桜菊祭会場。
巨大な祟り神、太歳星君の身体へ、無数の黒い拘束鎖が巻き付いていた。
「グッ......!?この我を拘束するだと!?」
太歳星君が暴れる。
だが彩葉の放った拘束は、まるで生き物のようにさらに締め上げていく。
黒い魔力が空間を震わせていた。
彩葉は両手を前へ突き出したまま、必死に踏ん張る。
「くっ......ぅ......!」
血液が熱い。
身体中を巡る魔力が、血流と共に流れ続けている。
心臓が脈打つたび、力が身体中を駆け巡った。
守護者の力。
それを今、彩葉は必死に制御している。
だが相手は神。
しかも祟り神。
神力を持つ存在だ。
圧力だけで膝が震える。
「彩葉......!」
小紅が彩葉を見る。
その瞳に驚きが浮かんでいた。
生まれたばかりの守護者。
それなのに、神を拘束している。
普通ならありえない。
「小紅さん!!今です!!」
彩葉の叫びで、小紅はすぐに表情を引き締めた。
「......了解」
小紅の周囲に、膨大な仙力が集まり始める。
空気が震えた。
赤い灯籠が激しく揺れる。
二本の尻尾が大きく広がり、空中へ無数の光の金魚が現れる。
その数は先ほどとは比べ物にならない。
百。
千。
万。
無数の金魚たちが夜空を埋め尽くす。
祭会場の人々が思わず空を見上げた。
「な、なんだ......!?」
「空が......!」
小紅は静かに目を閉じる。
「仙力とは、積み重ねた歳月の力......」
空間に巨大な術式陣が展開された。
金色。
赤色。
無数の漢字と紋様が回転する。
その規模は広場全体を覆うほどだった。
彩葉は息を呑む。
「すごい......」
太歳星君が焦ったように暴れる。
「や、やめろ......!」
拘束鎖が軋む。
神力が吹き荒れる。
だが彩葉は叫んだ。
「逃がしません......!!」
魔力がさらに流れる。
拘束鎖が強く締まり、太歳星君の巨体を固定する。
小紅がゆっくりと片手を掲げた。
「仙術奥義――」
無数の金魚が光り始める。
それはまるで夜空の星々だった。
「万灯金魚・龍門天昇」
瞬間。
全ての金魚が一斉に動いた。
ギュォォォォォォォォッ!!!
光の奔流。
金色の濁流。
無数の金魚が巨大な龍の形を成し、太歳星君へ襲い掛かる。
「なっ――」
ドゴォォォォォォォォン!!!!!!
世界が揺れた。
巨大な爆発。
光が夜空を塗り潰す。
祭会場全体が白く染まり、凄まじい衝撃波が吹き荒れた。
彩葉は必死に踏ん張る。
髪が激しく揺れる。
地面が砕ける。
そして。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
太歳星君の絶叫が響いた。
巨大な身体が砕ける。
表面が剥がれ、神力が暴走し、空間へ散っていく。
やがて爆煙が晴れる。
そこには。
大ダメージを受け、地面へ這いつくばる太歳星君の姿があった。
もう浮かぶことすらできない。
「はぁ......はぁ......」
小紅が息を吐く。
彩葉も拘束を維持したまま膝をついていた。
その時。
「み~つけた~」
「!?」
小紅が目を見開く。
彩葉も反射的に振り返った。
「いつの間に後ろに!?」
そこには、一人の少女が立っていた。
神々しい純白の翼。
黄金の鎧。
瞳のついた小さな盾。
そして、長い槍。
まるで戦場の神話そのものだった。
「見つけたよ?反逆者君?」
少女はにこにこと笑っている。
だが、その笑顔の奥にある圧力は異常だった。
太歳星君が震え上がる。
「誰だ貴様!」
「あれ~?知らないの?」
少女は首を傾げる。
小紅の顔が青ざめた。
「この気配......もしや“オリュンポス”?」
「オリュンポス?」
彩葉が聞き返す。
太歳星君の巨大な目が恐怖に見開かれた。
「ま、待て!オリュンポスだと!?な、なぜここに!......!?そ、その鎧、瞳のついた小さな盾......それに、その槍!ま、まさかおまえ!アテナか!?」
少女は嬉しそうに笑った。
「あはは!覚えてたんだね。そうだよ?“オリュンポス所属 オリュンポス十二神 戦女神『アテナ』”ちゃんです!」
「アテナ?戦女神?」
彩葉は目を丸くする。
小紅がすぐに説明した。
「オリュンポスとは世界の神々を従えている神々の組織......そのなかでも“十二神”は高位!」
「え!?」
彩葉の顔が固まる。
つまり。
目の前にいるのは、とんでもない存在ということだ。
アテナは軽い足取りで近づいていく。
だが太歳星君は完全に怯えていた。
「ま、待て!!来るな!!来るなァァァ!!!」
アテナは笑顔のまま槍を持ち上げる。
「さようなら、反逆者」
次の瞬間。
光が走った。
速すぎて見えない。
「アアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!」
太歳星君の身体が光に包まれる。
神力が砕ける。
巨大な身体が崩れ、粒子となって夜空へ消えていった。
静寂。
風だけが吹く。
彩葉は呆然と空を見る。
「消えちゃった......死んだの?」
「いえ、神々は死にません......信仰が続くまで」
小紅が静かに答えた。
「そうなんですね......」
彩葉がほっと息を吐いた瞬間。
「ねぇ」
「ひゃぃ!?」
真後ろから声。
彩葉が飛び上がる。
「いいいいいつの間に後ろに!?」
アテナが至近距離で覗き込んでいた。
「あはは!ごめんごめん」
アテナは彩葉をじーっと見る。
「......へぇ~......ふぅ~ん」
「な、なんですか?」
「ううん、少し気になっただけ。じゃ」
次の瞬間。
アテナの翼が大きく広がった。
ドォンッ――!
衝撃と共に、彼女は一瞬で夜空へ飛び去っていく。
彩葉はぽかんと見上げた。
「......すごい人でした」
「神ですよ......」
小紅が疲れた声で呟く。
「......ふぅ......」
「あわわわわ!小紅さん!?大丈夫ですか?」
「い、いえ、少し、緊張しただけですので......」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




