第八十六話 【火山と温泉、譲れない想い】
鹿児島県。
夜の空気はどこか暖かく、駅前には人々の楽しそうな声が溢れていた。
バッグの守護者。
彩葉。
初めて訪れる南の大地に胸を躍らせながら、周囲を見回していた。
「ぉ~~…………」
「やっぱり、初めて見るものばっかりです~」
駅前の灯り。
行き交う人々。
美味しそうな匂い。
そして遠くに見える大きな山影。
見るもの全てが新鮮で、彩葉は思わず頬を緩ませていた。
その時だった。
「温泉のよさがわからないのね!」
「わかるかっ!!」
「え?」
聞こえてきたのは、どこか言い争っているような声。
彩葉は首を傾げた。
「ん~?」
「なんだろ、話し声?」
近くから聞こえてくる二つの声。
どうやら喧嘩というほどではないが、何かを熱く語り合っているらしい。
「行ってみましょう!」
そう言うと、彩葉は声のする方向へ走り出した。
そして。
少し開けた場所に出る。
そこには二人の少女がいた。
一人は、水を思わせる美しいドレスを纏った少女。
もう一人は、赤と黒を基調とした火山を思わせる服装の少女だった。
水色の少女が腕を組み、真剣な顔で訴える。
「だから!」
「温泉には素晴らしい効能がありますの!」
赤い少女も負けじと言い返す。
「知らねぇよ!」
「熱い湯なんか入って何が楽しいんだ!」
「だからこそ良いのですわ!」
「意味わかんねぇ!」
彩葉はおずおずと近付く。
「……あの~?」
「どうしたんですか?」
二人は同時に振り向いた。
「ん?」
「…………あ、」
赤い少女は頭をかきながら苦笑した。
「悪かったな」
「アタイは火山の守護者『穂乃香』だ」
水色の少女は優雅に一礼する。
「わたくしは温泉の守護者『泉』ですわ」
彩葉も慌ててぺこりと頭を下げた。
「バッグの守護者『彩葉』です」
「よろしくお願いします!」
泉は嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、礼儀正しい方ですわね」
穂乃香も笑う。
「良い子そうじゃねぇか」
彩葉は二人を見比べた。
「お二人はなにを?」
すると泉が胸を張る。
「穂乃香に温泉のよさを伝授していたのですわ!」
「そのために大分から来たのかよ!」
穂乃香は思わず叫んだ。
「あたりまえですわ」
「あなたにも温泉のよさを伝えたくて、はるばる来たのですわ」
「暇なのか?」
「…………まぁ、それは良いとして」
「温泉なんてただの熱湯だろが!」
その瞬間。
泉の目つきが変わった。
「そんなことありませんわ!」
「温泉にはとてもよい効能があるのですわ!」
「ただの熱湯と同じにしないでほしいですわ!」
彩葉は二人を見つめる。
「…………」
そして。
心の中で思う。
(二人とも、信念がすごい)
真剣。
本気。
だからこそ、言い争いになってしまう。
でも。
嫌い合っているようには見えなかった。
むしろ仲が良いからこそ遠慮なく言い合える。
そんな空気を彩葉は感じていた。
泉は咳払いした。
「コホンッ」
「彩葉さんは観光ですか?」
彩葉はにっこり笑う。
「うん!」
「そんな感じ!」
「旅してるの」
「まぁ」
泉は感心したように目を丸くした。
穂乃香も楽しそうに笑う。
「旅は良いよな」
「いろんな発見と驚きがありそうだ」
「ですわね」
泉も優しく微笑む。
「それに、人との出会いもありますもの」
「うん!」
「みんな優しい人ばっかりで、すごく楽しいよ!」
彩葉の笑顔に、二人も自然と笑みを浮かべていた。
すると。
穂乃香が急に手を叩いた。
「そうだ!」
「この街を案内してやるよ!」
彩葉の目が輝く。
「お願いします!」
すると。
泉が当然のように一歩前に出た。
「では、わたくしも行きますわ」
穂乃香が振り向く。
「なんだよ」
「ついてくるのか」
「えぇ、もちろん」
「別に構わないでしょう?」
穂乃香は呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、いいが……」
「よし!」
「ついてこい!!」
「はい!」
元気よく返事する彩葉。
その姿に二人も思わず笑ってしまう。
こうして。
三人は鹿児島の町へ歩き出した。
夜の町は活気に満ちていた。
屋台から漂う美味しそうな匂い。
観光客たちの笑い声。
楽しそうな家族連れ。
そして。
遠くには闇夜の中でも存在感を放つ巨大な山。
穂乃香は胸を張った。
「見えるか?」
「あれが桜島だ!」
「わぁ~~!」
「大きい!」
彩葉は感動したように見上げる。
「すごいです!」
「山なのに、生きてるみたい!」
穂乃香は得意げに笑った。
「へへっ」
「だろ?」
「アタイの自慢だからな!」
泉も微笑む。
「鹿児島の象徴ですわ」
「人間たちも昔から火山と共に生きてきたのです」
「そうなんだ~!」
彩葉は目を輝かせた。
「世界って、本当にすごいですね!」
「知らないことばっかり!」
穂乃香は笑った。
「まだまだこんなもんじゃねぇぞ」
「鹿児島には面白い場所がいっぱいある!」
泉も頷く。
「えぇ」
「温泉もたくさんありますわ」
「だからまずは温泉に」
「だから行かねぇって!」
「なんでですの!?」
「熱いんだよ!」
「それが良いのですわ!」
「わからねぇ!」
「あぁ、もう!」
再び始まる言い争い。
しかし。
その顔には笑みがあった。
彩葉はそんな二人を見ながら、くすりと笑う。
「ふふっ」
「仲良しなんですね」
「「どこが!?」」
二人の声が見事に重なる。
そして。
再び賑やかな笑い声が夜の鹿児島に響くのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




