第八十二話 守護者たちの鍛錬場
長崎県佐世保。
佐世保鎮守府。
会議室を後にした彩葉は、時雨について歩いていた。
長い廊下を進み、さらに奥へ。
途中には見たこともない設備や広い通路があり、彩葉は興味津々で辺りを見回していた。
やがて。
大きな鋼鉄製の扉の前で時雨が立ち止まる。
静かな表情のまま扉に手を添えた。
「ここは、」
「守護者専用の訓練施設……入るよ」
「あ、はい!」
重々しい音を立てて扉が開く。
そして。
その先に広がっていた光景を見た彩葉は思わず声を上げた。
「わぁぁ……!」
そこは巨大な空間だった。
天井は高く、まるで体育館を何個も繋げたような広さがある。
床には特殊な結界が張られており、激しい戦闘を行っても壊れないようになっているらしい。
壁には様々な標的や訓練器具。
一角には休憩スペース。
別の場所には広い水場。
さらに岩山のような地形まで存在していた。
「すごいです!」
「こんな場所があるんだ!」
時雨は小さく微笑む。
「ここは鎮守府の守護者たちが自主訓練をする場所です」
「人間の方々も管理していますが、戦闘内容は守護者ごとに違いますから」
「専用施設になっています」
彩葉は感心したように頷く。
「へぇ~!」
「なんだか秘密基地みたい!」
「ふふっ」
「秘密基地、ですか」
「そういう表現も悪くありませんね」
時雨はゆっくりと中央へ歩いていく。
そして。
腰に下げていた刀に手を添えた。
「では、始めましょう」
「え?」
「自主練って、何をするの?」
「基礎です」
「基礎?」
「はい」
「どれほど強い技を持っていても」
「どれほど強大な力を持っていても」
「最後にものを言うのは基礎」
「姿勢」
「呼吸」
「集中」
「そして無駄のない動き」
「これらができて初めて技は活きるのです」
彩葉は目を丸くした。
「なんだか道真公さんみたい」
時雨は少し驚く。
「そうですか?」
「うん!」
「魔力を無駄遣いしないようにって教わった!」
「ふふっ」
「でしたら話は早いですね」
時雨は床に正座した。
「まずは座りましょう」
「座る?」
「はい」
「……?」
彩葉も向かい側に座る。
すると。
時雨は静かに目を閉じた。
「まずは呼吸です」
「息を吸って」
「吐いて」
「心を落ち着かせる」
「戦いで慌てる者は必ず隙を生みます」
彩葉も真似をする。
「すぅ~……」
「はぁ~……」
「すぅ~……」
「はぁ~……」
不思議だった。
目を閉じているだけなのに。
心が落ち着いていく。
旅をしてから様々なことがあった。
直島。
広島。
灰原。
アリア。
断界同盟。
怪鬼。
太宰府。
道真公。
風神と雷神。
そして。
今。
新たな出会い。
その全てが頭を巡る。
「……」
時雨が優しく声をかける。
「焦らなくていいのです」
「旅は逃げません」
「答えも逃げません」
「あなたが歩き続ける限り」
「きっと見つかります」
彩葉はゆっくり目を開いた。
「……うん!」
「なんだか元気出た!」
「ありがとうございます!」
時雨は微笑んだ。
「では次です」
「立ってください」
「はい!」
二人は向かい合う。
時雨は静かに構えた。
「彩葉さん」
「はい!」
「拘束魔法を使ってください」
「え?」
「私に?」
「はい」
「全力で」
彩葉は慌てる。
「でも!」
「危ないよ?」
「問題ありません」
「私は六花衆です」
「簡単には壊れません」
「……わかった!」
彩葉は深呼吸した。
「よぉし!」
「バッグバインド!」
シュルルルル!!
黒い帯のようなショルダーストラップが飛び出す。
しかし。
時雨はその場から動かない。
帯は時雨の身体を縛り上げた。
「できた!」
だが。
次の瞬間。
スッ。
「え?」
いつの間にか。
時雨は拘束の外に立っていた。
「ええっ!?」
彩葉は驚いて目を見開く。
「いつ!?」
「どうやって!?」
「避けたわけではありません」
「拘束された後に抜けました」
「えぇ!?」
時雨は穏やかに説明する。
「拘束そのものは良いです」
「しかし」
「締め付けが甘い」
「力の流れが均一ではありません」
「さらに」
「拘束する瞬間に迷いがあります」
「迷い?」
「はい」
「優しいのは長所です」
「ですが」
「戦うべき相手には迷ってはいけません」
「迷いは自分や大切な存在を傷付けます」
彩葉は真剣な顔になる。
「……うん」
「怪鬼みたいな相手には」
「迷っちゃダメなんだね」
「そうです」
「そして」
「彩葉さんの力は拘束だけではありません」
「え?」
「道真公様も言っていました」
「あなたの力は応用が利く」
「きっともっと可能性があります」
彩葉は自分の手を見る。
「私の……可能性」
「はい」
「ですから焦らず」
「一つずつ積み重ねましょう」
「旅と同じです」
「少しずつ」
「ゆっくりと」
「前へ進めば良いのです」
彩葉の顔に笑顔が戻る。
「うん!」
「頑張る!」
「私、もっと強くなる!」
「みんなを守れるように!」
時雨は満足そうに頷いた。
「ええ」
「その意気です」
静かな訓練施設。
佐世保の守護者たちが鍛錬を重ねてきた場所。
その場所で。
バッグの守護者・彩葉は。
また一歩。
新たな力への道を歩み始めていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




