第七十九話 断界の影と仮想列車の疾走
「全てが反転している不思議な場所」
そこは光も影も上下すら曖昧な空間だった。黒とも白ともつかない霧が揺らぎ、現実の理屈が崩れ落ちたような玉座の間。空間そのものが歪み、見る者の認識を拒むように脈動している。
玉座には、存在そのものが曖昧な“影”が座っていた。輪郭はあるのに定まらず、見つめるたびに形を変える。
影は低く笑う。
「ククク……怪鬼が殺られた」
その声に応じるように、周囲の闇がわずかに揺れた。
妖艶な女性の姿をした存在が、指先を軽く動かしながら微笑む。
「あら、怪鬼が殺られましたの」
黒い翼を持つ男が腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「フンッ、あやつは幹部の中でも最弱。強者の集う国を落とすなど無駄なのだ」
さらに空間の奥から、巨大な“目”だけが浮かぶ異形が問いかけた。
「オマエコソ、作戦ハ順調ナノカ?」
黒い翼の男は淡々と答える。
「えぇ、もちろん。焦る必要はありません」
巨大な目がゆっくりと瞬く。
「ソレニシテハ動キガミエヌ」
「先を急ぐと滅びますからね。徐々に闇に落とすのです」
妖艶な女性が軽く笑う。
「それに加え私は順調よ。あの部族の大陸はもうすぐ落ちるわ」
玉座の影がわずかに揺れる。
「おい、残りの二人はどうした?」
黒い翼の男は肩をすくめた。
「あいつらなら大事な作戦とかで、最も重要な会議をすっぽかしましたよ」
玉座の影は沈黙したあと、短く言った。
「まぁ良い。我ら断界同盟、また世界を切り離し混沌に誘おうではないか」
その言葉とともに、空間の歪みは一瞬だけ深く沈んだ。
──その頃。
翌日、福岡県太宰府。太宰府天満宮。
澄んだ空気の中、神域には静けさが戻っていた。梅の香りがかすかに漂い、境内は穏やかな時間に包まれている。
「どうしたんですか?」
彩葉が首をかしげると、菅原道真公は少しだけ空を見上げた。
「いや、断界同盟のことを考えていてね」
雷神が腕を組む。
「なに、また追い返してやればよいのじゃ」
風神も笑う。
「そうじゃそうじゃ」
菅原道真公は小さく息を吐いた。
「そうだね。……そうだ、彩葉、次はどこに行くか決めてる?」
「いえ」
即答に、道真公は頷いた。
「だったら佐世保に向かってくれるかい?」
「佐世保、ですか?」
「うん。佐世保鎮守府にいる“時雨”という守護者にこれを渡してほしい」
手渡されたのは、封のされた手紙だった。
「これは今回の出来事が書かれている大事なものだ。お願いできるかな」
「……はい!」
その返事と同時に、空気が変わる。
「だったら~私に乗っていくと良いわ」
声の主はハチロクだった。
「ハチロクさんに!?」
「えぇ!」
エフが静かに補足する。
「ハチロクの仮想列車はとても早い」
テンが肩をすくめる。
「ハチロクの力で具現化させた蒸気機関車よ。半透明だけど乗れるわ」
「どう?」
ハチロクが笑う。
「お願いします!」
雷神が手を振る。
「それじゃあお別れじゃな」
風神も続く。
「また会おうぞ」
風とともに二柱は去っていった。
エフが短く言う。
「じゃ、私たちも行く」
テンが軽く頷く。
「集合場所は秘密基地でいいわね」
「はい!」
そして三者はそれぞれの方向へ消えた。
境内に残るのは、道真公と彩葉、そしてハチロク。
「じゃあ、いくわよ!仮想列車!」
神力が一気に収束し、ハチロクの周囲を包み込む。光が形を成し、巨大な蒸気機関車へと変わっていく。
半透明の車体、だが確かにそこに“存在”している列車。
扉が開く。
「さぁさぁ、お乗りください!」
「う、うん!」
彩葉が乗り込む。
「またね。頼んだよ」
菅原道真公の声に、彩葉は振り返る。
「はい!」
ハチロクは静かに確認するように呟いた。
「右左よし……前後もよし……安全運転。出発です!」
瞬間。
世界が“消えたように”動いた。
ビュン、と音すら置き去りにして仮想列車は走り去る。いや、あまりの速さに“消えたように見えた”だけだった。
残された神域で、道真公は小さく笑う。
「もう見えないや……早いね」
──列車内。
「わぁ~!早いのに中は快適です!」
彩葉は窓の外を見ながら声を上げる。
外は光の奔流のように流れているのに、内部は驚くほど静かで安定していた。
ハチロクは軽やかに笑う。
「そうでしょ~」
「そんなに足を動かして疲れないんですか?」
「えぇ、走るのは好きですもの!」
彼女は大地を蹴るたびに神力を伝播させ、仮想列車そのものがそれに合わせて滑るように進む。
外の世界は光の線となり、時間すら歪む速度で流れていく。しかし内部だけは穏やかに保たれていた。
「今も昔も、人間さんや妖怪さんを乗せていましたわ」
ハチロクはどこか懐かしそうに語る。
「たまに急いでいる魔法少女さんにも会いますけど、いろんな景色が見られて楽しいんです」
「たしかに」
彩葉は素直に頷いた。
その時、車体がわずかに揺れる。
「さぁ!もう着きますわ!」
ハチロクが明るく告げる。
「長崎県佐世保市!」
列車はさらに加速し、次の目的地へと突き進んでいった。
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