第七十六話 蒸気の英雄と黒き怪鬼
福岡県太宰府。
太宰府天満宮神域。
凄まじい蒸気。
轟くような振動。
白い蒸気の中で、帽子を押さえたハチロクがにこやかに微笑んでいた。
「それでは~」
「特急列車、通過しま~す♪」
次の瞬間だった。
ドォォォォォォォォォォォォォン!!!
「!!」
彩葉は思わず目を見開いた。
「消えた!?」
いや。
消えたのではない。
速すぎる。
ただそれだけだった。
神域の地面を白い線のようなものが駆け抜ける。
蒸気。
その軌跡。
そして。
「グッ!?」
怪鬼の身体が大きく仰け反った。
「ナッ!?」
次の瞬間。
ドゴォォォォォォォォン!!
右から。
「ガッ!?」
さらに。
ドォォォォォォォォォォン!!
左から。
「グォォォッ!?」
さらにさらに。
背後から。
前方から。
上空から。
全方位から。
見えない突進が怪鬼を襲う。
「ガァァァァァァ!!」
風神が口をあんぐりと開ける。
「み、見えんのじゃ……」
雷神も冷や汗を流した。
「なんという速さじゃ……」
テンが苦笑する。
「相変わらずですね」
「近接戦だけなら、この人を超える守護者なんてそうそういません」
エフも静かに頷いた。
「第一次共生世界大戦」
「その時の異名は」
「不沈の弾丸」
彩葉が目を輝かせる。
「かっこいいです!」
その時。
怪鬼の全身から巨大な黒い霧が噴き出した。
「ウザイ!!」
「ウザイウザイウザイ!!」
無数の黒い腕。
無数の口。
無数の目。
異形の化け物が周囲を覆い尽くす。
「死ネェェェェ!!」
ブンッ!!
巨大な腕がハチロクを薙ぎ払う。
しかし。
「おっと~」
ひらり。
優雅に避ける。
「危ないですね~」
怪鬼が怒り狂う。
「逃ゲルナァァァ!!」
何百本もの腕。
それらが一斉に襲いかかる。
しかし。
ハチロクは笑っていた。
「逃げてませんよ~」
「走ってるだけです~」
シュゥゥゥ……
白い蒸気。
「蒸気加速」
「二段階」
その瞬間。
彩葉の目から完全に姿が消えた。
「えっ!?」
風神も驚愕する。
「おらん!?」
雷神も目を丸くする。
「気配まで消えたぞ!?」
エフが説明する。
「速度が上がりすぎているんです」
テンが肩をすくめる。
「この人」
「本気になると誰も追えませんから」
そして。
怪鬼の真上。
「ここですよ~」
「!!」
怪鬼が顔を上げる。
そこには。
巨大な蒸気機関車。
神力で形成された8620形そのもの。
「なっ!?」
「列車形態!?」
彩葉が目を丸くする。
ハチロクの優しい声が響く。
「ちょっと痛いですよ~」
「特急突進」
「銀河急行」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!
「ガアアアアアアアア!!」
怪鬼が吹き飛んだ。
山を貫き。
空を裂き。
神域の外れまで飛ばされる。
しかし。
「ハァ……ハァ……」
怪鬼は立ち上がる。
「バカナ……」
「バカナァァァ!!」
彩葉は震えていた。
「まだ立てるんですか!?」
菅原道真公も珍しく真剣な顔になる。
「怪鬼……」
「想像以上だね」
すると。
怪鬼の身体から。
ドス黒い霧が溢れ出した。
それは今までとは比べ物にならない量。
「……?」
テンが眉をひそめる。
「なんですか」
「これ」
エフの顔色も変わった。
「まずい」
「怪鬼の力が上昇しています」
風神が息を呑む。
「まだ強くなるのか!?」
雷神も表情を変えた。
「冗談ではないぞ!」
怪鬼が笑う。
「ククク……」
「クハハハハハハ!!」
「我ヲ追イ詰メタ褒美ダ!!」
「見セルゾ!!」
黒い空間。
その中から。
巨大なものがゆっくり姿を現す。
彩葉が青ざめる。
「……あれ」
「まさか」
テンの顔から余裕が消える。
「嘘……」
エフも目を見開いた。
「そんな……」
ハチロクの笑顔も消える。
「これは……」
菅原道真公が静かに呟いた。
「なるほど」
「君の本当の武器か」
怪鬼は狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「クハハハハハ!!」
「震エロ!!」
「絶望シロ!!」
「コレコソ我ガ神殺シノ武器!!」
黒い空間から。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
巨大な刀の切っ先が姿を現した。
そして。
その刀から放たれる気配に。
神域全体が悲鳴を上げるかのように震え始めるのだった。
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