第七話 旅立ちの灯火
夜風が静かに吹き抜ける。
戦いの終わった倉庫跡には、焦げた匂いだけが残っていた。
彩葉は倒れた陰陽師たちを見つめながら、小さく息を吐く。
胸の奥がざわざわしていた。
怖かった。
けれど、それ以上に色々な感情が入り混じっている。
「......守護者って」
彩葉がぽつりと呟く。
「ん?」
「世界を守る存在......なんですよね」
陽菜は少しだけ空を見上げた。
「まぁ、そんな感じかな」
「でも、戦ったり......殺したりもする......」
彩葉の声は小さい。
陽菜はすぐには答えなかった。
しばらく沈黙が流れる。
やがて静かに口を開いた。
「守護者は、“世界の均衡”を守る存在なんだ」
「均衡......」
「人間だけを守るわけでもない。妖怪だけを守るわけでもない。神でも悪魔でも精霊でも、全部ひっくるめて世界だからね」
陽菜は火縄銃を背負う。
「だから、世界を壊そうとするものは止める」
「......」
「それが時には、人間でもある」
彩葉は黙って聞いていた。
まだ完全には理解できない。
けれど、少しずつ世界の形が見え始めている気がした。
喰が影の隣へ座る。
「ったく......危なかったぜ」
「......」
影は何も言わない。
ただ小さく喰の服を掴いていた。
陽菜は二人を見る。
「君たちはこれからどうするんだい?」
「え?」
喰が顔を上げた。
「逃げるしかねぇよ。陰陽師に見つかったら終わりだからな」
「......」
影は不安そうに俯いている。
その姿を見て、彩葉は胸が苦しくなった。
行く場所がない。
追われている。
それは、とても寂しいことに思えた。
すると陽菜が小さく笑う。
「なら、僕が面倒を見ようか?」
「......へ?」
喰が目を丸くする。
「いいのか!?」
「うん。京都には知り合いも多いし、隠れ場所くらいあるよ」
陽菜は気軽に言った。
だがその言葉に、影の肩が僅かに震えた。
「......」
「それに、ああいう連中がまた来るかもしれないからね。放っておくのも危ない」
「お、おお......!」
喰の目が輝く。
「おまえ!めちゃくちゃいいやつじゃん!」
「あはは、どうだろうね」
陽菜は苦笑する。
彩葉もほっと胸を撫で下ろした。
「よかった......」
影はゆっくりと陽菜を見る。
そして、小さな声で呟いた。
「......ありがとう......」
か細い声だった。
けれど確かに、感謝の気持ちが込められていた。
喰が驚く。
「お、おお!?影が喋った!」
影は少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
その様子に彩葉は思わず笑みを浮かべる。
夜空には月が浮かんでいた。
さっきまでの戦いが嘘のように静かだった。
陽菜は彩葉の方を見る。
「さて、と」
「?」
「彩葉はどうする?」
「え?」
「旅、続けるんだろ?」
その言葉に彩葉は少しだけ黙る。
旅。
世界を知るための旅。
生まれたばかりの自分には、まだ知らないことが山ほどある。
人間。
妖怪。
守護者。
神。
世界のルール。
もっと知りたい。
もっと見てみたい。
「......はい」
彩葉はしっかり頷いた。
「もっと、世界を知りたいです」
「そっか」
陽菜は嬉しそうに笑った。
「なら、旅に出るべきだね」
「でも......」
彩葉は少し困ったように言う。
「まだ知らないことばっかりです......もっと、色々教えてほしいです」
「あはは」
陽菜は優しく笑う。
「全部教えちゃったら、旅の楽しみがなくなるよ」
「う......」
「世界は、自分の目で見るから意味があるんだ」
彩葉は少しだけ考える。
確かに、初めて街を見た時の驚きは忘れられない。
たこ焼きを食べた時。
妖精を見た時。
夜景を見た時。
全部、自分で見たからこそ心に残っている。
陽菜は彩葉の額へ指を軽く当てた。
「それに、最低限の知識くらいなら分けられるしね」
「え?」
次の瞬間。
温かな光が彩葉の頭の中へ流れ込んできた。
「わっ......!」
様々な知識。
街の言葉。
人間社会。
お金。
地図。
電車。
守護者についての基礎。
膨大な情報が、ゆっくり彩葉の中へ馴染んでいく。
「すごい......」
「守護者同士なら、知識共有はできるんだ」
陽菜は指を離した。
「まぁ、経験までは渡せないけどね」
彩葉は自分の手を見る。
さっきまで分からなかった言葉や景色が、少しだけ理解できるようになっていた。
「ありがとうございます......!」
「どういたしまして」
喰が感心したように口を開く。
「便利だなぁ、守護者って」
「あはは」
陽菜は笑いながら夜空を見る。
「そうだ、彩葉」
「はい?」
「東京に行ってみるといい」
「東京?」
「うん。もうすぐ“桜菊祭”がある」
「おう......ぎく......?」
「守護者と人類の友好関係の証として開かれる祭だよ」
彩葉は目を輝かせる。
「お祭り......!」
「色んな守護者も来るし、人間も多い。世界を知るにはちょうどいい場所さ」
「......行ってみたいです!」
「なら決まりだね」
陽菜は笑う。
彩葉は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
不安もある。
怖さもある。
けれど、それ以上に――楽しみだった。
知らない世界が、自分を待っている。
「それじゃ、ここでお別れかな」
「......はい」
少し寂しかった。
生まれて最初に出会った守護者。
陽菜がいなければ、自分はきっと何も知らないままだった。
彩葉は深く頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました!」
「気をつけてね、彩葉」
「はい!」
陽菜は手を振る。
喰も元気よく叫んだ。
「また会おうぜ!」
「......ばいばい」
影も小さく手を振る。
彩葉は笑顔で頷いた。
そして振り返る。
月明かりの下。
一人の守護者が歩き出す。
自分の存在理由を探すために。
広い世界を知るために。
こうして、バッグの守護者――彩葉の旅が、本当の意味で始まった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




