第六十八話 磨かれる魔力と鞄の本質
太宰府天満宮の神域。
梅の花びらが静かに舞い、澄んだ水の流れる音が庭園に響いている。
その穏やかな空間の中で、彩葉は目を丸くしていた。
「え?修行?」
縁側に座る菅原道真公は、微笑みながら頷いた。
「あぁ」
「どうして?」
「君のことが面白くなったのもあるけど……君にはこれから強くなってもらわないとね……まずは君の“力”の使い方だね。なにができる?」
彩葉は少し考え込む。
「えっと、拘束技……」
「ふむ、見せてみて。あそこの岩に使ってみてくれ」
「はい!」
彩葉は庭の奥にある大きな岩へ向かって手を伸ばした。
「……ッ!」
次の瞬間。
黒いオーラをまとった帯状のものが飛び出し、岩をぐるぐると縛り上げる。
ギシギシと音を立てながら締め上げ、やがて魔法は消えていった。
「……うん、だいたいわかった……彩葉、君の使う“力”は魔力だね」
「はい!」
「うん、君の魔法、無駄が多すぎる……まず、あの魔法、黒いオーラが見えたかい?」
「はい」
「あれは魔力だ。漏れ出ている……そのぶん無駄に魔力を使っている」
道真公は立ち上がる。
「あとは君の魔法だ。応用すれば攻撃にも使える」
「攻撃?」
「うん。君はどうやら革やゴムなど、バッグに使われている素材を具現化する魔法のようだ」
「そうなんですか」
「あぁ。あれは黒いものが岩を縛っているように見えるけど、正体はショルダーストラップだね」
「ショルダーストラップ……」
「まずは無駄な魔力を消し、完璧な魔法を出そう」
「はい!」
道真公は立ち上がると、庭の中央へ歩いていく。
「では、もう一度やってみよう」
「はい!」
「今度は出力を意識しないこと」
「え?」
「魔法を出そうと力むから漏れるんだ。自然に、息をするように」
「息をするように……」
彩葉は深呼吸した。
そして再び手を伸ばす。
「……!」
バシュッ。
黒い帯が飛び出した。
しかし。
前よりは少ないものの、やはり黒い魔力が漏れ出している。
「うーん、惜しい」
「難しいです……」
「当たり前さ」
道真公は笑った。
「魔法は知識。知識は積み重ね。そして積み重ねは経験。急にできるものじゃない」
「はい……」
「もう一度」
「はい!」
「もう一度」
「はい!」
「もう一度」
「はい!」
何度も。
何度も。
何度も。
梅の香りに包まれながら。
彩葉は魔法を放ち続けた。
やがて。
「……あっ」
黒いオーラが、消えた。
ショルダーストラップだけが美しく伸び、岩を縛り上げている。
「できた!」
「うん、合格」
「え!?」
「基礎だけね」
「基礎……」
「これでもまだ魔力効率は六十点」
「ええっ!?」
「君はまだ生まれたばかりだからね」
道真公は楽しそうに笑う。
「だけど、筋はいいよ」
「ほんとですか!」
「うん」
道真公は縁側へ戻る。
「さて、次」
「まだあるんですか?」
「もちろん」
「ふぇぇ……」
「君の魔法の本質を知らないといけないからね」
「本質?」
「バッグとは何かな?」
「え?」
「バッグとは何だと思う?」
彩葉は首を傾げた。
「物を入れるもの……?」
「正解」
道真公は微笑む。
「では、物を入れるだけかな?」
「えっと……」
「人はバッグに何を入れる?」
「お財布!」
「うん」
「お菓子!」
「うん」
「本!」
「うん」
「お守り!」
「うん」
「思い出!」
「……!」
彩葉は目を見開いた。
「そう」
道真公は優しく頷く。
「バッグは物を入れるだけじゃない」
「……」
「人の願い」
「思い出」
「宝物」
「大切なもの」
「未来への希望」
「そういったものを持ち運ぶ存在なんだ」
「だから君の力は拘束だけじゃない」
「え?」
「守ること」
「運ぶこと」
「保管すること」
「包み込むこと」
「受け止めること」
「そして……」
「繋ぐこと」
彩葉は思わず胸に手を当てた。
「繋ぐ……」
「うん」
「君の魔法は、まだまだ可能性だらけなんだよ」
「……!」
「それに」
道真公は楽しそうに笑った。
「ボクには少し見えている」
「?」
「君は、まだ自分が何者なのかを知らない」
「……」
「でも、その答えに辿り着く頃」
「今とは比べ物にならないくらい強くなっているはずだ」
「私……強くなれますか?」
「なれるさ」
迷いなく。
即答だった。
「君は、そういう星の下に生まれてきた」
彩葉の瞳が輝く。
「はい!」
「よろしい」
道真公は満足そうに頷いた。
「それじゃ次は実践だ」
「実践?」
「うん」
「ショルダーストラップ以外を作ってみよう」
「え?」
「バッグには色んな部品がある」
「ファスナー」
「留め具」
「金具」
「持ち手」
「内ポケット」
「君なら作れる」
「えええ!?」
「さぁ、やってみよう」
「は、はい!」
そうして。
太宰府天満宮の神域にて。
バッグの守護者・彩葉の、本当の修行が始まったのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




