第六十七話 梅庭に招かれし言葉
太宰府天満宮の境内は、外の世界とは少し違う静けさに包まれていた。風が木々を揺らす音すら、どこか神聖な響きに変わっているように感じられる。
彩葉は水鏡真白に導かれながら、その空気の中を歩いていた。
「こっちです」
「うん!」
石畳の道は緩やかに続き、鳥居の向こうへと視線を吸い込んでいく。
「あそこです」
「わぁ~~!」
思わず声が漏れる。視界の奥には、梅の木々と社殿が重なり合うように立っていた。
「この先です」
「足元に気をつけるんだ」
ぬいぐるみのフェルルの声が小さく響く。
「はい!」
一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。肌に触れる気配が柔らかく、しかし確かに強い“力”を帯びている。
敷地の奥へ進むにつれて、彩葉は自然と息を呑んだ。
「ここ……なんだかすごい……」
神力という言葉を完全に理解しているわけではない。だが、この場所にはそれが満ちていると直感できた。
そのとき、少し離れた方向から明るい声が響いた。
「あ!お~い!真白~!」
「えっ!お姉ちゃん!皆さん!」
真白が嬉しそうに振り返る。そこには数人の少女たちが立っていた。
一人は落ち着いた雰囲気の少女が手を軽く振っている。
「あら?守護者様も一緒だったの?」
真白が駆け寄る。
「うん、お姉ちゃん。守護者様もここに用があるみたいで」
彩葉は少し緊張しながらも前へ出た。
「こんにちは!バッグの守護者、彩葉です」
その言葉に、少女たちはそれぞれ反応を返した。
「私は水鏡真夏よ、見ての通り魔法少女」
「星宮ルミナ。この子たちのリーダーです」
「星宮ヤミ……魔法少女」
「星宮ミユ!10歳!魔法少女です!なりたてですが……!」
一気に情報量が増え、彩葉は目を瞬かせる。
「うん!よろしくね!」
ルミナが軽く笑う。
「守護者様はここに何の用ですか?」
「あ、ここにいる菅原道真公さんにお手紙を届けに」
その瞬間だった。
「ボクに用かい?」
背後から突然声がして、彩葉は肩を跳ねさせた。
「わっ!?いつの間に後ろに!?」
そこには市女笠をかぶった人物が、まるで最初からそこにいたかのように立っていた。
「油断している背中が見えたからね……」
穏やかな笑みと共にその人物は軽く頭を下げる。
「ボクも自己紹介しよう。菅原道真公。天神様とも呼ばれている、この場所の学問の神さ」
彩葉は一瞬固まったあと、首を傾げる。
「……女の人?」
「はははっ、よく言われるよ。ボクは一応女神なんだ。歴史では男性として語られているけどね」
「あ、そうなんですね……これ、お手紙です」
差し出された封筒を受け取り、道真公は軽く目を細めた。
「ありがとう」
少し離れた場所で、星宮ヤミが静かに声をかける。
「姉さま、そろそろ」
「まぁ、こんな時間ね。そろそろ行かないと」
ルミナが軽く頷く。
「失礼しますね」
「うん!送ってくれてありがとう!」
真白が笑顔で手を振る。
「うん!」
真夏も短く頷く。
「いくわよ」
「うん!」
「待ってください~!」
ミユが慌てて追いかけていく姿が、どこか微笑ましかった。
道真公はその様子を見送りながら小さく笑う。
「はははっ、相変わらず元気な子たちだ」
「よく来るんですか?」
彩葉の問いに、道真公は軽く頷いた。
「そうだね。もう常連と言っていいくらいだ」
「そうなんですね」
しばらくして、道真公はふと前を向いた。
「せっかくだから、ボクの神域においで。少し話したいことがある」
「え?」
戸惑いながらも、彩葉は頷く。
「はい!」
しばらく歩くと、梅の木がより濃く並ぶ場所に出た。
「わぁ~綺麗な花の木です~」
「これは梅の木さ。綺麗だろう?」
「はい!」
その根元を見ながら、道真公は静かに続ける。
「この梅の木の根元に、ボクの神域への入り口があるんだ……ほら」
空気が一瞬揺れ、見えなかった“境界”が開くように感じられた。
「わぁ~」
「おいで」
「はい!」
彩葉が足を踏み入れると、世界が静かに切り替わった。
そこには、日本庭園のような神域が広がっていた。水の流れる音、整えられた石、そして梅の香りがより深く感じられる空間。
「ほら、ここに座って」
「はい!」
道真公の前に座ると、どこか落ち着かないながらも心が静まっていくのを感じた。
「そんなに固くならなくていいけどなぁ……さて、この手紙は……」
封を開ける指が一瞬止まる。
「アリアちゃんからだ……なるほど、断界同盟が……へぇ……面白い」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
「彩葉」
「はい?」
視線が真っ直ぐ向けられる。
「ボクのもとで修行しないかい?」
その言葉は、梅の香りよりも静かに、しかし確かに胸へ落ちた。
「え?」
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