第六十五話 旅路の地図と梅の約束
広島の朝は、昨日までの騒がしさが嘘のように穏やかだった。彩葉は大きく息を吸い込み、駅へ向かう道を歩いていた。背負っているバッグはいつも通り軽くはないが、不思議と今は重さを感じなかった。
「次は福岡……だったよね」
小さく呟きながら、灰原から渡された電子地図を取り出す。薄い板のようなそれは、手のひらに乗せると淡く光り、空間に地図を投影した。
「すごい……本当に世界が出てる」
地図には広島駅から博多駅までのルートが明確に示されている。新幹線の線路が光の線となって伸び、その先に大きく「博多」の文字が浮かんでいた。
「これなら迷わないね」
駅に着くと、人の流れは一気に増えた。スーツ姿の人、旅行者、学生らしき集団。彩葉は少し圧倒されながらも改札へ向かう。
「切符、これでいいのかな……」
「大丈夫だと思うよ」
後ろから声がして振り返ると、駅員らしき人間が優しく微笑んでいた。
「守護者様は旅ですか?良いですね。」
「えっ、わかるんですか?」
「まぁ、この駅は色んな"存在"が来るからね」
彩葉は少し驚きながらも頭を下げた。
「ありがとうございます!」
ホームに立つと、白い巨体のような新幹線が音もなく滑り込んできた。
「これが……新幹線」
扉が開き、吸い込まれるように車内へ入る。座席に腰を下ろすと、窓の外の景色がゆっくりと流れ始めた。
「速い……!」
隣の席の女性が微笑む。
「旅行ですか?」
「はい!福岡の太宰府天満宮に行くんです!」
「いいですねぇ、梅が綺麗ですよ」
「梅……!」
その言葉に彩葉の胸が少し温かくなった。
「手紙を届けに行くんです」
「大事な用事なんですね」
「はい、とても」
新幹線はトンネルを抜け、山を越え、街を置き去りにして進んでいく。
「世界って、広いんだなぁ……」
やがてアナウンスが響く。
『博多、博多です』
「着いた!」
彩葉は勢いよく立ち上がり、ホームへ降り立った。空気が一気に変わる。広島とはまた違う、熱と活気が混ざった風。
「ここが博多……!」
電子地図を再び起動する。
「次はバスだね」
案内に従ってバスターミナルへ向かうと、太宰府行きの表示が見えた。
「これだ!」
バスに乗り込むと、窓際の席に座る。ゆっくりと街が流れ、やがて緑が増えていく。
「だんだん静かになってきた……」
隣の席の老人が話しかける。
「太宰府かい?」
「はい!」
「いいところだよ。昔から学問の神様がおる場所じゃ」
「学問の神様……」
胸の中で、アリアの封筒が少し重く感じられた。
「大事な用事かね」
「はい。ちゃんと届けたいんです」
「そうかい、なら大丈夫じゃろう」
バスはゆっくりと坂道を登り、木々の間を抜けていく。
やがて到着のアナウンスが響いた。
「太宰府……!」
降り立った瞬間、空気が変わる。静かで、どこか神聖な気配。
「ここが太宰府天満宮……」
鳥居の向こうには長い参道が続いていた。梅の枝が風に揺れ、花の香りがかすかに漂う。
「すごい……綺麗……」
彩葉は封筒をぎゅっと握りしめる。
「ちゃんと、届けよう」
その言葉とともに、一歩ずつ参道へ足を踏み出した。
遠くで風が鳴り、梅の花びらが舞う。
その先に、まだ見ぬ出会いが待っていることを、彩葉はまだ知らなかった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




