第六十三話 希望を喰らう者
広島県広島市。
夕暮れ。
空は禍々しい黒雲に覆われていた。
街を包む不穏な空気。
無数の想霊。
そして断界同盟の男、ゼクロス。
その巨大な鎌から溢れ出る瘴気は周囲の大気さえ歪ませていた。
しかし。
そんな戦場の上空。
さらに高い場所。
誰にも気付かれぬ雲の向こう。
黄金の瞳を持つ少女が静かに微笑んでいた。
瞳のついた小盾。
神々しい槍。
純白の翼。
戦女神。
アテナ。
「あはは♪」
「やっぱり面白いね」
「彩葉ちゃん」
「ふふっ」
「どこまで成長するのかな?」
誰にも聞こえない独り言。
その視線の先。
地上では。
ゼクロスが狂気の笑みを浮かべていた。
「クハハハハハハ!!」
「素晴らしい!」
「その光!」
「その希望!」
「実に美しい!」
彩葉は戸惑う。
「え?」
「希望……?」
ゼクロスは両手を広げた。
「そうだ!」
「その希望だ!」
「それこそが怪鬼様の求めるもの!」
「絶望とは希望の裏返し!」
「強い希望ほど!」
「砕けた時に最高の絶望になる!」
「クハハハハ!!」
アビが怒る。
「最低なの!」
「そんな考え、おかしいなの!」
灰原も睨む。
「あなた達は……」
「心を玩具か何かだと思っているんですか」
アリアも震える拳を握った。
「許せません……!」
ゼクロスは不気味に笑った。
「許せない?」
「結構!」
「だが弱者の怒りなど意味はない!」
「怪鬼様は希望を喰らう!」
「絶望を喰らう!」
「そして混沌を喰らう!」
「全ては新たなる世界のため!」
「クハハハハ!!」
その時。
ドクン。
彩葉の胸が脈打った。
再び。
心臓。
血液。
血管。
その全てを巡る魔力。
暖かい。
優しい。
だが。
それは少しずつ強くなっていた。
彩葉は自分の両手を見る。
「また……」
「流れてる……」
「魔力が……」
アリアが目を見開く。
「まだ増えてる……!?」
灰原も驚いていた。
「普通じゃありません……」
「こんな速度で魔力の扱いを覚えるなんて……」
アビは目を輝かせる。
「すごいなの!」
ゼクロスが舌打ちした。
「鬱陶しい!」
「配下ども!」
「喰い尽くせ!!」
「グオオオオ!」
「ギャアアア!」
「ウオオオ!」
無数の想霊が一斉に襲いかかる。
「なの!」
アビが飛び上がる。
「エアーライド!」
高速飛行。
ドゴォ!!
数体を吹き飛ばす。
しかし。
数が多い。
次々と現れる。
灰原がアリアを庇いながら叫ぶ。
「キリがありません!」
「このままじゃ!」
アリアも歯を食いしばる。
「はぁ……!」
「はぁ……!」
まだ本調子ではない。
魂そのものに傷を受けている。
無理をすれば危険だった。
その時。
彩葉の目に。
流れが見えた。
魔力。
想霊の呪力。
アビの神力。
アリアの魔力。
灰原の力。
全て。
まるで色の違う川のように。
「見える……」
「流れてる……」
「これが……力」
「神力……」
「魔力……」
「仙力……」
「精霊力……」
「妖力……」
「霊力……」
「呪力……」
「みんな違う……」
アリアが驚く。
「まさか!」
「力の流れを見てる!?」
灰原も息を呑んだ。
「そんな……」
「まだ生まれて間もないのに……」
ゼクロスが鎌を振り上げた。
「小娘ぇぇぇ!!」
黒い斬撃。
それが彩葉へ迫る。
しかし。
彩葉は自然に手を伸ばした。
「だめです」
ドクン。
心臓。
血液。
魔力。
全てを指先へ。
「縛って!」
バァッ!!
紫色の光。
無数の鎖。
先程よりも遥かに多い。
「なに!?」
ガシャン!!
斬撃ごと拘束。
さらに。
大量の想霊までまとめて縛り上げた。
「ギャアアア!」
「ウオオ!」
「グオオ!」
アビが目を丸くする。
「いっぱい捕まえたなの!」
灰原も驚く。
「範囲が……!」
「大きくなってる!」
アリアは小さく笑った。
「すごい……」
「本当にすごい……」
だが。
ゼクロスは笑った。
「クハハハ!」
「甘い!」
「甘い甘い甘い!」
巨大な鎌が黒く輝く。
「冥喰!」
「断魂斬!!」
ズバァァァ!!
紫の鎖が切り裂かれる。
「きゃっ!」
彩葉が吹き飛ぶ。
「彩葉!」
アビが飛ぶ。
灰原も駆け出す。
「大丈夫ですか!」
「いたた……」
彩葉は立ち上がった。
傷は浅い。
しかし。
ゼクロスの顔に狂気が浮かぶ。
「クハハハ!」
「弱い!」
「脆い!」
「希望などその程度!」
「壊れる瞬間が楽しみだ!」
アリアが悔しそうに俯く。
「私が……」
「私がもっと強ければ……」
すると。
彩葉が振り返った。
「アリアさん」
「笑ってください」
「え?」
「アリアさんの笑顔、好きです」
「だから」
「そんな顔しないでください」
アリアは目を丸くした。
「彩葉さん……」
「私……」
「怖くて……」
「また皆を巻き込んで……」
「消えてしまいたくて……」
彩葉は優しく笑った。
「私は消えてほしくないです」
「アビさんも」
「灰原さんも」
「そうですよね?」
アビは元気よく羽を広げる。
「当然なの!」
灰原も微笑む。
「当たり前です」
「仲間ですから」
アリアの目から涙が溢れた。
「皆さん……」
その時。
ゼクロスが不快そうに顔を歪めた。
「くだらん!」
「実にくだらん!」
「仲間!」
「友情!」
「絆!」
「そんなもの!」
「怪鬼様の前では無意味!!」
すると。
巨大な鎌が。
さらに黒く染まり始めた。
空間が割れる。
「なっ……!」
灰原が青ざめる。
アリアの表情が凍った。
「うそ……!」
「また……!?」
ゼクロスの背後。
黒い空間。
その奥から。
何か巨大なものが蠢いていた。
そして。
ゼクロスは狂ったように笑う。
「クハハハハハハ!!」
「怪鬼様!」
「どうか!」
「力を!!」
「我が身にさらなる力を!!」
その瞬間。
広島の空が。
不気味に揺れ始めた。
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