第六十二話 脈動する希望
広島県広島市。
夕暮れの空は黒い瘴気によって覆われていた。
地上では無数の想霊たちが唸り声を上げ、周囲の空気そのものが重く淀んでいる。
その中心。
巨大な鎌を手にしたゼクロス。
そして、その周囲を埋め尽くす大量の想霊。
狂気に満ちた笑い声が響き渡る。
「クハハハハハハハ!!」
「絶望しろ!」
「恐怖しろ!」
「お前たちに希望などない!」
「ここで終わりだ!!」
空中に浮かぶアビが顔をしかめる。
「多すぎるなの……!」
灰原も唇を噛む。
「この数は……」
アリアも青ざめていた。
「そんな……」
だが。
彩葉だけは違った。
胸の奥。
心臓の鼓動。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
血液と共に流れる魔力。
それが少しずつ脈打っていた。
陽菜から受け取った知識。
小紅との出会い。
八咫鏡。
マミ。
ニーミ。
直。
朱鬼。
塔風。
灰原。
アビ。
アリア。
旅の中で出会った人々。
優しさ。
笑顔。
思い出。
その全てが胸の中で光になっていた。
彩葉は静かに拳を握る。
「…………」
灰原が気付く。
「彩葉?」
「どうしたんですか?」
その時だった。
ドクン。
強く心臓が脈打つ。
彩葉は自分の体の中を流れるものを感じた。
「……これ」
「流れてる……」
「暖かい……」
「血と一緒に……」
アリアが目を見開いた。
「まさか……」
彩葉は胸に手を当てる。
心臓。
そこから全身へ。
血管。
筋肉。
骨。
脳。
体中を巡る魔力。
守護者の体。
人間と違い、多くの臓器は存在しない。
しかし。
脳。
心臓。
肺。
骨。
筋肉。
血管。
そして血液。
そこに流れる力。
それを。
初めて彩葉は感じ取っていた。
「これが……」
「私の力……」
アリアが驚く。
「感じている……」
「自分の魔力を……!」
灰原も息を呑む。
「まさか……」
アビが羽をばたつかせる。
「すごいなの!」
彩葉の瞳に淡い紫色の光が宿る。
ゼクロスは不快そうに眉をひそめた。
「なんだ?」
「その目は」
「気に食わん!」
巨大な鎌を振り上げる。
「死ねぇ!!」
ブォォォン!!
黒い刃が迫る。
「危ない!」
灰原が叫ぶ。
しかし。
彩葉の目には。
魔力の流れが見えていた。
自分の中を巡る魔力。
血液と共に循環する力。
その流れを腕へ。
指先へ。
集中させる。
「止まってください!」
バッ!!
紫色の光が広がる。
次の瞬間。
鎌の動きが止まった。
「なに!?」
ゼクロスが目を見開く。
黒い鎌。
その周囲に紫色の鎖が絡みついていた。
「拘束……!」
「またか!!」
彩葉は驚いていた。
「できた……!」
「前より……!」
「強くなってる!」
アリアが小さく笑う。
「成長してる……」
「すごい……」
ゼクロスは怒り狂う。
「小娘ぇぇぇ!!」
バキィィ!!
拘束を破壊する。
だが。
その一瞬で。
アビが突撃した。
「エアーライド!」
ヒュン!!
高速飛行。
そして。
「なのーー!!」
ドゴォ!!
強烈な蹴り。
ゼクロスが吹き飛ぶ。
「ぐぉっ!?」
その隙に。
大量の想霊たちが襲い掛かる。
「グオオオオ!」
「ギャアア!」
「ウウウ!」
アビが焦る。
「まだ来るなの!」
灰原はアリアを守りながら叫ぶ。
「二人とも!」
「無理は!」
だが。
アリアが立ち上がった。
「……私も」
「戦います」
灰原が驚く。
「アリアさん!?」
「まだ傷が!」
「大丈夫です」
「少しなら……!」
アリアは深呼吸した。
「異世界接続……」
「制限解除……!」
その瞬間。
周囲に無数の光の魔法陣が現れる。
彩葉が目を輝かせた。
「すごい!」
アビも羽をばたつかせる。
「綺麗なの!」
しかし。
アリアの顔色は悪い。
「はぁ……はぁ……」
灰原が支える。
「無茶です!」
「まだ回復してないんですよ!」
「でも……!」
「皆さんだけ戦わせるわけには……!」
ゼクロスが立ち上がる。
「クハハハ!!」
「そうだ!」
「もっと苦しめ!」
「もっと絶望しろ!」
「それこそが我ら断界同盟の望み!!」
彩葉が振り返る。
「どうして……」
「どうしてそんなことするんですか!」
「皆が笑ってた方がいいのに!」
ゼクロスは狂ったように笑った。
「笑顔など幻想!」
「希望など弱さ!」
「争いこそ真理!」
「混沌こそ進化!」
「怪鬼様の理想こそ正義!」
アビが怒る。
「違うなの!」
「そんなの間違ってるなの!」
灰原も静かに睨む。
「争いから生まれた私だからこそわかります」
「あなたたちのやっていることは」
「悲劇しか生まない」
アリアも震える声で言う。
「私は……」
「帰る場所を守りたい」
「それだけなんです!」
「それだけなのに!」
ゼクロスの表情が歪む。
「うるさい!」
「うるさいうるさいうるさい!」
「ならば消えろ!!」
その時。
ドクン。
再び。
彩葉の心臓が脈打った。
そして。
彼女の体内を流れる魔力が。
先ほどよりさらに強く輝く。
「……?」
彩葉自身も気付く。
「まだ……」
「流れてる……」
「もっと……」
「もっと……」
紫色の光。
それが全身の血管を巡っていた。
まるで。
何かが目覚めようとしているように。
アリアがその光を見て目を見開く。
「……え?」
「なに……あれ……」
灰原も息を呑んだ。
「希望エネルギー……?」
アビも驚く。
「すごいなの……」
そして。
誰も気付かない遥か上空。
黒雲の向こう。
そこから。
静かに戦場を見下ろしている存在がいた。
黄金の瞳。
神々しい翼。
そして。
瞳のついた小さな盾と槍。
少女は楽しそうに微笑む。
「へぇ~」
「やっぱり面白い子だね」
「彩葉ちゃん♪」
戦女神。
アテナ。
彼女は誰にも気付かれぬまま。
静かに広島の空を見つめていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




