第五十七話 「眠る第六席」
広島県広島市。
夕暮れの空は少しずつ夜の色へと変わり始めていた。
原爆ドーム近くの休憩スペース。
そこで三人は、倒れていた少女を長椅子へと寝かせていた。
彩葉は心配そうに少女の顔を覗き込む。
少女の呼吸は安定している。
しかし、その表情は苦しそうで、まるで長い悪夢を見ているようだった。
「大丈夫でしょうか......」
アビは少女の身体に手をかざし、柔らかな神力の光を消していく。
「見える傷は神力で治したなの。後は回復を待つだけなの」
「そうなんですね......」
少し安心した彩葉だったが、隣で灰原が難しい顔をしていることに気づいた。
「......灰原さん?」
「............ん?あぁ、考え事を......」
灰原は少女を見つめる。
「この子、もしかしたら......」
「知り合いですか?」
「いや、会ったことはありませんが......」
「六花衆の第六席、アニメートの守護者『アリア』かもしれません」
「ろっかしゅう?」
彩葉は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
するとアビが羽をぱたぱた動かしながら説明した。
「日本の守護者『サクラ』の六人の幹部の総称なの!」
「その中でもアリアは、ずっと空席だった第六席の幹部なの!」
「でも、なんでここにいるなの?」
彩葉も不思議そうな顔をする。
「ここにいたら変なんですか?」
灰原は首を横に振った。
「変、ではありませんが、珍しいですね」
「本来は池袋や秋葉原に暮らしていて、めったに出てこない......」
「聖地巡礼で遠出したりすることはあるけど......」
「こんなにボロボロなのは......」
灰原の表情が少し険しくなる。
「もしかして......襲われた?」
アビも腕を組んだ。
「でも、アリアは異世界の力を召喚したりコピーしたりできるのです」
「おかしいなの」
「異世界?」
彩葉はまた新しい言葉に目を丸くする。
灰原がゆっくり説明する。
「異世界とは、人々の創造力のエネルギーが形になり、世界を構築したものです」
「創作世界とも呼ばれ、漫画やアニメ、ゲームの世界たちのことですね」
「人間の創造力はエネルギーになりますから」
「なるほど......」
するとアビがふと思い出したように尋ねた。
「小説はないなの?」
「小説?」
彩葉も不思議そうな顔になる。
灰原は少し考えながら答えた。
「小説とは、簡単に言えば文字だけの本のことです」
「そして小説の創作世界......異世界が存在しないのは、絵が少ないせいで様々な形の創造力エネルギーが反発しあって、一つの形になりにくいらしい......」
「諸説ありますけどね......」
「なるほどなの」
「そうなんですね」
彩葉は感心していた。
この世界は本当に広い。
旅に出てから毎日、新しいことばかりだった。
灰原は再び少女を見る。
「話を戻しますが......」
「異世界の技を使えるアリアがこんなになるのはおかしい」
「とても強いのに」
「確かに、ですね」
「そうなの」
アビも頷く。
「もしかして......」
灰原は窓の外を見る。
「強い奴が異世界から時空の裂け目を通って来たんでしょうか」
「時空の裂け目?」
彩葉が首を傾げる。
アビが説明を始めた。
「時空の裂け目は異世界とこっちの世界を繋ぐものなの!」
「稀に現れて、そこから異世界の......創作世界のキャラクター......迷い人がこっちの世界に迷い込むことがあるなの」
「そういうキャラクターは保護して元の世界に送り返すのが決まりなの」
「そしてアリアは、あっちとこっちを繋げる力があって、その力で送り返すのが仕事なの!」
彩葉は感心した。
「そうなんですね」
「すごい仕事なのですよ!」
アビは誇らしげだった。
灰原も小さく頷く。
「だからこそ......」
「負けるなんて、おかしいかも」
静かな休憩スペース。
眠る少女。
窓の外には夜の広島の街。
彩葉は少女の手を優しく握った。
「......まずは回復を待ちましょう!」
灰原は優しく微笑む。
「うん」
「なの!」
その頃。
広島市上空。
夜の雲の中。
そこに一人の男が立っていた。
人間でも守護者でもない。
全身から禍々しい気配を放つ、謎の存在。
男は地上を睨みながら低く呟く。
「......どこへ行った......あの小娘」
「我ら断界同盟の邪魔者め......」
その瞳に宿るのは殺意。
「必ず探し出し......」
「この手で始末してくれる」
広島の夜空に、不気味な笑い声が静かに響いていた。
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