第五十三話 「鎮守府と空から来た訪問者」
広島県 呉市。
彩葉は巨大な門の前で立ち止まっていた。
重厚な鉄と石で構成されたその入口は、ただの建物ではなく、何か大きな歴史を背負っているような圧を放っている。
「ぉ~……ここはなにでしょう、立派な門です」
じっと見上げていると、中から足音が響いてきた。
規則正しく、鍛えられた歩調。
やがて現れたのは軍服を着た人間だった。
「ん?どうされました、守護者様」
「あ、いえ、ここはなにかな~って」
軍服の男は少し笑いながら門の内側を手で示す。
「あぁ、ここは日本軍の鎮守府だよ」
「鎮守府?」
「うーん……拠点、みたいなものかな。ここで訓練したり出撃したりするんだよ」
「そうなんですね!」
彩葉は納得したように頷いたあと、少し身を乗り出す。
「あ、あの!海軍カレーってどこで食べれますか?」
「海軍カレー?」
「はい!」
男は少し意外そうに目を瞬かせたが、すぐに親しげに指を差した。
「あぁ、それだったら向こうに見える建物にあるよ」
「ありがとうございます!」
彩葉は勢いよく頭を下げると、そのまま駆け出した。
石畳の道を軽やかに進み、指示された建物へ向かう。
その途中、周囲には整備された施設や広場が続いており、時折すれ違う人々が彩葉を見て軽く会釈していく。
守護者という存在は、やはりこの世界では特別なのだと改めて感じる瞬間だった。
「わぁ……いい匂いがしてきました」
建物に近づくと、すでにスパイスと肉の香りが漂っていた。
扉を開けると、そこには食堂のような空間が広がっている。
大きなテーブル席。
整然と並ぶ椅子。
そして湯気を立てる大鍋。
「いらっしゃい!」
「ひとつ、海軍カレーお願いします!」
彩葉は元気よく注文した。
しばらくして運ばれてきた皿は、黄金色のルーがたっぷりと掛けられたご飯だった。
湯気がふわりと立ち上り、スパイスの香りが鼻をくすぐる。
「いただきます!」
ぱくり。
一口食べた瞬間、彩葉の目が大きく開いた。
「おいしいです!」
甘さと辛さが絶妙に混ざり合い、後から深いコクが広がる。
守護者である彩葉にとって食事は必須ではないが、この味は確かに「楽しい」という感覚を生んでいた。
「これ、すごいです……!」
夢中で食べ進める彩葉。
周囲の人々もその様子を見て微笑んでいる。
やがて皿は空になり、彩葉は満足そうに息を吐いた。
「ごちそうさまでした!」
丁寧に頭を下げると、再び外へ出る。
扉を開けた瞬間、海風が顔を撫でた。
「おいしかったです~!」
伸びをしながら空を見上げる。
空は高く、雲はゆっくりと流れている。
軍港の街は静かでありながら、どこか緊張感のある気配を持っていた。
「さて、次はどこに行きましょうか……」
そう呟いたその時だった。
「面白そうな存在、発見なの」
声が空から降ってきた。
「え?」
彩葉は反射的に上を見上げる。
そこには。
翼を持った少女がいた。
空中に浮かび、こちらを見下ろしている。
その姿はまるで風そのものが形を持ったかのようで、軽やかに揺れていた。
「え!?」
驚きの声を上げる彩葉。
少女はくるりと一回転してから、ふわりと降下し、目の前に着地する。
地面に触れる瞬間も軽やかで、ほとんど音がしなかった。
「アビはアビ、アビの守護神なの」
無邪気な笑顔。
しかしその奥には確かに強い気配がある。
「守護神……?」
彩葉は首をかしげる。
初めて聞く種類の存在だった。
「あなたは……?」
「彩葉です。バッグの守護者です!」
「バッグ?」
「はい!」
アビはじっと彩葉を見つめる。
そして、ふふっと笑った。
「面白いの。すごく面白いの」
「え?」
「こんなところで会えるなんて、運がいいの」
アビは翼をぱたぱたと動かしながら、くるりと周囲を見渡した。
「ここ、海の匂いがいっぱいなの。好きなの」
「そうなんですね!」
彩葉は嬉しそうに頷く。
するとアビは突然、空へ少しだけ浮き上がった。
「ねぇ、彩葉」
「はい?」
「もっと面白いところ、行く?」
「面白いところ?」
「そうなの。ここよりもっと、騒がしいところ」
アビの瞳がきらりと光る。
その言葉の意味はまだよく分からない。
しかし、何か新しい流れが始まろうとしていることだけは、彩葉にも感じ取れていた。
「うーん……」
少し考えたあと、彩葉は笑った。
「行ってみたいです!」
「決まりなの!」
アビは嬉しそうに翼を広げる。
その瞬間。
風が強く吹き抜けた。
軍港の空が一瞬ざわつく。
海面がきらめく。
そして。
二人の旅は、新しい方向へと動き始めようとしていた。
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