第五十二話 「軍港の街と空を駆ける風」
広島県 呉市幸町。
瀬戸内海を渡り続けてきた彩葉は、ようやく広島の地へとたどり着いていた。
海岸から陸へ上がった彩葉は、目の前に広がる景色に目を輝かせる。
「ここが、広島、......!」
青い空。
穏やかな海。
そして立ち並ぶ建物。
遠くには巨大な船も見える。
初めて訪れる土地。
また新しい景色。
それだけで彩葉の心は弾んでいた。
「広島です~!」
嬉しそうにその場でくるりと一回転する。
すると、潮風が髪を揺らした。
「海の匂いもします」
振り返れば、先ほど渡ってきた瀬戸内海が輝いている。
直島で別れた三人の顔を思い出し、自然と笑顔になる。
「直さん、朱鬼さん、塔風さん……私、ちゃんと着きましたよ」
呟きながら歩き始める。
幸町の周辺には緑も多く、静かな雰囲気が漂っていた。
道を歩く人々の表情も穏やかで、どこか落ち着いた空気が流れている。
「不思議ですね」
東京とも。
大阪とも。
京都とも。
香川とも。
また違う。
その土地ごとに空気が違う。
人も。
景色も。
歴史も。
それが彩葉には面白くて仕方がなかった。
しばらく歩いていると、大きな建物が見えてくる。
「わぁ……」
レンガ造りの建物。
歴史を感じる外観。
整備された広場。
近くでは観光客らしき人々が楽しそうに歩いている。
「素敵ですね」
さらに進んでいく。
すると。
「おぉ!」
彩葉は思わず立ち止まった。
海の向こう。
巨大な灰色の船。
その圧倒的な存在感。
「大きい……!」
陽菜から分けてもらった知識。
そこから思い出す。
「軍艦?」
その姿は、知識の中で見たものによく似ていた。
「すごいです!」
思わず駆け出しそうになる。
しかし。
「落ち着いて……」
ぺちぺちと自分の頬を叩く。
「広島をいっぱい見て回るんですから」
そう言って歩き出す。
途中、小さな公園を見つける。
子供たちが元気よく遊んでいる。
ブランコ。
滑り台。
鬼ごっこ。
楽しそうな笑い声。
「平和ですね」
その光景を見て、彩葉は微笑んだ。
香川で出会ったマミ。
第一次共生世界大戦。
戦争。
空爆。
悲しい記憶。
けれど今。
こうして子供たちが笑っている。
それはきっと、色々な存在が守ってきたものなのだろう。
「笑顔って、素敵です」
そんなことを考えながら歩いていると。
香ばしい匂いが漂ってきた。
「いい匂い!」
くんくん。
鼻をひくつかせる。
すると。
「いらっしゃい!」
店の前で鉄板の上に何かを焼いている人が見えた。
「?」
鉄板。
麺。
キャベツ。
ソース。
ジュージューという音。
「何でしょう?」
興味津々の彩葉。
「お姉ちゃん、観光?」
店員が笑顔で話しかけてくる。
「はい!」
「広島焼きだよ」
「広島焼き!」
「美味しいよ」
「そうなんですね!」
守護者は食事を必要としない。
だが食べることはできる。
せっかくの旅。
彩葉は色々なものを知りたかった。
「お願いします!」
鉄板の上で焼かれていく具材。
ソースの香り。
立ち上る湯気。
「わぁ~……」
そして出来上がった一枚。
「いただきます!」
ぱく。
「!」
目が丸くなる。
「美味しいです!」
「ははは、良かった」
店主が笑う。
「キャベツが甘いです!」
「それが広島のお好み焼きさ」
「すごいです!」
嬉しそうに笑う彩葉。
周囲のお客たちも、その反応に笑顔になっていた。
「守護者様も可愛いねぇ」
「ありがとうございます!」
食事を終えると、彩葉は深々と頭を下げた。
「ごちそうさまでした!」
再び街を歩く。
空は快晴。
風も気持ちいい。
そんな時。
ぴく。
彩葉の感覚が何かを捉えた。
「?」
不思議な気配。
初めて感じる気配。
しかし敵意はない。
むしろ。
「元気?」
そんな印象。
「なんでしょう?」
首を傾げる。
一方その頃。
広島県呉市。
豊島・豊浜町。
三日恵比須神社。
静かな神社の境内。
そこに一人の少女がいた。
小柄な身体。
背中から伸びる翼。
どこか神々しく、それでいて子供のような無邪気さを持った少女。
少女は縁側に寝転びながら空を見上げていた。
「......なにか面白いことでも起こらないかな......なの?」
のんびりと揺れる木々。
鳥の鳴き声。
平和な昼下がり。
しかし。
ぴくっ。
少女の羽が反応する。
「......ん?」
立ち上がる。
そして遠くを見る。
「......向こうから面白そうな気配がするなの!」
ぱぁっと顔が明るくなる。
「行ってみるなの!」
次の瞬間。
ばさっ!
純白の翼が大きく広がった。
そして。
少女は空高く舞い上がる。
青空の中を。
風より速く。
まるで嬉しそうに踊る鳥のように。
真っ直ぐ。
面白そうな気配のする方向へと飛んでいくのだった。
その頃。
何も知らない彩葉は。
「次はどこに行きましょう?」
そう呟きながら、軍港の街をのんびり歩いていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




