第五十一話 「潮風の彼方へ」
翌日。
瀬戸内海、直島。
朝の柔らかな陽射しが島を包み、穏やかな潮風が吹いていた。
ベンチに座っていた彩葉は、昨日の祭りのことを思い出しながら、のんびりと海を眺めていた。
「昨日、すごかったな~」
海上模擬戦闘。
浮きマットを足場にして豪快に暴れ回る朱鬼。
海上を軽やかに駆けながら巨大な大剣を振るう直。
轟音と共に舞い上がる海水。
それでも二人は笑い合い、最後には互いを称え合っていた。
その光景は、彩葉の心に強く焼き付いていた。
そんなことを思い返していると、背後から足音が聞こえてくる。
「よっ!元気そうだな」
「皆さん!」
振り向けば、朱鬼と塔風、そして直の三人が立っていた。
「楽しめていただけたようですね」
「うん、よかった」
「はい!色々教えてくれて、ありがとうございます!!」
「ま、ただ紹介したかっただけだけどな、ははっ」
朱鬼が豪快に笑う。
「あの、そろそろ、出ようと思うのですが、どこか良いとこはありますか?」
「なんだ、もう行くのか、寂しくなるな」
「すみません、旅をしているもので……」
「よかったら、また来てくださいね。そうそう、朱鬼ちゃんの女木島と私の男木島にもいつかいらしてください」
「はい!」
「……次行くとしたら……広島が良いと思う」
「広島、ですか?」
「うん、あそこの歴史は勉強になるし、海軍カレーは美味しいよ」
「そうなんですね!……はい!行ってみます!」
「広島に行くなら、あっちに行けばいいぞ」
「ありがとうございます!」
「あぁ、またな!」
「楽しかったですよ♪」
「…………また……」
「はい!」
三人に大きく手を振り返しながら、彩葉は歩き出した。
新たな目的地。
広島へ向かって。
直島の町を抜け、やがて海岸へとたどり着く。
朝日を受けて輝く瀬戸内海。
穏やかな波。
青い空。
遠くにはいくつもの島々が見えていた。
「今日もいい天気です!」
彩葉は嬉しそうに笑った。
そして。
「よいしょ!」
ぴょん、と海へ飛び出す。
足先が水面に触れる。
しかし沈まない。
日本生まれの守護者だけが持つ特性。
水上歩行。
まるで地面を歩くかのように、彩葉は海の上へ立っていた。
「不思議ですね~」
ぱしゃっ。
ぱしゃっ。
一歩進むたび、小さな水しぶきが上がる。
「それじゃあ、出発です!」
彩葉は元気よく走り出した。
瀬戸内海海上。
広大な海。
島々の間を吹き抜ける風。
海鳥たちの鳴き声。
空には白い雲が流れている。
「綺麗……」
彩葉は思わず立ち止まった。
周囲を見渡せば、小さな島が点在している。
緑豊かな島。
岩肌が目立つ島。
人の住んでいない無人島。
様々な姿を見せる瀬戸内海。
「海って広いんですね……」
陽菜。
栞。
小紅。
八咫鏡。
久里子。
マミ。
ニーミ。
直。
朱鬼。
塔風。
これまで出会ってきた人たちの顔が思い浮かぶ。
「いっぱいの人と会いましたね」
生まれたばかりの頃。
何も知らなかった。
世界も。
人間も。
妖怪も。
神々も。
けれど。
旅をするたび。
新しい景色と出会い。
新しい存在と出会い。
少しずつ、少しずつ。
自分の知らない世界を知っていった。
「まだまだ、知らないことがいっぱいです」
だから。
もっと知りたい。
もっと見てみたい。
その気持ちは日に日に大きくなっていた。
しばらく走っていると、遠くに漁船が見えてきた。
「こんにちは~!」
船の上では数人の漁師たちが網を引いていた。
「おぉ!」
「守護者様だ!」
「こんにちは!」
「こんにちは!」
「どちらへ行かれるんですか?」
「広島です!」
「広島ですか!」
「気をつけてくださいね!」
「ありがとうございます!」
漁師たちは笑顔で手を振ってくれる。
彩葉も元気よく振り返した。
「人間さん、優しいです」
再び走り出す。
風が心地良い。
海の匂い。
波の音。
時折魚が跳ねる音。
「ふふっ」
楽しくて仕方ない。
すると。
「わっ!」
目の前でイルカが跳ねた。
「イルカさん!」
もう一匹。
さらにもう一匹。
三頭のイルカが海面から飛び出した。
「すごーい!」
まるで一緒に走ってくれているようだった。
「こんにちは!」
きゅるるる。
イルカたちも嬉しそうに鳴く。
しばらく並走していたが、やがて海の中へ帰っていった。
「またね~!」
彩葉は手を振る。
そして。
さらに進んでいく。
太陽は高く昇り始めていた。
海の向こう。
かすかに大きな陸地が見え始める。
「あれが……広島?」
期待に胸が高鳴る。
どんな場所だろう。
どんな人がいるのだろう。
どんな歴史があるのだろう。
そして。
どんな出会いが待っているのだろう。
「楽しみです!」
彩葉は笑顔で駆けていく。
青い海の上を。
吹き抜ける潮風と共に。
新たな世界を目指して。
まだ見ぬ広島へ向かって。




