第五話 禁じられた術師
夜の京都。
人気の少ない裏道には、先程までの戦いの余韻が残っていた。
黒い霧となっていた想霊は、陽菜の放った銃撃によって完全に消滅している。
彩葉は小さく息を吐きながら、消えた想霊のいた場所を見つめていた。
「想霊、これで最後だったみたいですね。すみません、私、役に立てなくて」
「そんなことないさ。君は君のできることをやればいいよ」
「......はい!」
彩葉は小さく頷く。
まだ生まれたばかり。
できないことの方が多い。
けれど、それでも陽菜は責めたりしなかった。
その優しさが少し嬉しかった。
二人は再び街を歩き始める。
ネオンが石畳を照らし、夜風がゆっくり吹き抜けていく。
するとその時。
彩葉がぴたりと足を止めた。
「?」
「ん?どうしたの?」
「いえ、この辺ではあまり観ない服装だな~って」
「どんな服装?」
「え、えっと......」
彩葉は近くに落ちていた木の棒を拾うと、地面へしゃがみ込む。
そして土の上に絵を描き始めた。
長い服。
紙のようなもの。
独特な帽子。
「こんな感じ!」
「!?............」
陽菜の表情が固まる。
その目が僅かに見開かれた。
「?............陽菜さん?」
「......陰陽師............ここにも......まだ......」
「......陽菜?」
陽菜はすぐに顔を上げる。
さっきまでの穏やかな雰囲気が消えていた。
「彩葉!そいつ、どっちに行った?」
「え!?えーっと......あそこ曲がってた」
「......路地か......行くよ!」
「え!?は、はい!」
陽菜は勢いよく走り出した。
彩葉も慌てて後を追う。
二人は細い路地へ飛び込む。
暗い。
狭い。
湿った空気が漂っている。
彩葉は必死に走った。
だが陽菜は速い。
まるで風のようだった。
「はぁ......はぁ......」
路地を何本も抜けた先で、陽菜が立ち止まる。
彩葉も遅れて足を止めた。
「あ、あの、......陰陽師って......なんですか?というか早いです!陽菜さん!」
「......ん?陰陽師は、昔“正式に”存在した組織のこと!」
「昔?」
「そう、今は法律で禁止されてる!立派な犯罪!」
陽菜の声はいつになく真剣だった。
「でも、私たちは人間の法律には縛られない」
「え?それって?」
「抵抗しないのなら捕らえて人間に引き渡す......抵抗するなら......」
「するなら?」
陽菜は静かに言った。
「殺す」
「え!?」
彩葉の身体がびくりと震える。
「どうして」
「............それが、この世界の“ルール”だ。変えられない」
「......」
彩葉は言葉を失う。
陽菜の表情は変わらない。
だがその瞳だけが、どこか冷たかった。
守護者。
世界の均衡を保つ存在。
善でも悪でもなく、ただルールに従う者。
その意味を、彩葉は少しだけ理解した気がした。
その時だった。
陽菜が前方を見つめる。
「......あれは」
「?......女の子?」
路地の奥。
街灯の光も届かない暗闇に、一人の少女がいた。
黒髪。
痩せ細った身体。
ボロボロの服。
まるで捨てられた人形のようだった。
彩葉は思わず駆け寄る。
「ねえ、どうしたの?」
「............」
少女は何も答えない。
虚ろな瞳でこちらを見るだけだった。
「ボロボロ......一体何が......」
陽菜が警戒しながら近づく。
その瞬間。
「影に!近づくな~!」
「わわっ!?!?」
地面の影から、小さな黒い妖怪が飛び出した。
彩葉は驚いてしりもちをつく。
「いたた......!」
「彩葉!」
「あ、大丈夫!」
陽菜はほっと息を吐いた。
そして妖怪へ視線を向ける。
「......ふぅ......それで、あれはいったい」
黒い小さな妖怪は少女を庇うように立つ。
「ッ!!!!!!!!」
全身を震わせながら威嚇していた。
しかし、その姿には恐怖も混じっている。
「警戒してる......」
彩葉はそっと呟く。
「それに、あの子のことを“影”って......」
その時だった。
「見つけたぞ......ゴミめ」
「!?」
低い声が路地に響く。
振り向くと、そこには三人の男が立っていた。
長い和装。
札の束。
独特な帽子。
先程、彩葉が見た服装だった。
「あ、あのときの」
「......陰陽師!」
陽菜が火縄銃を構える。
三人の男たちはゆっくり近づいてきた。
先頭にいるのは年配の男。
鋭い目つきをしている。
「......ほーう?このオーラ......守護者か?厄介だな......」
若い陰陽師が口を開く。
「どうしますか?」
「これはこれは、見逃してくれそうにない......」
中年の男が苦笑する。
しかしベテランらしき男は冷たく言った。
「仕方ない......ここでやるぞ」
空気が変わった。
重苦しい殺気が路地を満たす。
彩葉は思わず息を呑む。
「!!彩葉!そこの二人を連れて行くよ!」
「え!?はい!ごめんなさい!」
彩葉は慌てて黒髪の少女へ駆け寄る。
小さな妖怪も戸惑っていた。
「お、おい!」
「説明は後です!」
彩葉は少女の手を取る。
冷たい。
まるで氷みたいだった。
「走る!」
「はい!」
陽菜が先頭を駆け出す。
彩葉も少女を支えながら必死に走った。
後ろから怒声が響く。
「待て!」
「追うぞ」
「はい!」
陰陽師たちの足音が、夜の路地へ響き渡った。
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