第四話 時を越える守護者
京都の夜は、まだ眠っていなかった。
街には人々の笑い声が響き、無数の灯りが石畳を照らしている。
彩葉は陽菜の隣を歩きながら、絶えず周囲を見回していた。
見るもの全てが新鮮だった。
空中に浮かぶ街灯。
屋根の上を歩く猫又。
電線の上で歌う妖精たち。
世界にはこんなにも不思議なものが溢れている。
それを知るだけで胸が高鳴った。
「疲れてない?」
「はい!大丈夫です!」
彩葉は元気よく答える。
その様子に陽菜は小さく笑った。
「元気だねぇ」
「楽しいですから!」
彩葉は目を輝かせる。
「こんなにたくさんのものがあるなんて、知りませんでした......」
「まぁ、生まれたばかりなら当然か」
陽菜は夜空を見上げた。
ビルの隙間から、白い月が見える。
「世界は広いよ、彩葉」
「......はい」
「京都だけでもこれだ。世界中にはもっと色んな存在がいる」
「もっと......」
「ドラゴンが住む山もあるし、海の底には龍宮もある。空には天使の都市、地下には悪魔たちの国なんかもあるね」
彩葉は思わず立ち止まる。
「そんな場所まで......!?」
「あはは、驚きすぎ」
「だ、だって......!」
彩葉の頭の中には想像もつかない景色が広がっていた。
海の底。
空の都市。
悪魔の国。
自分の知らない世界は、まだまだ無限に存在している。
「......行ってみたいです」
「そのうち行けるさ」
陽菜は優しく言った。
「守護者は長生きだからね」
「長生き......?」
「ん?」
彩葉は不思議そうに首を傾げる。
「守護者って、どれくらい生きるんですか?」
「寿命はないよ」
「......え?」
彩葉の足が止まる。
「ない......?」
「うん。守護者は基本的に老いないし、寿命でも死なない」
「じゃ、じゃあ......ずっと?」
「壊されない限りはね」
陽菜は歩きながら続ける。
「守護者は時間と共に成長する存在なんだ。長く生きれば生きるほど、力も経験も増えていく」
「強く......」
「核が成熟していくからね。若い守護者と古い守護者じゃ、かなり差があるよ」
彩葉は陽菜を見る。
陽菜は普段と変わらない穏やかな表情をしていた。
けれど、今の話を聞くと、その姿が少し違って見えた。
「陽菜さんは......どれくらい生きてるんですか?」
「僕?」
陽菜は少し考えるように視線を上げる。
「そうだなぁ......戦国時代くらいからかな」
「......せんごく?」
「人間同士がいっぱい戦ってた時代」
「えぇぇぇぇ!?」
彩葉が思わず大きな声を上げる。
近くを歩いていた妖精たちが驚いて飛び去っていった。
「あはは!大声出しすぎ!」
「だ、だって......!そんな昔から!?」
「まぁね」
陽菜はどこか懐かしそうに笑った。
「その頃は今みたいな街じゃなかったよ。建物も少なかったし、夜はもっと暗かった」
「そんな前から......」
「戦も多かった。想霊も今より凶暴だったかな」
陽菜の瞳が、ほんの少しだけ遠くを見る。
「火縄銃が生まれた頃に、僕も生まれたんだ」
「火縄銃......」
「人間の戦いの時代だったからね。強い想いがいっぱい渦巻いてた」
彩葉は静かに陽菜を見つめる。
目の前にいるのは、ただ優しいだけの守護者ではない。
長い時間を生き、数え切れない景色を見てきた存在なのだ。
「......すごいです」
「ん?」
「陽菜さん、すごく長く生きてるんですね......」
「あはは、守護者の中じゃ普通だよ」
「普通......」
「上にはもっと古い子もいる。神話の時代からいるようなのもね」
彩葉は唖然とした。
想像もできない時間だった。
自分は生まれたばかり。
けれど守護者は、その何百倍もの時を生きる。
世界を巡り、色んな景色を見て、色んな存在と出会うのだろう。
「......私も」
「ん?」
「いつか、陽菜さんみたいになれるでしょうか」
陽菜は少し驚いたように目を瞬かせた後、ふっと笑った。
「なれるさ」
「本当に?」
「旅を続ければね」
そう言って、彩葉の頭を軽く撫でた。
彩葉は少し照れたように目を伏せる。
その時だった。
遠くの路地裏から、妙な気配が流れてくる。
冷たく、淀んだ空気。
陽菜の表情が少しだけ変わった。
「......?」
彩葉も何かを感じ取ったのか、そちらを見つめる。
しかし陽菜はすぐに笑顔へ戻った。
「大丈夫、弱い気配だ」
「想霊ですか?」
「たぶんね。でも今は放っておいても問題ないかな」
そう言いながらも、陽菜の視線は一瞬だけ暗い路地へ向いていた。
その頃――。
京都の街、薄暗い路地裏。
ゴミ袋が積まれた狭い空間で、一人の少女がうずくまっていた。
黒髪はぼさぼさに乱れ、服は破れ、身体中が汚れている。
痩せ細ったその姿は、今にも消えてしまいそうだった。
少女の影が、不自然に揺らぐ。
するとその影の中から、小さな黒い妖怪が姿を現した。
全身が黒く、丸い目をした小さな存在。
「......影......」
妖怪は少女を見上げる。
少女は虚ろな瞳で何も答えない。
それでも妖怪は拳を握り締めた。
「安心しろ!オレが!オレが必ず救ってやるからな!」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




