第四十三話 山を下りる者たち
讃岐山脈 封印洞窟入口。
長きに渡って災厄を封じ続けてきた洞窟の前に、柔らかな風が吹いていた。
つい先程まで漂っていた不気味な圧迫感は消えている。
空は青い。
雲もゆっくり流れていた。
まるで何事もなかったかのような穏やかな景色だった。
その中を彩葉が歩いてくる。
腕には白く輝く石面を抱えていた。
それを見たマミが目を丸くする。
「......あ、出てきた......?、彩葉、持ってるそれは」
彩葉は嬉しそうに笑った。
「"元"祟面だよ♪」
白い面が小さく頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けしました......」
マミはしばらく固まっていた。
目の前の光景が信じられないのだろう。
封印されていた大災厄。
それが消滅したのではなく。
浄化されている。
そんな前例は聞いたことがなかった。
「......浄化してしまうなんて、すごい..ね...」
彩葉は首を傾げた。
「そうかな?」
「そう......だよ......」
マミは苦笑する。
「普通は......倒すか......封印するか......だから......」
彩葉は腕の中の白い面を見つめた。
「でも、この子、本当は悪い子じゃなかったから」
白い面が申し訳なさそうに答える。
「過分なお言葉です......」
「そうだ、この子、どうしましょう......」
その時だった。
聞き慣れた声が響く。
「だったら、知り合いの寺で祭ってもらうよう頼んでみよう」
彩葉が振り返る。
「ニーミさん!」
そこにはいつの間に現れたのか、日本人形を抱えた少女の姿があった。
相変わらず少女の口は動いていない。
人形の方から声が聞こえている。
マミも驚いた様子はない。
「ニーミ」
彩葉は目を輝かせる。
「いいんですか?」
ニーミが頷く。
「うむ、任せい!」
白い面も深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ニーミは笑う。
「安心せい。お主はもう災厄ではない。これからは人々を守る側じゃ」
白い面は少しだけ沈黙した。
そして。
「ありがとうございます」
静かにそう答えた。
風が吹く。
木々が揺れる。
どこかで鳥が鳴いた。
長い戦いが終わったことを山そのものが祝福しているようだった。
彩葉は大きく伸びをする。
「よーし!」
マミが首を傾げる。
「?」
「山を下りよう!」
ニーミが笑う。
「うむ、それが良い」
こうして三人と一枚は山を下り始めた。
険しい山道。
しかし上る時とはまるで違う。
足取りは軽かった。
彩葉は先頭を歩いている。
時折景色を見ては歓声を上げていた。
「わぁ~!」
「見てください!」
「すごいです!」
マミが後ろから見守る。
「元気......」
ニーミも頷く。
「守護者らしいのう」
彩葉は振り返った。
「守護者らしい?」
「うむ」
ニーミはゆっくり話す。
「守護者とは世界を守る存在じゃ」
「はい」
「じゃがな」
ニーミは空を見る。
「守るだけでは駄目なのじゃ」
彩葉は首を傾げた。
「?」
「世界を知らねば守れぬ」
彩葉は少し考える。
陽菜の言葉。
栞との出会い。
小紅との祭り。
八咫鏡との旅。
久里子との会話。
マミとの冒険。
色々なことが思い出された。
ニーミは続ける。
「お主は旅をしておる」
「うん!」
「それはきっと間違っておらぬ」
彩葉は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
山道を歩いていると。
途中で見覚えのある場所が見えてきた。
平和公園だった。
マミが足を止める。
「......帰ってきた」
彩葉も立ち止まる。
公園の入口。
遠くには体育館も見える。
初めて会った場所だ。
マミはしばらく黙っていた。
その視線は体育館へ向いている。
彩葉は何も言わない。
ただ隣に立った。
やがて。
マミがぽつりと呟く。
「......少しだけ」
「?」
「少しだけ......外も悪くないかも......」
彩葉の顔がぱっと明るくなる。
「本当!?」
マミは少し照れたように目を逸らした。
「うん......」
彩葉は嬉しくなった。
「じゃあ今度一緒に旅しよう!」
「え」
マミが固まる。
ニーミが吹き出した。
「くくく」
「旅......?」
「うん!」
彩葉は満面の笑みだった。
「色んな場所を見ようよ!」
マミは困ったような顔になる。
「わ、私は......」
言葉が続かない。
だが。
昔よりもずっと柔らかい表情だった。
ニーミが肩をすくめる。
「考えておけばよい」
マミは小さく頷いた。
「......うん」
しばらく歩く。
そして平和公園の入口へ到着した。
そこでは何人かの人々が集まっていた。
老人。
老婆。
公園の管理をしている人たち。
そして漁師の姿もある。
彩葉は気付く。
「あっ!」
老人も気付いた。
「おお!」
老婆も目を見開く。
「守護者様!」
人々が集まってくる。
そして。
マミの姿を見る。
一瞬静寂が訪いた。
マミは身を縮こませる。
だが。
次の瞬間だった。
「おかえり」
老人が言った。
マミが固まる。
「え......」
「よく帰ってきた」
老婆も微笑む。
「寂しかっただろう?」
マミの目が大きく見開かれる。
誰も責めない。
誰も怖がらない。
皆が優しく笑っていた。
マミの瞳が潤む。
「......ただいま」
小さな声だった。
だが確かに届いた。
人々は笑った。
「おかえり!」
その言葉を聞いた瞬間。
マミの頬を涙が伝った。
彩葉はその様子を見ながら微笑んでいた。
空は高い。
風は穏やか。
長く続いた戦いは終わった。
そして。
彩葉の旅もまだ終わらない。
世界には知らないことがたくさんある。
会ったことのない守護者も。
神も。
妖怪も。
精霊も。
まだまだいる。
彩葉は青空を見上げた。
「さて!」
元気よく言う。
「次はどこに行こうかな!」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




