第四十一話 受け継がれる祈り
封印洞窟最深部。
祭壇を中心として無数の札が光を放っていた。
淡い金色の光。
それは数百年という時を超えてなお失われていない願いだった。
彩葉はその光景を見つめていた。
胸の奥が温かい。
不思議な感覚だった。
会ったこともない。
名前も知らない。
遠い昔を生きた人々。
神々。
妖怪。
精霊。
守護者。
それなのに。
その全員が今もここにいるような気がした。
祟面は忌々しそうに唸る。
「黙れ……」
黒い霧が膨張する。
「黙れ黙れ黙れ黙れ!」
ドォォォォォォォッ!!
洞窟全体が揺れた。
天井から岩が落下する。
地面が割れる。
しかし祭壇だけは微動だにしない。
何千枚もの札が祟面を睨みつけるように輝いていた。
彩葉は要石を握る。
「みんな……」
すると。
要石から光が溢れた。
パァァァァァァッ!!
彩葉の身体を包み込む。
「え……?」
力だ。
彩葉自身の力ではない。
もっと大きな流れ。
優しくて暖かい力。
それは 神力!
祟面もそれを感じ取ったらしい。
「その力は……!」
黒い面の一つが歪む。
「空海!」
怒り。
憎悪。
恐怖。
様々な感情が入り混じった叫びだった。
彩葉は驚く。
祟面は強い。
だが今。
確かに恐れている。
封印そのものを。
かつて自分を閉じ込めた存在を。
彩葉は一歩前へ出た。
「あなたはどうしてそんなに怒ってるの?」
祟面が止まる。
「何?」
「どうしてそんなに苦しそうなの?」
祟面は沈黙した。
黒い霧が揺れる。
そして。
狂笑の面が笑った。
「苦しい?」
ククククククク………………
クハハハハハハハハハハハハハ!!!!
不気味な笑い声。
「面白いことを言う」
次に悲しみの面が呟いた。
「苦しいさ」
彩葉は目を見開く。
怒りの面が吠える。
「人は忘れる!」
憎悪の面が続く。
「何度も何度も何度も!」
祟面の身体から黒い感情が溢れ出した。
「戦争」
「差別」
「憎しみ」
「裏切り」
「迫害」
「殺意」
「絶望」
洞窟の空気が重くなる。
祟面は静かに言った。
「我はそれらの集まりだ」
彩葉は言葉を失った。
祟面は続ける。
「人が生む」
「神が生む」
「妖怪が生む」
「守護者が生む」
「全ての存在が生み出す」
四枚の面がゆっくり回転する。
「我は誰か一人の悪ではない」
その声には怒りだけではなく。
どこか悲しみも混ざっていた。
「だから消えぬ」
彩葉は拳を握る。
少しだけ分かった気がした。
祟面は怪物だ。
危険な存在だ。
だが。
生まれたくて生まれたわけではない。
人々の負の感情が積み重なった結果なのだ。
「でも」
彩葉は顔を上げた。
「だからって誰かを傷付けていい理由にはならないよ」
祟面が黙る。
「苦しいなら」
「悲しいなら」
「怒ってるなら」
「それを誰かにぶつけちゃダメだと思う」
彩葉の声は小さい。
けれど真っ直ぐだった。
「私、まだ生まれたばかりだから難しいことは分からない」
「でも」
「人も妖怪も神様も守護者も」
「たくさん出会った」
陽菜。
喰。
影。
栞。
小紅。
八咫鏡。
久里子。
マミ。
ニーミ。
旅の中で出会った存在たち。
皆違う。
皆考え方も違う。
それでも。
優しかった。
「だから私は信じたい」
彩葉は笑った。
「みんな仲良くなれるって」
祟面は静かだった。
しばらくして。
狂笑の面が笑う。
「甘い」
怒りの面が唸る。
「甘すぎる」
憎悪の面が吐き捨てる。
「理想論だ」
悲しみの面だけが何も言わなかった。
そして。
祟面はゆっくり浮かび上がる。
「だが」
黒い霧が巨大化する。
洞窟が震える。
「少しだけ」
彩葉は目を見開く。
「少しだけ面白い」
その瞬間だった。
洞窟の奥。
祭壇の中央。
巨大な要石が激しく輝く。
ゴォォォォォォッ!!
光の柱が天へ伸びる。
彩葉は思わず目を覆った。
「なに!?」
すると。
祭壇の周囲に人影が現れ始めた。
一人。
二人。
三人。
いや。
何十。
何百。
無数。
半透明の光の人影。
老人。
子供。
武士。
神官。
妖怪。
守護者。
様々な姿がある。
彩葉は息を呑む。
「まさか……」
その全員が祟面を見ていた。
祟面が震える。
「貴様ら……」
そして。
光の人影たちは何も言わない。
ただ。
静かに立っている。
それだけだった。
それだけなのに。
祟面の黒い霧が揺らぐ。
「やめろ……」
怒りの面が震える。
「やめろ……!」
光はさらに増えていく。
それは封印に携わった者たちの残留思念だった。
想い。
願い。
祈り。
数百年を超えて残り続けた意思。
彩葉は要石を見つめる。
すると。
その中から一つの声が聞こえた気がした。
『未来を守れ』
優しい声だった。
『そして知れ』
光が揺れる。
『世界を』
彩葉は目を見開く。
『人を』
『神を』
『妖怪を』
『守護者を』
『全てを』
その言葉は。
まるで旅そのものを肯定しているようだった。
彩葉は強く頷く。
「うん」
そして祟面を見る。
黒い霧はなお存在している。
封印はまだ終わっていない。
問題も解決していない。
けれど。
彩葉はもう迷っていなかった。
「私」
要石を握る。
「この世界をもっと知る」
光がさらに強くなる。
「だから」
「あなたのことも知るよ、祟面」
祟面は黙って彩葉を見つめていた。
黒い四枚の面が静かに回転する。
その奥で。
何かが変わり始めていることを。
まだ誰も知らなかった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




