第四十話 空海の遺したもの
封印洞窟深部。
彩葉は胸元で震える要石を見つめていた。
要石は今までにないほど強く光っている。
まるで何かを伝えようとしているようだった。
祟面もまた洞窟の奥を見ていた。
黒い霧の身体がわずかに揺らぐ。
四枚の石面も警戒するように回転している。
怒りの面が低く唸った。
「忌々しい」
悲しみの面が呟く。
「まだ残っていたか」
憎悪の面が軋むような音を立てる。
「消え去ったと思っていた」
狂笑の面だけが笑っていた。
「ククククク……面白い」
彩葉は洞窟の奥へ視線を向けた。
すると。
光がさらに強くなる。
次の瞬間。
ゴォォォォォォォッ!!
巨大な風が吹き抜けた。
洞窟内の霧が押し流される。
そして。
最深部の岩壁に刻まれた巨大な文字が現れた。
「これ……」
彩葉は目を見開く。
壁一面に無数の文字が刻まれていた。
古い文字。
だが何故か読める。
いや。
正確には意味だけが頭へ流れ込んでくる。
『未来へ託す』
『人と神と妖と精霊と守護者へ』
『再び災厄現れる時』
『共に立て』
彩葉は息を呑んだ。
その時。
祟面が吠えた。
「黙れェェェェェ!!」
ドォォォォン!!
黒い衝撃波が放たれる。
岩壁へ向かう。
文字を破壊しようとしたのだ。
しかし。
要石が輝いた。
パァァァァァッ!!
金色の光が広がる。
衝撃波が消滅する。
まるで最初から存在しなかったかのように。
祟面が初めて明確な動揺を見せた。
「何!?」
彩葉も驚いていた。
要石はまだ光り続けている。
そして。
岩壁の中央がゆっくり開いた。
ゴゴゴゴゴ……
長い年月閉ざされていた石扉。
その奥には。
祭壇があった。
円形の祭壇。
中央には巨大な要石。
そしてその周囲には数え切れないほどの札が貼られていた。
何百。
いや。
何千枚あるのか分からない。
それら全てが今も淡く光っている。
彩葉は思わず近付いた。
「すごい……」
そこには途方もない時間が刻まれていた。
札は古い。
何百年も前のものだ。
だが力を失っていない。
祭壇の前には石碑があった。
そこに名前が刻まれている。
彩葉はゆっくり読む。
「弘法……大師……空海……」
その瞬間。
祭壇全体が光り始めた。
そして彩葉の視界が白く染まる。
―――。
気付けば。
彩葉は別の景色を見ていた。
広大な平原。
荒れ果てた大地。
空は黒く染まっている。
そこには巨大な祟面がいた。
今の何倍も大きい。
山のような巨体。
黒い霧が空を覆っている。
大地は腐り。
川は枯れ。
無数の人々が逃げ惑っていた。
そして。
その前に立つ者たちがいた。
人間。
妖怪。
神。
精霊。
天使。
守護者。
種族を超えた大集団。
皆が同じ方向を向いている。
祟面へ。
その先頭にいたのは一人の僧侶だった。
穏やかな顔。
だが強い意志を持つ瞳。
彩葉は直感した。
「空海……」
その僧侶は杖を掲げる。
『聞け』
声が響く。
『今ここにいる全ての命へ』
人々が顔を上げる。
『一人では勝てぬ』
『だが皆ならば勝てる』
その言葉に呼応するように。
神々が力を放つ。
精霊たちが光る。
妖怪たちが咆哮する。
守護者たちが前へ出る。
人々もまた立ち上がる。
『未来を守るために』
『今を生きる者たちのために』
『共に戦おう』
そして。
戦いが始まった。
彩葉は息を呑む。
凄まじかった。
神の雷。
妖怪の炎。
精霊の風。
守護者の力。
人々の祈り。
その全てが祟面へ向かう。
だが。
それでも祟面は強かった。
無数の命が散った。
多くの存在が倒れた。
それでも。
誰一人諦めなかった。
最後に。
空海が巨大な要石を掲げる。
『今だ!!』
世界中から力が集まる。
神力。
魔力。
仙力。
精霊力。
妖力。
霊力。
呪力。
ありとあらゆる力が要石へ流れ込む。
そして。
無数の札が空へ舞い上がった。
数万枚。
いや。
それ以上。
空を埋め尽くすほどの札。
祈り。
願い。
想い。
全てを込めた封印。
『未来を頼む』
空海がそう言った瞬間。
光が世界を包み込んだ。
―――。
彩葉は我に返った。
「はぁっ……!」
気付けば祭壇の前にいる。
呼吸が荒い。
だが見た。
確かに見た。
祟面がどうやって封印されたのか。
あれは一人の英雄の力ではない。
人間だけでもない。
神だけでもない。
守護者だけでもない。
あらゆる存在が協力した結果だった。
祟面が低く唸る。
「見たのか、あの忌々しい記憶を」
彩葉は振り返る。
祟面は祭壇を睨んでいた。
憎しみに満ちた目。
「我を封じた者たち」
「我を閉じ込めた世界」
黒い霧が膨れ上がる。
山が震える。
「だが」
「今は違う」
四枚の面が回転する。
「奴らはいない」
「空海もいない」
「神々も揃っていない」
「封印は弱った」
祟面は彩葉を見下ろした。
「守護者よ」
「お前一人で何ができる」
圧倒的な威圧感。
だが。
彩葉は祭壇を見る。
そこに残された無数の札。
そして手の中の要石。
人々の想い。
神々の願い。
守護者たちの意志。
全てがそこにあった。
彩葉はゆっくり拳を握る。
「一人じゃないよ」
祟面の動きが止まる。
「ぬ?」
「だって」
彩葉は要石を胸に抱く。
「ここにはみんなの想いが残ってる」
そして真っ直ぐ祟面を見る。
「だから」
「私は諦めない」
その瞬間。
祭壇の札が一斉に光り始めた。
まるで彩葉の言葉に応えるかのように。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




