第三十六話 要石と未来視の守護者
讃岐山脈へ続く道。
彩葉とマミは山へ向かって歩いていた。
町並みはすでに遠くなり、周囲には木々が増え始めている。
鳥の鳴き声。
葉を揺らす風。
時折聞こえる小川のせせらぎ。
自然に満ちた景色だった。
しかし彩葉は何度も山の方を見ていた。
遠くに見える讃岐山脈。
その奥から漏れ出る不気味な気配。
まだ距離はある。
だが近付けば近付くほど、その存在感は強くなっている気がした。
「すごいですね......」
彩葉はぽつりと呟く。
「何が?」
マミが聞く。
「封印されてるのに感じます」
マミは頷いた。
「うん」
「それだけ強い」
「祟面は普通の想霊じゃないから」
彩葉は少しだけ緊張した。
昨日までは遠い話だった。
だが今は違う。
本当にその場所へ向かっている。
そう思うと胸が高鳴る。
怖さもある。
でも知りたい気持ちの方が強かった。
そんな時だった。
「ほうほう、本当に外に出ておるな」
突然声が聞こえた。
彩葉はびくりと肩を震わせる。
「ひゃっ!?」
マミも足を止めた。
二人は振り返る。
そこには少女が立っていた。
黒髪の小柄な少女。
しかし目を引くのはその腕の中だった。
大切そうに抱えられている日本人形。
どこか古風な着物。
透き通るような白い肌。
不思議な存在感を放っている。
「......久しぶり」
マミが言った。
少女は小さく頷く。
「うむ、久しいの」
彩葉は二人を交互に見る。
「知り合いなんですか?」
「うん」
マミが答える。
「日本人形の守護者」
そして少し間を置いた。
「ニーミ」
「おお、覚えておったか」
ニーミは楽しそうに笑った。
彩葉は慌てて頭を下げる。
「はじめまして!バッグの守護者の彩葉です!」
「うむうむ」
ニーミは満足そうに頷く。
「話は聞いておるぞ」
「え?」
「マミを外へ連れ出した守護者じゃろう?」
「えぇっ!?」
彩葉は慌てた。
「ち、違います!」
マミがすぐに否定する。
「案内してるだけ」
「ふふふ」
ニーミは面白そうに笑う。
「そういうことにしておこうかの」
彩葉は何だかよく分からなかった。
だがマミとニーミが昔からの知り合いなのは分かった。
ニーミは二人を見比べる。
そして真面目な顔になった。
「封印場所へ向かうのか?」
「うん」
マミが答える。
ニーミは少し眉をひそめた。
「あそこはやめておけ」
「......」
彩葉は前へ出た。
「でも!」
ニーミが見る。
彩葉はまっすぐ見返した。
「私は止めたいです!」
「......」
「見に行くだけかもしれません」
「何もできないかもしれません」
「でも放っておけないんです」
風が吹く。
しばらく沈黙が続く。
ニーミは静かに彩葉を見つめていた。
まるで何かを確かめるように。
やがて。
「......なるほどの」
小さく呟いた。
「本当に転機なのかもしれぬ」
「え?」
彩葉は首を傾げた。
ニーミは答えない。
代わりにマミが口を開く。
「ニーミは未来を見る力を持ってる」
「未来!?」
彩葉は驚いた。
「すごいです!」
ニーミは苦笑する。
「万能ではないぞ」
「見えるのは断片だけじゃ」
「流れる川を上から見るようなもの」
「全部は見えん」
それでも十分すごかった。
彩葉は目を輝かせる。
「どんな未来が見えるんですか?」
「言ったら変わる」
「え?」
「だから言わぬ」
ニーミはそう言って笑った。
そして。
ふいに懐から何かを取り出した。
「ほれ」
ひょい。
彩葉に向かって投げる。
「わわっ!?」
彩葉は慌てて受け取った。
両手の中を見る。
「......石?」
手のひらほどの大きさ。
灰色の石。
特別な形には見えない。
だが握った瞬間。
ほんのり温かかった。
「要石じゃ」
ニーミが言う。
「持って行くがよい」
「いいんですか?」
「うむ」
「良いことがあるやもしれん」
彩葉は石を見つめる。
何だか不思議な感覚がした。
石なのに鼓動しているような。
生きているような。
「ありがとうございます!」
彩葉は大事そうにバッグへ収納した。
するとふと疑問が浮かぶ。
「あの......」
「なんじゃ?」
「さっきから気になってたんですが......」
彩葉はニーミを見る。
正確には少女の姿を見る。
「口がほとんど動いてないような......」
ニーミが笑う。
「気付いたか」
彩葉は頷いた。
するとマミが説明した。
「ニーミは少し特殊」
「特殊?」
「本来守護者は核が成長して人型になる」
「うん」
「でもニーミは違った」
マミは日本人形を見る。
「あの日本人形が本体」
「ええっ!?」
彩葉は驚く。
思わず日本人形を見る。
すると。
気のせいか。
人形の瞳がこちらを見た気がした。
「つまり......」
彩葉は少女を見る。
「この体は......?」
ニーミが答えた。
「影じゃな」
その瞬間。
少女の身体がゆらりと揺れる。
輪郭が一瞬だけ崩れた。
まるで煙のように。
「本来なら人型になるはずじゃったがな」
「何らかの理由でそうならなかった」
「だから影を操って仮の身体を作っておる」
彩葉は目を丸くした。
「すごい......」
「不便じゃぞ?」
ニーミは肩を竦める。
「触れられんことも多いしの」
そう言いながらもどこか楽しそうだった。
しばらく三人は話を続けた。
旅のこと。
四国のこと。
守護者のこと。
気付けば時間が過ぎていた。
そして。
ニーミは空を見上げる。
「さて」
風が吹く。
山の方から冷たい空気が流れてきた。
「そろそろ行くがよい」
「はい!」
彩葉は頷く。
マミも静かに歩き出した。
二人は再び讃岐山脈へ向かう。
木々の向こう。
山の奥。
封印された祟面が眠る場所へ。
ニーミはその背中を見送った。
やがて姿が小さくなる。
そして見えなくなる。
日本人形を抱きしめながら。
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「どうやら歯車が動き始めたようじゃな......」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




