第三十三話 残滓の空、封じられし災厄
香川県さぬき市。
さぬき市平和公園。
古びた体育館の中。
静かな空気を切り裂くように、遠くから重々しい音が響いていた。
ブロロロロロロロロロ......
彩葉は天井を見上げる。
マミもまた同じ方向を見ていた。
「......来たね」
その声は静かだった。
だが慣れている。
何十年も聞き続けてきた音なのだろう。
彩葉は少し緊張しながら尋ねた。
「またあの爆撃機型想霊ですか?」
「うん」
マミは頷いた。
「今日も来た」
「毎日なんですか?」
「毎日じゃない」
マミは歩き出す。
体育館の出口へ向かって。
「でも忘れた頃に来る」
「そして人を怖がらせる」
「だから私は追い払う」
彩葉も後を追った。
二人は校庭へ出る。
空には黒い影。
巨大な爆撃機型想霊が旋回していた。
黒い煙。
怨念。
怒り。
悲しみ。
様々な感情が渦巻いている。
見ているだけで胸が苦しくなる。
「......すごい量の負の感情」
彩葉は思わず呟いた。
「戦争はたくさんの感情を残すから」
マミは空を見上げる。
「恐怖」
「絶望」
「怒り」
「後悔」
「悲しみ」
「全部混ざっている」
その瞬間。
爆撃機型想霊が急降下した。
ブロロロロロロロロロロ!!
凄まじい音。
校庭の木々が揺れる。
彩葉は身構えた。
しかし。
マミは落ち着いていた。
「彩葉」
「はい!」
「よく見てて」
「え?」
「これが私の戦い方」
そう言って。
マミは右手を掲げた。
光が集まる。
オレンジ色の輝き。
次の瞬間。
巨大なバスケットボールが出現した。
「大きい!?」
彩葉は驚いた。
直径二メートル近い。
もはやボールというより隕石だ。
しかしマミは軽々と持ち上げる。
「守護者は生まれた物の力を使える」
そして。
マミの身体から力が流れ始めた。
彩葉には見えた。
血管の中を流れる力。
守護者の身体を巡る魔力。
それがボールへ注がれていく。
「行って」
マミは投げた。
ドォォォン!!
空気が爆ぜる。
巨大なボールが砲弾のように飛んだ。
爆撃機型想霊が避けようとする。
しかし。
遅い。
直撃。
瞬間。
ボールが砕けた。
そして。
ドガァァァァァァァァァァァン!!
空が揺れた。
衝撃波が広がる。
爆炎が空を飲み込む。
黒い煙が吹き飛ばされる。
「すごい......!」
彩葉は目を見開いた。
だが終わりではない。
爆炎の中から想霊が現れる。
まだ消えていない。
しかし大きく損傷している。
右翼が消えていた。
黒い霧も薄くなっている。
「アアアアアアアアアアア!!」
想霊が咆哮する。
すると周囲に黒い弾が生まれた。
無数。
数十。
数百。
それらが地上へ向かう。
「危ない!」
彩葉が叫ぶ。
しかし。
マミは微動だにしなかった。
「大丈夫」
次の瞬間。
彼女の周囲に大量のボールが現れた。
一つ。
二つ。
三つ。
十。
二十。
三十。
無数。
まるで流星群だった。
「シュート」
放たれる。
ドドドドドドドドドドド!!
ボールが黒い弾を次々と撃ち落とした。
空で爆発が連続する。
轟音が響く。
しかし一発も地面には届かない。
彩葉は言葉を失った。
「すごい......」
マミは空を見据えている。
そして。
最後の一球を握った。
今までで最大。
直径三メートル近い。
巨大な球体。
そこへ力が流れ込む。
大量の魔力。
空気が震える。
地面が軋む。
幽霊たちも空を見上げていた。
かつての子供たち。
先生たち。
皆が見守っている。
「みんな」
マミが呟く。
「今日も守るから」
そして。
跳んだ。
信じられない高さ。
体育館を超える。
校舎を超える。
木々を超える。
空へ。
そして。
「消えて」
投げた。
巨大なボールが光を引きながら飛ぶ。
爆撃機型想霊が逃げる。
しかし追いつく。
そして。
直撃。
ドォォォォォォォォォォォン!!
空が白く染まった。
黒い霧が吹き飛ぶ。
想霊の身体が崩壊していく。
翼が消える。
機体が砕ける。
プロペラが消滅する。
「アアアアアアアアアアアアアアア!!」
断末魔。
そして。
爆撃機型想霊は光となって消えた。
静寂。
空には青空が戻っている。
彩葉は思わず拍手した。
「すごいです!」
マミは着地する。
だが表情は浮かない。
「......違う」
「え?」
彩葉は首を傾げた。
マミは空を見上げる。
「今のは本体じゃない」
「え?」
「残滓」
彩葉は聞き返した。
「残滓?」
「うん」
マミは静かに頷いた。
「あれの名前は『トドマリ』」
「トドマリ......」
「戦争の記憶から生まれた残りかす」
「本体の欠片」
彩葉は驚く。
あれだけ強かったのに。
あれで本体ではない。
「じゃあ本体は......」
マミの表情が少しだけ険しくなった。
「讃岐山脈」
「そこに封印されてる」
「封印?」
「うん」
風が吹いた。
木々が揺れる。
幽霊たちも静かになる。
まるでその名を恐れるように。
マミはゆっくり語った。
「本体の名前は――」
少し間を置く。
そして。
「『祟面』」
彩葉は息を呑んだ。
「タタリメン......?」
「昔々」
マミは遠くを見る。
「まだ今みたいに国が整っていなかった頃」
「四国で暴れ回った想霊」
「祟り」
「災害」
「疫病」
「戦」
「憎しみ」
「恐怖」
「それらを喰らい続けた怪物」
彩葉は黙って聞く。
「山を呑み」
「村を滅ぼし」
「人も妖怪も神も襲った」
「とても強い想霊だった」
「そんなのが......」
「うん」
マミは頷く。
「最後は神々と守護者たちが協力して封印した」
「だけど」
そこでマミは空を見る。
「完全には消せなかった」
「だから残滓が現れる」
「トドマリ......」
「そう」
マミは静かに言った。
「今の爆撃機型想霊は祟面の一部」
「そして年々」
「少しずつ力を取り戻している」
彩葉の背筋に寒気が走った。
もし本体が復活したら。
どれほど恐ろしい存在になるのか。
想像もできない。
その時だった。
遠く。
讃岐山脈の方角から。
ほんの一瞬だけ。
黒い気配が吹いた。
ぞわり。
彩葉の全身の毛が逆立つ。
「!?」
マミも気付いた。
静かに山脈を見る。
そして小さく呟いた。
「......まだ眠っていて」
その声には。
長い間災厄を見張り続けてきた者だけが持つ祈りが込められていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




