第二十九話 海の上を歩く者
大阪府大阪市。
夕暮れの海辺。
赤く染まり始めた空の下で、彩葉は海を見つめていた。
目の前には広大な海が広がっている。
風が吹く。
潮の香りが漂う。
波が静かに岸へと打ち寄せていた。
隣には久里子が立っている。
二人はしばらく無言で海を眺めていた。
やがて久里子が口を開く。
「さて」
彩葉が振り返る。
「はい?」
「ここまでだね」
「え?」
「案内は終わりさ」
久里子は少し笑った。
「この先は自分で行くんだろう?」
彩葉は少し寂しくなった。
旅をしていると出会いがある。
そして別れもある。
陽菜ともそうだった。
小紅ともそうだった。
八咫鏡ともそうだった。
久里子ともまた同じだった。
「はい」
彩葉は頷いた。
「四国へ行きます」
「うん」
久里子は満足そうに笑う。
「なら大丈夫だ」
「ありがとうございます」
「なに」
「色々教えてくれて」
「気にしなくていいさ」
久里子は軽く肩をすくめた。
「守護者同士だろ」
彩葉は少し笑った。
「そうですね」
「それに」
久里子は空を見上げる。
「旅をしてる守護者を見ると応援したくなるんだ」
「どうして?」
「昔の自分を思い出すからかな」
彩葉は目をぱちぱちさせた。
久里子にもそんな時代があったのだろう。
生まれたばかりで。
世界を知らなくて。
色々な場所を歩いた時代が。
「彩葉」
「はい」
「楽しんでおいで」
「!」
「世界は広い」
「はい」
「君が思っているよりずっとね」
彩葉は大きく頷いた。
「はい!」
その返事を聞いて久里子は満足そうに笑った。
「それじゃあ」
「はい」
「またどこかで」
「うん!またどこかで!」
二人は手を振る。
そして別れた。
久里子は大阪の街へ戻っていく。
彩葉は海へ向かう。
それぞれ別の道を進み始めた。
しばらく歩いた彩葉は海岸へ降りる。
目の前には海。
普通の人間なら泳ぐしかない距離。
だが守護者は違う。
久里子から教わったばかりだった。
「水上歩行......」
彩葉は足元を見る。
「やってみます」
恐る恐る海へ足を出した。
ちゃぷん。
波が揺れる。
しかし沈まない。
「え?」
彩葉は目を丸くした。
もう一歩。
さらに一歩。
やはり沈まない。
「すごいです!」
思わず声が出た。
まるで地面を歩くようだった。
水面が足の下で揺れている。
それなのに落ちない。
不思議だった。
「これが水上歩行......!」
彩葉は嬉しくなった。
そして走り出した。
ぱしゃっ。
ぱしゃっ。
ぱしゃっ。
水飛沫が舞う。
まるで海の上を駆ける風だった。
大阪の海岸が遠ざかっていく。
海の真ん中へ。
さらに先へ。
四国を目指して。
瀨戸内海海上
周囲には海しかない。
空は広い。
風は気持ちいい。
太陽は少しずつ傾いている。
彩葉は海の上を走り続けた。
「すごいですー!」
思わず叫ぶ。
海の上を歩くなんて想像もしなかった。
生まれたばかりの頃の自分が見たら驚くだろう。
彩葉は笑いながら進んでいく。
途中で魚が跳ねた。
銀色の魚体が夕日に照らされる。
「わぁ!」
海の中にはたくさんの生き物がいる。
伊勢でも海を見た。
だが海の真ん中はまた違う。
どこまでも続く青。
深い深い水。
自然の大きさを感じる。
「海って大きいんですね」
彩葉は呟く。
世界は広い。
その言葉を何度も思い出す。
歩き続けていると鳥が飛んできた。
数羽の海鳥だ。
彩葉の近くを旋回する。
「こんにちは」
鳥たちは返事をしない。
当たり前だ。
だが何となく挨拶してみたくなった。
鳥たちはしばらく周囲を飛んだあと去っていった。
彩葉は再び前を見る。
すると遠くに何かが見えた。
黒い影。
ゆっくり動いている。
「ん?」
彩葉は目を細めた。
少しずつ近づく。
するとそれが船だと分かった。
漁船だった。
数人の人間が乗っている。
彩葉は嬉しくなった。
海の真ん中で人に会うとは思わなかった。
そして近づいて手を振る。
「こんにちは!」
船の上の男性が気付いた。
「ん?」
そして目を丸くする。
「おぉ、守護者様!」
彩葉は船の近くまで歩いていった。
人間たちは驚いていたが慣れている様子もあった。
守護者は珍しい存在ではないからだ。
「こんにちは!」
漁師が笑う。
「こんにちは、四国に渡るのですか?」
「うん!人間さんは、なにしてるの?これ、なに?」
彩葉は船を指差した。
漁師は優しく答える。
「あぁ、これは漁業船、魚を取るための船、そして、おじさんたちは漁師だよ、魚を取るための仕事だね」
「そうなんですね!」
彩葉は感心した。
「魚を取るんだ」
「そうだよ」
「毎日?」
「毎日だね」
「すごい!」
漁師たちは笑った。
生まれたばかりの守護者らしい反応だった。
「大変そうですね」
「まあね」
「でも楽しいよ」
「楽しい?」
「海が好きだからな」
彩葉は海を見る。
少し分かる気がした。
この景色は確かに綺麗だった。
「そうなんですね!」
漁師は頷く。
「守護者様も旅ですか?」
「うん!」
「どこまで?」
「四国!」
「おぉ、それは楽しみですね」
「はい!」
彩葉は元気よく返事をする。
そして手を振った。
「頑張って」
漁師たちは笑う。
「守護者様も、お気をつけて」
「うん!」
彩葉は大きく頷いた。
そして再び走り出した。
ぱしゃっ。
ぱしゃっ。
ぱしゃっ。
海面を蹴る。
風が髪を揺らす。
遠くには陸地が見え始めていた。
四国。
次なる目的地。
新しい出会い。
新しい景色。
新しい冒険。
胸が高鳴る。
彩葉は笑顔のまま前を向いた。
四国はもうすぐそこだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




