第二十四話 旅路のはじまりと原初の予兆
三重県伊勢市。
伊勢神宮。
長かった夜が明けようとしていた。
東の空がゆっくりと白み始める。
伊勢大結界は完全ではないが安定を取り戻しつつあった。
黄金の光が穏やかに揺れている。
まるで深く息をしているようだった。
彩葉はその光景を見上げていた。
「......戻ってる」
隣には八咫鏡が立っている。
その表情は静かで穏やかだった。
「うん」
短く頷く。
地下での戦いは終わった。
断界同盟の陰謀は阻止された。
だがその余韻はまだ空気に残っている。
彩葉は大きく息を吐いた。
「なんだか......すごい一日でした」
八咫鏡は少し笑う。
「君にとってはね」
その言葉に彩葉も笑った。
そして。
朝の伊勢神宮を案内される時間が始まった。
鳥居をくぐる。
玉砂利の音が静かに響く。
木々の間から差し込む光が柔らかい。
神域は戦いの後とは思えないほど穏やかだった。
「ここが外宮」
八咫鏡が歩きながら説明する。
「そして少し離れた場所に内宮がある」
「へぇ......」
彩葉は目を輝かせて周囲を見回す。
昨日の地下とはまるで別世界だった。
人の気配もある。
観光客のような人間。
そしてその中には。
普通ではない気配も混じっている。
「ここにも色んな存在がいるんですね」
「そうだよ」
八咫鏡は頷く。
「神域は人間だけのものじゃないからね」
参道を進む。
御神木。
手水舎。
社殿。
その一つ一つが強い霊力を帯びていた。
彩葉は自然と背筋が伸びるのを感じる。
「なんだか緊張します」
「それでいいんだよ」
八咫鏡は微笑む。
「ここはそういう場所だから」
やがて二人は内宮へと移動した。
宇治橋を渡る。
川の流れが光を反射して輝いていた。
彩葉は足を止める。
「綺麗..............................」
「うん、」
八咫鏡も同じように見つめていた。
その横顔はどこか遠くを見ているようだった。
内宮の中。
静かな空気。
風が木々を揺らす音だけが響く。
彩葉は自然と手を合わせた。
何か祈るというより。
ただこの場所に感謝するように。
その様子を八咫鏡は静かに見ていた。
やがて参拝を終える。
境内の外へ戻ると、少しだけ人の流れが増えていた。
「............さて............」
八咫鏡が言う。
「そろそろ別れの時間かな」
彩葉は少し驚く。
「え?」
八咫鏡は優しく笑った。
「君は次の場所へ行くんだろう?」
「次の場所............」
彩葉は考える。
まだはっきりした目的地はない。
ただ世界を知りたい。
守護者として。
自分を知るために。
「どこに行けばいいんでしょうか」
その言葉に八咫鏡は少しだけ空を見上げた。
そして答える。
「大阪に行くといい......」
「大阪?」
「うん」
八咫鏡は続ける。
「そこから四国へ渡れる」
「四国.................」
聞いたことはある。
しかしまだ知らない土地。
新しい世界。
「そこには面白い守護者もいるし」
「危険な存在もい......る」
八咫鏡は真剣な顔になる。
「そして何より」
少し間を置いてから言った。
「君自身にとって大事な出会いがあるかもしれない」
彩葉は目を瞬かせる。
「私にとって......」
「うん」
八咫鏡は頷いた。
「だから行くといい」
彩葉は少しだけ黙った。
そして。
「わかりました!」
笑顔で答えた。
その返事に八咫鏡も微笑む。
「うん」
風が吹く。
伊勢の空気が流れる。
別れの時間だった。
「また会えますか?」
彩葉が聞く。
八咫鏡は少し考え。
「会えるよ」
と答えた。
「君なら............きっと............」
その言葉に彩葉は安心したように笑う。
「ありがとうございます!」
八咫鏡は軽く手を振る。
「気をつけてね」
「はい!」
彩葉は歩き出す。
一人。
旅の始まりと同じだ。
京都の廃墟。
陽菜との出会い。
東京。
桜菊祭。
伊勢。
そして今。
また一人。
しかしもう何も知らない少女ではない。
守護者として。
歩き始めた存在だった。
宇治橋を渡り終えたところで、彩葉は振り返った。
「八咫鏡さーん!」
手を振る。
八咫鏡も小さく手を振り返した。
その姿が少しずつ遠ざかる。
やがて見えなくなる。
その後。
伊勢神宮の境内で。
八咫鏡は静かに呟いた。
「やはり、君は守護者の中でも特別だね............」
少しだけ微笑む。
「そして君はいつか............守護者初の原初の英雄になるのだろうか..................................」
風が吹く。
そしてその言葉は誰にも届かないまま消えていった。
彩葉は一人、駅へ向かう道を歩いていた。
次の目的地は大阪。
そしてその先は四国。
一人旅は続く。
世界を知るために。
自分を知るために。
守護者「彩葉」の旅は、まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




