第十八話 伊勢大結界
三重県伊勢市。
夜の丘。
遠くに見える森の中へ視線を向けながら彩葉は小さく息を呑んだ。
「面倒......それにあの人たち......」
八咫鏡は静かに頷く。
「あぁ、陰陽師、だね」
「ここにも」
「あぁ」
先ほどまで穏やかだった表情が少しだけ厳しくなる。
「神聖な土地で悪党がいるのは見過ごせないね」
「はい!私もそう思います!」
彩葉は拳を握った。
京都で出会った陰陽師たち。
妖怪やその味方を傷付けようとしていた者たち。
あの時のことを思い出す。
すると八咫鏡は冷静な声で言った。
「うん、だが、やつらはどれだけの数いるのか分からない」
「......うん」
「無策だとダメだね」
彩葉も頷く。
確かにその通りだった。
相手の情報が少なすぎる。
「じゃぁ、どうするの」
「作戦を考えよう」
八咫鏡は微笑んだ。
「ついておいで」
「はい!どこに......」
すると八咫鏡は夜空を見上げながら答える。
「伊勢神宮」
◇
三重県伊勢市。
伊勢神宮。
昼間とは違う静かな世界。
夜の神域は神秘そのものだった。
参道には柔らかな灯りが並び。
巨大な木々は月光を浴びている。
虫の声。
風の音。
そして森そのものが発しているような静寂。
彩葉は思わず周囲を見回した。
「夜の伊勢神宮も素敵ですね」
八咫鏡は微笑む。
「ありがとう」
まるで自分の家を褒められたような反応だった。
「さ、おいで」
「はい!」
二人は参道を進む。
人の姿はほとんどない。
夜の神域は昼以上に神聖な空気をまとっていた。
やがて。
一般の参拝客が立ち入れない場所へ近付く。
すると彩葉は驚いた。
「......え?」
空だ。
空気だ。
何かが見える。
薄い金色の光。
無数の線。
それらが神宮全体を覆っている。
「これ......」
彩葉が目を見開く。
「結界?」
八咫鏡は嬉しそうに頷いた。
「見えるんだね」
「はい......なんだかすごく大きいです」
それは空を覆う巨大な光の膜だった。
森。
街。
海。
その全てを包み込むように広がっている。
まるで空そのものが金色に輝いているようだった。
「これが......」
八咫鏡は静かに言う。
「伊勢大結界」
彩葉は息を呑んだ。
圧倒的だった。
これまで見てきたどんな存在よりも大きい。
どんな力よりも広大だった。
「すごい......」
「日本三大結界の一つだからね」
「三大......」
「うん」
八咫鏡は空を見上げる。
「この国を護る巨大結界の一角だ」
彩葉はしばらく見上げていた。
まるで星空が地上へ降りてきたようだった。
「綺麗......」
「そして大切なものだ」
八咫鏡の声が少しだけ低くなる。
「だからこそ」
その時だった。
八咫鏡の瞳が金色に輝き始める。
「え?」
彩葉が驚く。
すると八咫鏡の背後に巨大な鏡の幻影が現れた。
月よりも大きい。
黄金の円盤。
その表面は静かな水面のようだった。
「これは......」
「私の力」
八咫鏡はゆっくりと手を伸ばす。
「映し出せ」
鏡が光る。
その瞬間。
鏡面に映像が現れた。
森。
夜道。
そして数人の人影。
「陰陽師......!」
彩葉が声を上げる。
白い装束。
大量の符。
京都で見た者たちと同じだ。
だが人数が違う。
一人や二人ではない。
十人。
二十人。
さらにその奥にもいる。
「こんなに......」
彩葉は驚いた。
すると鏡の映像が切り替わる。
今度は地下だった。
森の奥。
隠された祭壇。
そこに陰陽師たちが集まっている。
中央には巨大な札。
複雑な陣。
そして黒い何か。
不気味な力が渦巻いていた。
「これは......」
八咫鏡の表情が険しくなる。
「なるほど」
「なにか分かったの?」
彩葉が尋ねる。
八咫鏡は鏡の映像を見つめたまま答えた。
「思ったより悪い状況みたいだ」
「え?」
映像の中。
年老いた陰陽師が口を開く。
『準備は整った』
周囲の陰陽師たちが頷く。
『今宵』
その声には狂気があった。
『伊勢大結界を破壊する』
彩葉の目が大きく見開かれる。
「なっ!?」
思わず声が漏れた。
『この国を縛る神々の鎖を断ち切る』
『断界同盟の悲願のために』
『神々の時代を終わらせるのだ』
映像が揺れる。
黒い力が祭壇から噴き出した。
その瞬間。
八咫鏡は鏡を閉じた。
映像が消える。
静寂。
森を風が吹き抜ける。
「......」
彩葉は言葉を失った。
やがて小さく呟く。
「伊勢大結界を......壊す?」
「あぁ」
八咫鏡の声は静かだった。
しかしその瞳は鋭い。
「どうやらやつらの狙いはそれらしい」
彩葉は空を見上げる。
金色の結界。
街を護る光。
神域を護る光。
そして多くの命を護っている光。
それを壊そうとしている。
「そんなの......」
胸の奥が熱くなる。
「絶対にダメです!」
八咫鏡は静かに微笑んだ。
「うん」
そして夜空を見上げる。
「だから止めよう」
その瞬間。
伊勢大結界の光がわずかに揺らいだ。
まるで迫り来る危機を知らせるように。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




