第百五十三話 波紋の仙人
「気を付けるって?」
彩葉は、その声に向かって問い返した。
すると、声の主はふわりと笑うように言った。
「それはの、その向こうは妾の仙界があるから♪」
その声は急に背後へ回り、次の瞬間にはすぐ後ろから聞こえてきた。
「わぁ!?」
彩葉は思わず驚いて振り向く。
そこにいたのは、ひらひらとした装飾がたくさんついた、まるで海の波を思わせる柄の衣装を身にまとう少女だった。
彩葉は目を丸くする。
「あなたは……」
少女は少し得意げに胸を張る。
「妾か? 妾は中国の守護者『牡丹』率いる六人の仙人『仙華六門』の一人、『波紋の仙人』語汐。それが妾の名前と称号だ」
小柄なその少女は、たしかに仙人だった。
「あれ? 仙華六門? もしかして小紅さんの……」
そう、日本の祭で出会った小紅も、仙華六門と名乗っていた。
「なんと、あやつを知っておるのか! お主は見るからに日本生まれの守護者、なるほど、あの凶神を追って日本に行ったらしいから、そのときに会ったのか? なるほど」
「はい! お祭りのこと、たくさん教えてもらいました!」
「そうかそうか、あやつは教えることが好きだからな。ここに来たのは、あやつに会いに来るためか?」
「はい、それもあります」
「それも?」
「はい、ギリシャのパルテノン神殿に向かう途中でしたが、近くを通ったので寄り道を」
そう、彩葉は女神アテナに会うためギリシャを目指している。その途中で、ここへ立ち寄ったのだ。
「おぉ、アテナ様にか? これは、面白いやつじゃ。そうだ、その奥の仙界を通れば人間の町がある。行くか?」
「え? いいの?」
「うむ、妾がいるから問題ないじゃろう。普通の人間が通れば死ぬがな。そうだ、名前を聞いていなかったな」
「あ、はい、バッグの守護者『彩葉』です」
「彩葉、彩葉。いい名だな」
「ありがとうございます」
「では行くぞ」
「はい!」
二人は歩き出し、そして捨てられた仙界へ入った。
「木がいっぱいですね」
周りの木々は黄色や黄緑色をしていて、不思議な形の動植物がたくさんいる。
「まぁ、ここはもう使われていないが、仙界とはそういうものだ」
語汐が答える。
仙人が言うのだから、そうなのだろう。
彩葉はそう思うことにした。
「ほれ、もう外だ」
「え!? もう?」
「仙界とは、外から見れば大きく、中は小さいのだ。これはその仙人の強さによって変わる」
「そうなんですね」
「うむ」
語汐は前を歩き、彩葉はそのあとをついて行く。
やがて、外の光が差した。
「あ、人間です」
「この町はなんと言ったかな? 最近、物忘れが……。たしか、憑祥市、だったか? すまぬ、あまり人間界には興味がなくてな」
「どうしてですか?」
「大昔は違ったが、今の仙人は人間に興味がない、とまではいかないが、ほとんど無関心なのだ。昔、人間が欲のために仙人を探し、仙人の領域に踏み込む者が増えたせいでな。それ以来、仙人はほとんど仙界で生活するようになった」
「そうなんだ……って! ここにいていいんですか!?」
「ん?」
「だって、人間の欲が嫌いでこもったのに……」
「あぁ、別に。今も昔も、人間は仙人の見分けがつかぬからな。仙術でそうしてある。だから大丈夫じゃ。それに、妾はあまり人間が嫌いではないからな」
「そうなんですね」
「さて、いい機会じゃ。いろいろ教えてやろう」
語汐は彩葉へ手を伸ばす。
「はい! よろしくお願いします!」
彩葉はその手を受け取った。
そうして、中国の旅が始まった。
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