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Re:アルケオン〜守護者としての目的を探して〜  作者: れんP
アジアの章 東南アジア編

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第百四十七話 影に宿るもの



 森の奥で、濁った気配がゆっくりとこちらを向いた。


 それはまだはっきりとした形を持っていない。


 けれど、確かに“何か”がそこにいる。


 彩葉は息を呑んだまま、その存在を見つめた。


 人の泣き声にも似ていて、獣のうなり声にも似ている。


 ただ苦しみだけが形を持ったような、そんな歪な気配だった。


「……来ます」


 ハスの声は低い。


 その片目は、まっすぐ影を捉えていた。


 次の瞬間、影の中心がぶわりと膨らむ。


 ぬめるように黒い腕がいくつも飛び出し、地面を掻いた。


 彩葉は反射的に後ろへ跳ぶ。


「わっ!」


 地面がえぐれ、土が飛び散る。


 ハスが前に出た。


「下がってください」


 その言葉より早く、彼女の周囲に茶色い蔓草がうごめく。


「エネルギーバースト!」


 緑の閃光が一直線に走る。


 だが、影は完全には消えない。


 黒い腕が光を受けて一瞬だけ揺れ、すぐに形を戻した。


「……再生する?」


 彩葉が目を見開く。


 ハスは短く息を吐いた。


「ええ。厄介です」


 影が、今度は地面から滑るように広がる。


 木の根を伝い、蔓を伝い、まるで森そのものに染み込むようにして周囲を覆っていく。


 彩葉の足元まで、じわりと黒い気配がにじんだ。


「っ……!」


 彩葉はとっさに収納の力を展開する。


「収納拘束!」


 光の輪が空中に浮かび、黒い気配を縛ろうとする。


 しかし。


 黒い影はまるで水のように歪み、拘束をすり抜けた。


「うそ……!」


 ハスが鋭く言う。


「そこを踏まないで!」


 彩葉は慌てて飛び退いた。


 黒い部分を踏んだ場所から、細い枝のようなものが生えてくる。


 まるで森の根が別の形へと変質したようだった。


「これ、なんなんですか……」


「想霊の一種です。」


 ハスは視線を逸らさずに答える。


「ただし、普通の想霊ではありません。悲しみや怨みだけでなく、ここに残った“記憶”を食って育っている。」


「記憶……」


「ええ。だから、簡単には消えません。」


 彩葉は唇を引き結んだ。


 そのとき、影の奥から、かすかな子どもの声が聞こえた気がした。


「……え?」


 思わず耳を澄ます。


 だが次の瞬間、それは不気味なうめき声に変わった。


「いまの……」


「聞かないでください。」


 ハスの声が一段低くなる。


「惑わされます。」


 その言葉に、彩葉ははっとして身を固めた。


 影は、こちらの油断を探っているのだ。


 彩葉は深く息を吸う。


「なら、騙されないようにします。」


 ハスは一瞬だけ彩葉を見る。


 そして、ほんの少しだけ頷いた。


「……いい目をしています。」


 その直後だった。


 影が地面から跳ね上がる。


 黒い槍のようなものが三本、彩葉たちへ一直線に突き刺さる。


「来る!」


 ハスが右へ跳ぶ。


 彩葉は左へ転がるように避けた。


 ズドン、と背後の木が裂ける音がする。


 その威力に、彩葉の喉が鳴った。


「強い……!」


「まだ本体ではありません。」


「えっ?」


「今のは、外側にまとわりついているものです。」


 ハスの表情は険しいままだ。


 影はなおも動く。


 地面を這い、木を伝い、枝葉を巻き込んで形を変えていく。


 まるで森の闇がそのまま意思を持ったような姿だった。


 彩葉はその中心を見据える。


 そこに、本当に“主”がいる。


 まだ倒せない。


 けれど、戦わなければならない。


「ハスさん!」


「なんですか!」


「本体、見えますか!?」


 ハスは一瞬だけ影全体を見て、答える。


「……奥です。中心の、少し下。」


「なら、そこを狙います!」


 彩葉の収納が再び展開される。


 今度はひとつではない。


 複数の光の輪が重なり、森の空気を少しずつ押し返していく。


「収納圧縮!」


 影の外側が一瞬だけ押し潰される。


 だが完全には止まらない。


「今です!」


 ハスが前へ踏み込んだ。


「エネルギーバースト!」


 再び放たれる緑の閃光。


 それは影の表面を貫き、中心へ向かう。


 黒い気配が大きく揺れた。


 だが、やはり消えない。


 むしろ、傷ついたように見えたその部分から、さらに濃い闇が滲み出してくる。


「くっ……!」


 彩葉は息を整える。


 想霊はまだ消えない。


 しかし、確かに反応はした。


 そこに核がある。


 戦いは始まったばかりだった。


 森の奥で、影と光がぶつかり合う。


 ベトナムの深い緑の中で、彩葉とハスはまだ倒しきれない気配に真正面から向き合っていた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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