第十四話 新たな目的地
東京。
翌日。
昨日まで賑わっていた桜菊祭の会場は、すっかり片付けが始まっていた。
提灯は外され。
屋台は解体され。
祭の余韻だけが静かに残っている。
彩葉は会場近くの広場で空を見上げていた。
「お祭り、終わっちゃった、......」
昨日まで聞こえていた笑い声も。
音楽も。
人々の賑わいも。
もうない。
少しだけ寂しい気持ちになる。
だが同時に、彩葉は不思議な気持ちにもなっていた。
生まれてからまだ短い。
それでも旅を始めてからたくさんの出会いがあった。
陽菜。
影。
喰。
栞。
小紅。
そしてアテナ。
世界は想像していたよりもずっと広く、ずっと不思議だった。
「......」
彩葉は自分の胸へ手を当てる。
心臓の鼓動が聞こえる。
守護者。
世界を守る存在。
想霊を倒す存在。
でも今の彩葉は、それ以上に世界を知りたかった。
「もっと色々見てみたいな......」
そう呟いた時だった。
「おや?」
近くから聞き慣れない声が聞こえた。
彩葉が振り向く。
そこには大きな旅行鞄を持った老人がいた。
帽子を被り、どこか旅慣れた雰囲気をしている。
「嬢ちゃん、一人旅かい?」
「あ、はい!」
「若いねぇ」
老人は笑った。
もちろん彩葉が守護者だとは気付いていない。
普通の少女に見えているのだろう。
「おじいさんも旅行ですか?」
「そうさ」
老人は嬉しそうに頷いた。
「これから三重県へ行くところでね」
「三重県?」
初めて聞く地名だった。
「そうそう」
老人は懐から観光パンフレットを取り出した。
「ほら」
彩葉は受け取る。
そこには巨大な神社の写真が載っていた。
「わぁ......」
朝日に照らされた美しい建物。
長い参道。
大きな木々。
どこか神秘的な雰囲気がある。
「これは?」
「伊勢だよ」
老人は誇らしげに言った。
「日本でも有名な神域さ」
「神域......」
彩葉の目が輝く。
神。
その言葉には自然と興味を惹かれた。
昨日会ったアテナ。
そして小紅から聞いたオリュンポス。
神々について知りたいと思っていたところだった。
「他にも美味しいものがたくさんあるぞ」
「美味しいもの」
「海も綺麗だ」
「海!」
彩葉はさらに目を輝かせる。
そういえば海を見たことがない。
生まれたのは京都の山奥。
旅もまだ始まったばかりだ。
「いいなぁ......」
「おすすめだぞ」
老人は笑った。
「人生、思い立ったら行動だ」
「......!」
彩葉は少し考えた。
次はどこへ行こう。
そう悩んでいた。
なら。
「三重県......」
神域。
海。
新しい景色。
知らない出会い。
知らない世界。
きっと面白い。
「ありがとうございます!」
「おう」
老人は手を振りながら去っていった。
彩葉はパンフレットを見つめる。
その時。
風が吹いた。
パンフレットのページが勝手にめくれる。
すると一枚の写真が目に入った。
海岸沿いの鳥居。
美しい海。
朝日。
「綺麗......」
彩葉は思わず見入った。
その瞬間だった。
ドクン。
胸の奥が小さく脈打った。
「......?」
ほんの一瞬。
どこか遠くから呼ばれたような気がした。
気のせいかもしれない。
だが不思議と気になった。
「行ってみようかな」
彩葉は微笑んだ。
目的地が決まった。
三重県。
まだ見ぬ景色が待っている場所。
「よーし!」
彩葉は立ち上がる。
「次の目的地は三重県です!」
そう宣言すると、駅へ向かって歩き出した。
人々で賑わう東京の街。
高いビル。
走る車。
行き交う人々。
その景色を見ながら彩葉は歩く。
旅はまだ始まったばかりだ。
世界には知らないものが無数にある。
知らない土地。
知らない存在。
知らない出会い。
そして。
彩葉の知らない物語も。
東京駅へ向かう途中。
遠くの空を一羽の白い鳥が飛んでいった。
その行き先は。
三重県の方向だった。
東京駅へ向かう途中。
彩葉は何度もパンフレットを見返していた。
神域。
海。
大きな神社。
まだ見たことのない景色。
考えるだけで胸がわくわくする。
「三重県......楽しみです」
そう呟きながら駅へ到着する。
巨大な駅舎。
絶え間なく行き交う人々。
彩葉は少しだけ緊張した。
「東京もすごかったですけど......やっぱり人が多いですね......」
周囲を見回しながら改札を通る。
陽菜から受け継いだ知識のおかげで電車の利用方法は理解できていた。
それでも実際に利用するのは少し不安だった。
「えっと......三重県に行くには......」
案内板を見上げる。
そこには様々な路線名が表示されていた。
「まずは名古屋......ですね」
彩葉は確認しながらホームへ向かう。
しばらくして列車が到着した。
扉が開く。
「わっ......!」
風が吹き抜ける。
彩葉は少し慌てながら乗車した。
窓側の席が空いていたため座る。
「ふぅ......」
やがて列車が発車した。
東京の街並みがゆっくりと後ろへ流れていく。
高層ビル群。
住宅街。
河川。
様々な景色が通り過ぎる。
彩葉は窓に顔を近付けた。
「旅って楽しいですね......」
誰に言うでもなく呟く。
昨日まで知らなかった世界が次々と広がっていく。
それが嬉しかった。
しばらくすると景色が変わり始めた。
都会が少なくなり、山や田畑が増えていく。
「おぉ......」
彩葉は目を輝かせる。
そして何時間か経過した頃。
車内放送が流れた。
『まもなく名古屋、名古屋です』
「名古屋!」
彩葉は立ち上がった。
荷物代わりの自分のバッグを抱える。
「乗り換えですね」
列車がゆっくりと停車した。
扉が開く。
彩葉は人の流れに合わせてホームへ降りた。
「わぁ......!」
思わず声が漏れる。
名古屋駅もまた巨大だった。
東京とは違う活気がある。
多くの人々が行き交い、駅員の声や列車の音が響いている。
「すごい......」
彩葉は辺りを見回す。
すると駅構内に大きな金時計が見えた。
「時計......?」
待ち合わせをしている人々が集まっている。
笑顔で再会する人。
慌てて走る人。
旅行客らしき人。
様々だ。
「人間さんって忙しそうです」
彩葉は少しだけ微笑んだ。
その時だった。
不意に妙な気配を感じる。
「......?」
彩葉は振り返る。
人混み。
駅構内。
特に変わった様子はない。
しかし。
確かに何かを感じた。
「気のせい......でしょうか?」
守護者としての感覚が反応したような気がした。
だが敵意は感じない。
むしろ。
どこか懐かしいような。
不思議な感覚だった。
「うーん......」
しばらく探してみるが見つからない。
結局、人混みに紛れてしまった。
「まぁ、いっか」
彩葉は首を傾げながら案内板を見る。
「次は三重県方面......」
案内表示を辿りながら移動する。
すると窓の向こうに大きな駅ビルが見えた。
「高い......」
東京とはまた違う街並み。
まだ降りたばかりなのに、新しい土地へ来た実感が湧いてくる。
やがて目的のホームへ到着した。
「これですね」
彩葉は確認する。
三重県方面へ向かう列車。
あと数分で発車らしい。
ホームのベンチへ腰掛ける。
列車を待ちながら、再びパンフレットを開いた。
海の写真。
神社の写真。
美しい景色。
「早く見てみたいなぁ......」
彩葉は嬉しそうに呟く。
すると。
風が吹いた。
パンフレットのページがめくれる。
そこには偶然、海辺の鳥居の写真が映っていた。
夕日に照らされる鳥居。
穏やかな海。
幻想的な光景。
その写真を見た瞬間。
胸の奥がまた小さく脈打った。
ドクン。
「......?」
前と同じ感覚。
まるで何かが自分を待っているような。
そんな不思議な感覚だった。
彩葉は胸に手を当てる。
「三重県に......何かあるのかな......?」
答えは分からない。
だが。
旅人にとって未知は恐れるものではない。
出会うものだ。
そう思えた。
その時。
列車がホームへ滑り込んできた。
彩葉は立ち上がる。
「よし!」
瞳を輝かせながら列車へ向かう。
「次はいよいよ三重県です!」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




