第百三十九話 弓と花音で断つ夜叉
ラクシャーサの黒炎が森を焦がし、夜の空気は一気に熱を帯びた。
木々は軋み、葉は焼け、地面に落ちた枝から白い煙が立ちのぼる。
その中で、四人は退かなかった。
ユミはすでに矢を番え、ラーチャプルックはクラビー・クラボーンを構え、パダウはサウン・ガウを胸の前へ抱くようにしていた。彩葉もまた、収納の力を静かに広げている。
「さあ、来い」
ラクシャーサが低く笑う。
その身体には黒炎が巻きつき、まるで獣そのもののような威圧を放っていた。
「夜叉の本気、見せてやる」
次の瞬間、地面が爆ぜる。
「鬼王突進!!」
ラクシャーサの巨体が一気に前へ飛んだ。
「速い!」
彩葉が叫ぶ。
ユミが即座に弓を引く。
「星穿連矢!」
放たれた三本の矢が一直線にラクシャーサへ向かう。
だが夜叉は身体をひねり、一本目を爪で弾き、二本目を肩で受け、三本目を歯で噛み砕いた。
「そんなものか!」
「まだです!」
ユミは後退しながら次の矢を番える。
ラーチャプルックがすぐさま割って入った。
「双武連牙!!」
剣と棒の連撃が空気を裂く。
キン、キン、キン、と火花が散り、ラクシャーサの腕を抑え込む。
「邪魔だ!」
夜叉の拳が振るわれる。
「鬼王薙!!」
ラーチャプルックは咄嗟に棒で受け止めたが、衝撃は凄まじく、膝が沈む。
「くっ……!」
その瞬間を狙って、彩葉が動いた。
「収納封環!!」
光の輪が幾重にも展開し、ラクシャーサの腕と足を縛り上げる。
「今です!」
パダウが柔らかな声で旋律を響かせる。
「森歌幻奏♪」
サウン・ガウの音色が森へ広がると、焼け焦げた地面の隙間から新たな蔓が伸びた。
蔓は束になって夜叉の腰へ巻きつき、さらに肩、首、足へと絡みつく。
「ちっ……!」
ラクシャーサが力任せに引きちぎろうとする。
だがその一瞬、彩葉の拘束がわずかに強まった。
「重ねて!」
彩葉は呼吸を整える。
「収納重封!」
今度は光の束が幾重にも絡み、動きをさらに鈍らせる。
「ほう……」
ラクシャーサが初めて余裕を失う。
「小娘たち、連携はなかなかだな」
だが次の瞬間、黒炎が爆ぜた。
バァン!!
拘束がいくつも砕ける。
彩葉が目を見開く。
「強い……!」
ユミが静かに息を吐いた。
「なら、核を狙うしかない。」
「核?」
ラーチャプルックが問い返す。
ユミはラクシャーサの胸元を見据える。
「あの黒炎の中心だ。奴の力はそこに集まっている。」
パダウが頷いた。
「それなら、音で揺らせばいいね~。」
「いける?」
「うん~。」
そのやり取りの間にも、ラクシャーサが再び踏み込む。
「夜叉魔焔!!」
黒炎の柱が四方へ広がる。
しかしその瞬間、パダウがサウン・ガウを強く鳴らした。
「幻響縛歌!」
音が波となって黒炎へぶつかる。
炎が一瞬だけ揺らぎ、ラクシャーサの表情が歪む。
「何っ……!?」
ユミはその瞬間を逃さなかった。
「星穿穿槍!!」
矢が一本、夜空を裂く。
それは普通の矢ではない。
一直線に光をまとい、黒炎の隙間を縫ってラクシャーサの胸へ向かう。
「させるか!」
夜叉は片腕でそれを弾こうとする。
だがその腕に、ラーチャプルックの剣が深く食い込んだ。
「逃がさないよ!」
「ぐっ……!」
ラクシャーサの動きが止まる。
その一瞬だった。
彩葉が大きく息を吸う。
そして、全力で叫んだ。
「収納最終封印!!」
光が地面から天へ駆け上がる。
無数の収納の輪が空中で一点に収束し、ラクシャーサの身体を中心から締め上げた。
「なっ……!」
さらに、パダウの旋律が重なる。
「森鎮鎖♪」
蔓が全身を固定し、逃げ道を塞ぐ。
ユミが最後の矢を番えた。
その矢の先には、静かな光が集まる。
「終わりだ。」
ラクシャーサが歯を食いしばる。
「小賢しい……!」
しかしその表情には、もう先ほどの余裕はなかった。
ラーチャプルックが苦しそうに笑う。
「まだまだ、こっちの方がしつこいんだよね。」
そして。
ユミは放つ。
「星穿終矢!!」
光の矢が真っ直ぐに黒炎の核へ突き刺さる。
バギィィィン!!
乾いた破砕音。
核が砕けた瞬間、ラクシャーサの全身に走っていた黒炎が一斉に消えた。
「う、が……っ!」
巨体がぐらりと揺れる。
夜叉は膝をつき、崩れ落ちる。
「ば、かな……」
黒い瘴気が霧のように散り、夜の森に溶けていく。
「俺が……ここで……」
その声は、もはや力を失っていた。
最後にラクシャーサは一度だけ睨みつける。
「覚えておけ……」
だがそこまでだった。
その身体は黒い灰のように崩れ、風にさらわれて消えていく。
深い森に静寂が戻った。
焼け焦げた木々。
戦いの痕跡。
そして、息を整える四人。
ラーチャプルックが棒を肩に担ぎ、ようやく笑った。
「ふぅ……やっと片付いたね。」
パダウもサウン・ガウを抱え直して笑う。
「大変だったけど、勝てたね~。」
ユミは弓を下ろし、静かに息を吐いた。
「これで一安心だな。」
彩葉は少し遅れて頷いた。
「……みなさん、本当にすごかったです。」
その言葉に、ラーチャプルックが笑う。
「彩葉ちゃんもね。」
「最後の封印、すごく効いてたよ。」
彩葉は照れたように笑った。
夜のタイの森には、もうラクシャーサの気配は残っていなかった。
ただ、焼けた木々の隙間から見える星空だけが、静かにこの戦いを見届けていた。
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