第百三十八話 夜叉、襲来
「断界同盟!?」
その名を聞いた瞬間、彩葉の表情が引き締まる。
弓を静かに構えた少女は、目の前の異形を一切油断なく見据えた。
「聞いたことがあります。天魔とは仏道修行を妨げたり、人々の智慧や善根を奪い悩乱させたりする悪魔の総称だと、そして『ラクシャーサ』はその仲間の夜叉の名前です。」
クラビー・クラボーンを肩に担いだラーチャプルックが一歩前へ出る。
「なんのよう?」
サウン・ガウを抱えたパダウも険しい表情で口を開く。
「もしかして、ここで悪さしてるのは」
夜叉は口角を吊り上げ、獣のような牙を見せて笑った。
「あぁ!俺だ!そして、邪魔物には問答無用で死んでもらう」
弓を引き絞ったユミが叫ぶ。
「来ます!」
その瞬間だった。
ドンッ!!
地面が砕けるほどの踏み込み。
ラクシャーサは黒い残像だけを残して消えた。
「速い!」
彩葉が叫ぶより早く、その巨体はユミの眼前へ迫る。
巨大な鉤爪が振り下ろされた。
「夜叉裂爪!!」
ギィィィン!!
矢が爪を受け止め、激しい火花が飛び散る。
しかし、その衝撃だけでユミは数メートル吹き飛ばされた。
「くっ……!」
着地と同時に地面へ矢を突き立て、姿勢を立て直す。
「なんという腕力だ……!」
ラクシャーサは愉快そうに笑う。
「まだ生きていたか!」
ラーチャプルックが飛び出した。
「行くよ!」
右手の剣が閃き、左手の棒が風を裂く。
「双武連牙!!」
剣と棒による連続攻撃。
鋭い斬撃が夜叉の胸や腕を何度も切り裂く。
ガガガガガッ!!
しかし。
ラクシャーサは腕で受け止め、そのまま豪快に笑った。
「軽い!」
「なっ!」
丸太のような腕が横薙ぎに振るわれる。
「鬼王薙!!」
ドォォォン!!
ラーチャプルックはとっさに棒で受け止めたものの、そのまま建物の壁へ叩きつけられた。
「がはっ……!」
壁が砕け、砂煙が舞う。
「ラーチャプルックさん!」
彩葉は収納空間を展開した。
無数の光の輪がラクシャーサを囲む。
「収納封環!!」
幾重もの光輪が夜叉へ襲い掛かる。
「ほう?」
ラクシャーサは避けようとしたが、一瞬だけ両腕を拘束された。
「今です!」
ユミが矢を番える。
「星穿連矢!!」
シュンッ!!
シュンッ!!
シュンッ!!
三本の光矢が一直線に夜叉を貫こうと飛ぶ。
しかし。
「甘い。」
拘束されたまま筋肉を膨張させる。
バキィィィン!!
収納の輪が内側から砕け散った。
「えっ!?」
そのまま矢を拳で叩き落とす。
ドォン!!
矢が空中で爆発した。
ラクシャーサは煙の中から悠然と歩いてくる。
「この程度か。」
彩葉の頬を冷や汗が流れる。
(強い……。)
(今まで戦ったアスワングなんかとは全然違う。)
その時だった。
「だったら〜。」
穏やかな声とともに、美しい音色が響いた。
ポロロン……
ポロロン……
パダウがサウン・ガウを静かに奏で始める。
「森歌幻奏♪」
柔らかな旋律が森いっぱいへ広がる。
すると。
木々が揺れ始めた。
地面から巨大な蔓が伸びる。
「縛って〜。」
蔓がラクシャーサの両足へ巻き付いた。
「ほう?」
さらに木の根が次々と絡みつく。
肩。
腕。
胴。
全身を巨大樹木が締め上げる。
「自然まで操るのか。」
「うん♪」
パダウは優しく微笑む。
「音楽ってね〜。」
「生き物みんなに届くんだよ〜。」
ラクシャーサは少しだけ感心したように笑う。
「面白い。」
次の瞬間。
ゴォォォォォッ!!
黒紫色の瘴気が爆発した。
木々が悲鳴を上げるように裂ける。
蔓が一本、また一本と千切れていく。
「なっ……!」
パダウの笑顔が初めて曇る。
「そんな……。」
ラクシャーサは全身から黒い瘴気を噴き上げながら立ち上がった。
「夜叉魔焔。」
黒炎が身体を包み込む。
その熱だけで周囲の草木が焦げ始めた。
ラーチャプルックが壁から立ち上がる。
「ちょっと……冗談じゃないね。」
ユミも静かに矢を番え直した。
「ここまでとは。」
彩葉も拳を握り締める。
「負けません!」
四人は再び並び立つ。
対するラクシャーサは、黒炎をまといながらゆっくりと一歩踏み出した。
その足音だけで大地が震え、森の鳥たちが一斉に飛び立つ。
夜のタイの森は、さらに張り詰めた空気へと包まれていく。
誰一人として退く者はいなかった。
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