第百二十八話 月影に砕ける夢核
ペナンガランの全身から噴き出した黒い瘴気は、先ほどまでのそれとは明らかに質が違っていた。怒りというよりも、何か別の“混ざってはいけないもの”が無理やり押し込まれたような異質さ。空気そのものが軋み、夜の熱帯の森が一瞬だけ呼吸を止めたように静まり返る。
「さぁ!始めようかねぇ……ひひひひ!」
その声は、もはや人のものではなかった。どこか複数の音が重なっているような歪みがあり、笑いながらも苦痛のような響きが混じっている。
彩葉は一歩、無意識に後退した。けれど、すぐに足を踏みとどまる。
「……来るなら、止めるだけです!」
その声に反応するように、ペナンガランが空中で身体をひねる。首から垂れ下がる臓器のような影が蠢き、空気を切り裂くように振り下ろされた。
「ブラッディ・スイング!!」
血の刃にも似た衝撃波が森を薙ぎ払う。地面が裂け、木々が悲鳴のような音を立てて倒れていく。
「危ないねぇ~」
ブンガ・ラヤはふわりと浮いたまま、軽く手を振る。
「夢層反転シールド~」
瞬間、空間がゆがみ、半透明の膜のようなものが前方に展開される。衝撃波はその膜に吸い込まれるように減衰し、消えていった。
「……これ、すごい防御力……!」
彩葉が目を見開く。
その横でバンダ・ミス・ジョアキムが紙札を一枚引き抜いた。
「では、こちらも行きます」
紙が風に舞うように広がる。
「紙術・千刃封断!」
無数の紙が刃となり、ペナンガランへ向かって一斉に走る。しかし敵はそれを見て、逆に笑った。
「効くわけないだろうねぇ!!」
瘴気が渦を巻き、紙の刃を飲み込んでいく。
「やっぱり再生してる……!」
彩葉が息を呑む。
ペナンガランの身体は、傷ついても瞬時に黒い影が埋めていくように修復されていた。だが、その中心だけはわずかに遅れがある。
ブンガ・ラヤがそれを見逃さない。
「ねぇ~彩葉ちゃん~あの子の“核”見えてる?」
「核……?」
「うん~あの臓器の影の奥にね~小さく光ってる部分」
言われて目を凝らすと、確かに歪んだ影の中心に、脈打つような一点の光があった。
「……あそこ!」
彩葉が叫ぶ。
「収納拘束!」
バッグの力が発動し、空間がねじれる。ペナンガランの動きが一瞬だけ止まる。完全な拘束ではない、だが“隙”としては十分だった。
「今だねぇ~」
ブンガ・ラヤの声が静かに落ちる。
「夢砲ドリームブラスタァ~」
空気が一瞬、昼のように明るくなった。
圧縮された夢のエネルギーが一点に収束し、光の奔流となって放たれる。
「ギィィィィィィィィィィッ!!?」
ペナンガランの叫びが森を貫く。影が焼けるように崩れ、臓器のような構造が次々と光に溶けていく。
だが、それでも核だけは残っていた。
「まだ……!」
彩葉は走った。
光の中を突き進み、手を伸ばす。
「収納拘束・最終圧縮!!」
バッグが開き、黒い核を強制的に引きずり込むように吸収する。抵抗するように瘴気が暴れたが、それも徐々に薄れていく。
そして――
音が、止まった。
森に夜の静寂が戻る。
ペナンガランの姿は、もうどこにもなかった。
ただ、焦げた空気と、静かに揺れる葉だけが残っている。
「……終わった、のかな」
彩葉の声は小さい。
ブンガ・ラヤはゆっくりと浮いたまま、空を見上げた。
「うん~たぶんねぇ~」
バンダ・ミス・ジョアキムは紙を回収しながら静かに言う。
「ですが、同じような存在はまた現れるでしょう」
その言葉に、彩葉はゆっくりと頷いた。
夜風が森を抜ける。
戦いの余韻だけを残して。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




