第百二十五話 揺らぐ予兆と紙占いの告げる道
マレーシアの森は、昼と夜の境界が曖昧だった。枝葉の隙間から落ちる光は金色にも翡翠色にも見え、風が通るたびに葉が擦れ合い、まるで誰かが遠くで囁いているようだった。
彩葉はその空気の中で、目の前のやり取りを静かに見つめていた。
「なるほど、そのような目的が」
バンダ・ミス・ジョアキムの落ち着いた声は、森のざわめきに溶けるように響いた。彼女の表情には驚きよりも納得があり、まるで長い物語の一部をようやく繋ぎ合わせたような静けさがあった。
「そうらしいよ~すごいよね~」
ブンガ・ラヤは相変わらず浮いたまま、のんびりとした声で言った。体は空中に寝そべるように揺れ、まるで重力という概念そのものを忘れているようだった。
「そう、でしょうか」
彩葉は小さく首を傾げる。自分の歩いている旅路が「すごい」と言われるほどのものなのか、まだ実感が追いついていなかった。
バンダは静かに彩葉へ視線を向ける。その瞳は柔らかいが、どこか遠くを見ているようでもあった。
「はい、すごいと思います。私は村の者に生け贄にだされましたが、それで村が救われるのなら、と、そういう決意でした」
その言葉に、空気が一瞬だけ重くなる。
「ですが、師匠はとても優しい方で、村に戻り私が臆病者と呼ばれることを恐れ私を弟子として迎え入れてきたのです」
ブンガ・ラヤが小さく笑う。
「昔からバンダちゃんは真面目だったからね~」
バンダは少しだけ肩をすくめるようにして続けた。
「まぁ、言いたいことは、『決めたことは貫け』と言うことです」
その言葉は、彩葉の胸の奥にまっすぐ落ちた。
決めたことを貫く。それは簡単なようでいて、旅の途中で何度も揺らぐものだった。守護者と出会い、世界の構造を知り、戦いや過去を聞くたびに、自分の目的さえ曖昧になりかけていた。
それでも――。
「はい!」
彩葉ははっきりと答えた。
その声に、バンダはわずかに頷く。
「そうです!紙占いを見せましょう!」
「紙占い?」
彩葉が問い返すと、ブンガ・ラヤが嬉しそうに揺れる。
「バンダちゃんはね~紙を使った占いが得意なんだ~」
次の瞬間、空気が変わった。
バンダの周囲に、無数の紙片がふわりと舞い上がる。白、黒、朱、金。色とりどりの紙には細かな陣のような紋様が刻まれており、それらが風もないのに円を描くように回転していく。
「わぁ~!」
彩葉は思わず声を漏らした。
紙はただの紙ではない。空間そのものに意味を刻んでいるような、異様な存在感があった。
バンダは目を閉じる。
「………………」
静寂。
風の音すら遠のき、紙の回転だけが時間を刻む。
「……」
彩葉は息を殺して見守った。
やがて紙が一瞬だけ止まり、次の瞬間、散るように広がる。そして一枚だけがバンダの手元へと落ちた。
バンダはそれを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「出ました」
その声は静かだったが、森の空気がわずかに震えた。
「彩葉、あなたはいずれ大いなる戦いに行くでしょう」
「大いなる戦い?」
彩葉の声がわずかに揺れる。
バンダは続ける。
「詳しいことはわかりません、ですが、あなたはきっと、世界にカタチを残すでしょう」
その言葉に、ブンガ・ラヤが目を細めた。
「それってもしかして『原初の英雄』?だとしたら~守護者初の『原初の英雄』だね~」
「アルケオン?」
彩葉はその単語を繰り返す。
バンダは静かに頷いた。
「はい、その種族で一番最初に世界にカタチを残し英雄と呼ばれたものには『原初の英雄』『アルケオン』と言う称号がつきます」
一瞬だけ風が止む。
森が静かになる。
「それかはどうかわかりませんが、いずれあなたは大きな戦いに挑むことは事実、応援してますよ」
その言葉は予言であり、祝福でもあった。
彩葉はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吸い込み、しっかりと前を見た。
「……はい!」
その声は、森の奥へまっすぐに響いていった。
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