第百二十四話 師匠と弟子
マレーシアの穏やかな風が吹く森の中。
ブンガ・ラヤはいつものようにふわふわと浮かぶピンク色の球体の上に寝転がり、のんびりとした様子で空を眺めていた。
その横で彩葉は、少し真剣な顔をして話を聞いていた。
「そんな元気な姿を見てたら、昔を思い出してきたよ~」
のんびりとした声が響く。
「昔?」
「うん、『第一次共生世界大戦』が始まって、何年かたって、神、天使、神話生物、精霊、妖精、そして妖怪。全ての存在が日本側としてアメリカ側と戦って、私も盟約だから参戦したんだ~」
ブンガ・ラヤは目を細めた。
「大暴れしたよ~。でもね~、わかったんだ~。戦争はむなしいもの。何も残らない……」
どこか遠くを見るような目になる。
「でもね、君のような笑顔を守れたのがうれしくて、君の目を見てまた思い出したよ~。平和ってやつを♪」
その言葉に、彩葉はしばらく考えるように黙っていた。
「……私には、その戦争はよくわかりません。善も悪も、全てが……でも、全ての存在が涙を流したことは知っています。知っているつもりです」
そして真っ直ぐな瞳で前を見る。
「……だから私は『断界同盟』を止めたい。そうも思ってます」
「『断界同盟』って、あの?」
「はい。ここでも暴れていますか?」
「そうだねぇ~……仲間と思われる『アスワング』は暴れてるかな~。私たち妖怪はあの戦争以来、おとなしくなってきたけど~、あの吸血種族は今でも活発だね~」
「そうなんですね……」
その時だった。
元気いっぱいの声が森に響いた。
「見つけましたよ! 師匠!!」
「え?」
「あ」
振り返ると、巫女服のような装束を身にまとった少女がこちらへ駆けてきていた。
「師匠! やっと見つけました!!」
「あれ~? なにか用があったの~、バンダちゃん」
「バンダちゃんではありません! 『バンダ・ミス・ジョアキム』! シンガポールの守護者です!」
「あ、はじめまして」
「バッグの守護者『彩葉』です!」
「よろしくお願いします!」
元気よく頭を下げる少女。
ブンガ・ラヤは相変わらずの調子で紹介する。
「この子は~バンダちゃん。紙占いが得意で~、元人間で~、元々人間が妖怪化した存在『人妖』で~、後に守護者になったの~」
「そうなんですね」
「バンダちゃんはね~、私が認知されてきた頃、生け贄として来たんだよ~」
「え!?」
思わず彩葉の目が大きくなる。
「昔の話です」
バンダは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「私は人間は食べないから~、育てたの~。そしたら人妖になったの~」
「そうなんだね!」
「まぁ、色々ありましたし……」
そこまで言ったバンダの表情が変わる。
「って! そんなことより!」
懐から一枚の紙を取り出した。
「これ! 何ですか!!」
「……私が買ってきてほしいものが書かれた紙?」
「そうです!」
ビシッと指を突き付ける。
「師匠はいつもいつも! 私に押し付けるんですから!」
「?」
「マレーシアからシンガポールが独立したあとも!! 私に押し付けたではありませんか!!」
「でも~、発展してるし~……」
「そういう問題ではないのです!!」
ぷんぷん怒るバンダ。
対するブンガ・ラヤは全く気にした様子がない。
「仲良し……だね……」
思わず彩葉が苦笑する。
「仲良くありません!」
「仲良しだよ~♪」
「違います!」
「仲良し~♪」
「違いますってば!」
二人のやり取りを見て、彩葉は思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「笑わないでください!」
「ご、ごめん」
「ほら~、バンダちゃん。怒るとしわが増えるよ~?」
「増えません!」
「増える増える~」
「増えません!」
すると突然、バンダがハッとした。
「そうでした!」
「?」
「私は文句を言いに来たのではありません!」
「違ったの~?」
「違います!」
そう言うと、大きな箱を取り出した。
「師匠が前に頼んでいたお菓子です!」
「おぉ~♪」
ブンガ・ラヤの目が輝いた。
「さすがバンダちゃん!」
「だからバンダちゃんではありません!」
「えへへ~」
箱を受け取ったブンガ・ラヤは嬉しそうに笑う。
その姿を見て、バンダもため息をつきながら苦笑した。
「……まったく。世話の焼ける師匠です」
「ありがとうね~」
「別に感謝されるためではありません」
「優しいね~」
「普通です!」
そんな二人の姿を見て、彩葉は自然と笑顔になっていた。
生け贄として出会った妖怪。
育てられ、人妖となり。
そして今では、一国を守る守護者。
長い長い時を経てなお続いている、不思議な師弟関係。
怒っているようで、どこか嬉しそうなバンダ。
のんびりしているようで、どこか誇らしそうなブンガ・ラヤ。
その空気は、とても温かかった。
「いいなぁ……」
ぽつりと呟く。
「ん?」
「どうしたの~?」
「なんでもないです♪」
彩葉は笑顔で答えた。
マレーシアの空は青く。
森を吹き抜ける風は優しく。
今日もまた、平和な時間が流れていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




