第百二十一話 南の国に吹く風とまだ見ぬ守護者
夜明けの光が海面を照らしていた。
青く穏やかな大海原。
空には雲がゆっくりと流れ、朝日が水面に反射して無数の光を作り出している。
その上を一人の少女が軽やかに駆けていた。
「……水上歩行は便利だな~」
彩葉は海面に足跡のような波紋を作りながら、楽しそうに前へ進んでいく。
「でも、飛んだ方が楽かもかな?」
「飛べないからわかんないや」
少し考えた後、自分で言っておきながら苦笑した。
「ふふっ」
「まあ、歩けるだけでも十分だよね」
守護者として生まれたからこそできる不思議な力。
それが今では当たり前になっていた。
彩葉は前方を見る。
水平線の先には、緑豊かな大地が見え始めていた。
「あ、近くなった」
「もうすぐ上陸だ!」
思わず速度が上がる。
数十分後。
海の匂いに混じって、植物の香りが漂い始めた。
波打ち際に足を踏み入れた彩葉は、ようやく海上歩行を終えて砂浜へと上がる。
「着いた~!」
「ここが……」
「マレーシア!」
周囲には背の高い木々。
日本ともインドネシアとも違う街並み。
異国の空気。
色鮮やかな花々。
どこか神秘的な雰囲気。
彩葉は目を輝かせる。
「わぁ~!」
「また全然違います!」
「世界って広いな~!」
しばらく周囲を見回したあと、彩葉はふと思い出した。
「そういえば……」
「マレーシアの守護者さん、いるんだよね」
「サンパギータさんと同じISMPPの人」
インドネシアの守護者であるマツリカ。
フィリピンの守護者であるサンパギータ。
二人とも優しかった。
ならば、マレーシアの守護者もきっと素敵な存在なのだろう。
「よし!」
「まずは守護者さんを探そう!」
そう決めると、彩葉は街へ向かって歩き始めた。
港町には多くの人々が行き交っている。
市場では果物が売られ、店先からは香辛料の匂いが漂ってくる。
「すごいなぁ」
「なんだかいい匂い」
「お腹空いてきちゃった」
すると、近くで話していた人たちの声が耳に入る。
「最近また見かけたんだって」
「あの人?」
「そうそう」
「森の方に行く姿を」
「相変わらず人前に出ないな」
「でも困った人を助けてくれるらしいよ」
彩葉の耳がぴくっと動く。
「ん?」
「森?」
さらに別の人々の会話も聞こえてくる。
「昨日も怪我した子どもを運んでくれたって」
「すぐ消えちゃったらしい」
「まるで精霊みたいだ」
「やっぱり守護者なんじゃない?」
「でも姿をちゃんと見た人は少ないよな」
彩葉は目を丸くした。
「守護者さん!?」
「たぶん!」
「きっと!」
嬉しそうに胸の前で拳を握る。
「森かぁ」
「それなら行ってみよう!」
街を抜けて歩いていく。
徐々に建物が少なくなり、緑が増えていく。
高い木々。
鳥たちの鳴き声。
吹き抜ける暖かな風。
小さな川。
鮮やかな花。
どこか屋久島を思い出させる自然だった。
「綺麗……」
「こういうところ好きだなぁ」
彩葉は周囲を見渡しながら歩いていく。
すると。
木の幹に深く刻まれた爪痕。
そして何か大きなものが通ったような跡。
「……?」
「なんだろ」
さらに進む。
今度は地面に残る巨大な足跡。
「わぁ……」
「大きい」
「何の足跡?」
不思議そうに首を傾げる。
その時だった。
風が吹き抜けた。
さぁぁぁ……
葉が揺れる。
そして。
遠く。
本当に遠く。
森の奥。
一瞬だけ。
何かの気配がした。
優しく。
静かで。
それでいて、とても大きな力。
彩葉は思わず立ち止まる。
「……あれ?」
「今……」
「誰かいた?」
しかし、すぐに気配は消えてしまう。
「気のせい?」
「うーん……」
彩葉は少し考えたあと、笑顔になった。
「でも!」
「きっとこの森にいるんだよね!」
「マレーシアの守護者さん!」
期待に胸を膨らませながら、彩葉は再び歩き出す。
まだ見ぬ新たな出会い。
マレーシアの大自然の中。
旅する守護者の足取りは、今日も変わらず軽やかだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




