第百二十話 別れの海、次の国へ
インドネシアの夜は、戦いの終わりとともに静けさを取り戻していた。
先ほどまで渦巻いていた瘴気は消え、海はただ穏やかに波を返している。
砂浜には戦闘の痕跡だけが残り、氷の粒がゆっくりと溶けていく音だけが響いていた。
彩葉はその光景を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……終わったんですね」
サンパギータは静かに頷いた。
「ええ」
マツリカはいつも通りのゆるい調子で空を見上げていた。
「ふぅ~……ちょっと疲れたねぇ~」
その声には、わずかな達成感が混じっていた。
しばらく三人は何も言わず、ただ波の音だけを聞いていた。
やがて彩葉が口を開く。
「……あの」
「私、そろそろ……行かないといけないです」
その言葉に、空気が少しだけ変わった。
サンパギータはすぐには答えなかった。
ただ海を見つめていた。
マツリカは小さく笑う。
「そっかぁ~」
「旅、続くもんねぇ~」
彩葉は頷く。
「はい」
「ギリシャのパルテノン神殿に行くために……まだ、先があります」
サンパギータがゆっくりと視線を戻す。
「なら、次はマレーシアを経由するといい」
「インドネシアからなら、海路でも陸路でもつながっている」
彩葉は少し驚いたように目を瞬かせた。
「マレーシア……」
「はい、分かりました」
サンパギータは静かに続ける。
「この海は広い」
「でも、守護者同士の縁はもっと広い」
その言葉に、彩葉は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
マツリカは軽く手を振る。
「またどこかで会うかもねぇ~」
「発明品、もっと増やしとくからぁ~」
彩葉は思わず笑う。
「はい、楽しみにしてます!」
そして三人の間に、短い沈黙が落ちた。
別れの時間が近づいていた。
サンパギータはゆっくりと一歩前に出る。
「彩葉」
「あなたの旅は、あなたの選択でいい」
「誰かのためでもいいけど、最後はあなた自身のために」
彩葉はその言葉をしっかり受け取った。
「……はい」
マツリカがいつもの調子で言う。
「気をつけてねぇ~」
「爆発とか巻き込まれないようにぃ~」
「それはマツリカさんの方では……」と彩葉が苦笑する。
少しだけ笑いが生まれた。
その笑いが、別れの重さを少し軽くする。
やがて彩葉は一歩下がる。
砂浜から海へと視線を移す。
その先には、まだ見ぬ国々が広がっていた。
「それでは……行ってきます」
サンパギータは頷いた。
「行ってらっしゃい」
マツリカも手を振る。
「ばいば~い」
彩葉は背を向ける。
そして、海へと歩き出した。
波の上を踏むたびに、小さな水の輪が広がる。
夜の海は静かで、まるで彼女の旅を見送るようだった。
インドネシアの灯りが遠ざかる。
背後からは二人の気配がゆっくりと薄れていく。
彩葉は一度だけ振り返る。
そこには、まだ立っている二人の姿があった。
そして再び前を向く。
次の目的地は決まっている。
マレーシア。
海の向こう側。
新しい出会いが待つ場所へ。
彩葉は静かに歩みを速めた。
夜の海を越えて、次の国へ向かっていく。
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