第百十七話 白い影と発明の壁
インドネシアの海岸。
夕焼けが完全に沈みきる直前の時間帯。
空は紫と橙が混ざり合い、海面はその色を反射して不気味なほど美しく光っていた。
その静寂を破るように、声が響いた。
「そうさねぇ、良い景色だねぇ」
彩葉の身体が一瞬で強ばる。
「!?」
サンパギータが即座に振り向いた。
「だれ!」
砂浜の先。
そこに立っていたのは白い服の女性だった。
髪は濡れたように黒く、肌は異様なほど白い。
その存在だけが周囲の空気を歪めているように見えた。
彩葉は直感的に理解した。
(この気配……妖怪!?)
しかし、それだけではない。
瘴気の質が異常だった。
「この気配は……ただの妖怪じゃない……!」
サンパギータが低く呟く。
「アスワングの一種……」
「まさか……ポンティアナック……」
マツリカがいつも通りの緩い声で補足する。
「アスワングの一種でもあるポンティアナックだよ~」
女性はにやりと笑った。
「よく知ってるじゃないか」
「その通りさ」
「私はポンティアナック」
サンパギータの表情が引き締まる。
「性格には吸血幽霊」
「マナナンガルと同じく妊婦を襲う存在」
彩葉は拳を握る。
「……何のよう」
ポンティアナックは肩を揺らして笑った。
「もちろん……」
「おまえたちを殺しに来たのさ!!!」
空気が一気に張り詰める。
海の波音さえ遠く感じるほどの圧力。
しかしその瞬間。
マツリカは一歩前に出た。
「さがって~……」
いつも通りの緩い声。
だが、その瞳はわずかに鋭い光を帯びていた。
「発明・アイスウォール~……!」
その瞬間。
空気中の水分が瞬時に凝結する。
海風すら凍りつくように冷え込み、地面から氷の壁が立ち上がった。
ゴォォォ……!
巨大な氷壁が砂浜を横断し、ポンティアナックと三人の間にそびえ立つ。
ポンティアナックの爪が氷壁を引き裂こうと突き刺さるが、びくともしない。
「ほう……」
「発明系の守護者か」
ポンティアナックが舌なめずりする。
「面白いじゃないか」
サンパギータが冷静に構える。
「彩葉、後ろに」
「はい!」
彩葉は即座に下がる。
しかしその間にも、氷壁にひびが入り始めていた。
「強い……!」
彩葉が息を呑む。
マツリカはいつも通りの調子で、しかし珍しく小さく息を吐いた。
「う~ん」
「やっぱり普通の氷じゃだめかぁ~」
そして。
軽く手を振る。
「発明・フロストスパイク~……!」
氷壁の内側から無数の氷の槍が突き出した。
ポンティアナックは翼を広げて回避する。
「チッ!」
その瞬間、サンパギータが動いた。
「ドゥウェンデ・ブハル……!」
地面が揺れる。
砂が渦を巻き、無数の土の弾丸がポンティアナックへ向かって放たれる。
だが。
ポンティアナックは笑っていた。
「そんなもの……!」
翼を羽ばたかせ、土弾をすべて弾く。
その圧倒的な力に、彩葉の喉が鳴る。
「強い……!」
マツリカがぽつりと言う。
「ちょっと厄介かもぉ~」
しかし次の瞬間。
サンパギータが静かに前に出る。
「なら……」
「私が止める」
雲のような装飾が揺れる。
空気が変わる。
海風が一瞬止まる。
ポンティアナックの笑みが消える。
「へぇ……」
「やる気かい」
サンパギータは目を細めた。
「この国は」
「好き勝手させない」
その言葉と同時に。
戦いは一気に加速する。
砂浜を舞台に、守護者と吸血幽霊が激突する。
氷と風と瘴気が交差し、夜の海を震わせていく。
彩葉はその中心で、拳を握りしめていた。
(私も……)
(守られるだけじゃない)
(戦わなきゃ……!)
波音が大きくなる。
戦いはまだ始まったばかりだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




