第百一話 異国の街と見えない影
南の海を越え、長い長い水上の旅を終えた彩葉。
ようやくたどり着いた新たな国。
フィリピン。
太陽は日本よりもさらに強く、空は青く澄み渡り、潮風にはどこか甘い果物の香りが混じっていた。
その街の上空。
誰も気づかない高所。
電柱の側面に雲のようなものを足場にして張り付く一つの影があった。
長い銃身。
覗き込むスコープ。
そして、その瞳。
影は遠くを歩く小さな少女を見つめていた。
「…………ん?」
「あれは……」
その呟きは風に溶け、誰にも聞こえることはなかった。
◇
その頃。
フィリピンの街。
「わぁ!ここがフィリピンですか~?」
「日本とは違いますね、あたりまえだけど……」
彩葉は目を輝かせながら辺りを見回していた。
見慣れない文字。
活気のある市場。
鮮やかな色の建物。
笑顔で話す人々。
行き交う乗り物。
どこを見ても新鮮で、彩葉の好奇心は止まらなかった。
「すごいなぁ……」
「同じ世界なのに、こんなに違うんだ」
屋台から漂ってくる香ばしい匂い。
南国の果物。
陽気な音楽。
人々の笑い声。
旅を続けてきた彩葉にとって、異国の文化は何よりも楽しかった。
「旅ってやっぱり素敵だなぁ♪」
そんなことを呟きながら、街を歩いていると。
「おぉ……」
「これ、なんだろ?」
彩葉は露店で売られていた見たことのない果物に目を奪われる。
黄色く丸いもの。
赤いトゲのあるもの。
紫色の不思議な果実。
「わぁ~!」
「食べてみたい!」
しかし。
「うーん……」
「お金、ちゃんと残しておかないと」
旅はまだ続く。
ギリシャまでは遥かに遠い。
彩葉はぐっと我慢した。
「また今度だね」
そう言って微笑む。
しばらく街を歩く。
やがて。
大通りから外れた道へ。
人通りは少なくなり。
建物も古くなっていく。
「ん?」
「こっちは静かだなぁ」
彩葉は首を傾げた。
「道、あってるよね?」
電子地図を確認する。
「うん」
「大丈夫そう」
そのまま進む。
すると。
風が止まった。
「……?」
彩葉は立ち止まる。
妙な感覚。
何かがおかしい。
温度が少し下がったような。
空気が重くなったような。
「なんだろ……」
そして。
前方。
人気のない路地。
そこに。
ぼんやりとした半透明の人影が立っていた。
いや。
一つではない。
二つ。
三つ。
四つ。
徐々に増えていく。
「……え?」
彩葉の顔から笑顔が消える。
半透明の身体。
ぼやけた輪郭。
虚ろな瞳。
どこか苦しそうな顔。
「想霊……」
間違いない。
人の負の感情や未練によって生まれる存在。
想霊だった。
「どうして……」
しかも。
普通ではない。
その数。
二十。
三十。
いや。
もっと。
路地の奥から次々と現れていた。
「こんなに!?」
想霊たちは一斉に彩葉を見る。
そして。
『アアアアア……』
『オオオオ……』
『……クルシイ……』
『タスケテ……』
呻き声を上げ始めた。
「ッ!」
彩葉は身構える。
「収納拘束!」
黒いショルダーストラップが伸びる。
数体の想霊を拘束。
しかし。
後ろからさらに現れる。
「いっぱい……!」
「どうして!?」
その時だった。
上空。
ビルの屋上。
電柱に張り付いていたあの影。
スコープ越しに彩葉を見つめていた存在が、小さくため息をついた。
「はぁ……」
「やっぱり面倒事に巻き込まれてる」
「放っておけないか……」
次の瞬間。
カチリ。
何かを構える音。
そして。
彩葉は気づいていなかった。
自分の背後。
さらに巨大な何かが。
ゆっくりと。
闇の中から姿を現そうとしていたことに。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




