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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい


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第9話 雨降って、きっきっきのこ! 焼きおにぎりが欲しくなる春フェス三日目

 雨が上がった。


 春の収穫祭、三日目。


 昨日の灰色の空が嘘みたいに、広場には朝日が差していた。


 水たまりがきらきら光っている。

 濡れた屋台の屋根から、ぽたぽた雫が落ちている。

 ぬかるんだ地面には、子どもたちの足跡と、オーク農家の長靴跡が入り乱れていた。


 そして。


「……生えてるわね」


 野蒜ちゃんが言った。


 生えていた。


 屋台の裏。

 木箱の影。

 昨日、ナメちゃんたちを一時避難させていた湿った落ち葉の近く。


 そこに、きのこが生えていた。


 一本ではない。


 二本。

 三本。

 十本。

 たぶん、もっと。


 白いの。

 茶色いの。

 笠が丸いやつ。

 軸が太いやつ。

 妙にぷるぷるしているやつ。


 きのこである。


 雨の翌日に、きのこ。


 自然としては正しい。


 ただし、屋台の裏に生えるな。


「これは困りましたわね」


 エシャロットちゃんが、白いエプロンの裾をつまんで一歩下がった。


「食材の屋台裏に野良きのこ。衛生的にも、絵面的にも、少しよろしくありません」


 少し?


 かなりよろしくない。


 俺は筆談板に書いた。


『抜きましょう』


 その瞬間、きのこの一つが、ぴくりと揺れた。


 揺れた?


「待ちなさい、根菜」


 声がした。


 低い。


 湿っている。


 味噌汁に入っていそうな声だった。


 屋台裏のきのこたちが、いっせいにこちらを向いた。


 向くな。


 笠のどこが顔か分からないのに、向いたことだけは分かる。


 その中心に、ひときわ立派なきのこがいた。


 肉厚の笠。

 太い軸。

 落ち着いた茶色。

 焼いたら絶対うまそうな存在感。


 しいたけだった。


 たぶん。


 いや、絶対そうだ。


 きのこ界の部長、しいたけ。


「我らは昨夜の雨に導かれ、この地へ芽吹いた者。勝手に抜くとは、いささか乱暴ではないか」


 声は聞こえない。


 でも、絶対そう言っている顔だった。


 俺は筆談板に書いた。


『ここはうちの屋台裏です』


 しいたけ部長は動じなかった。


「湿り気は公共のものだ」


 公共にするな。


 湿り気を。


「うわ、きのこだ!」


 ウリ坊が走ってきた。


 目がきらきらしている。


「食べられる?」


 危ない。


 第一声がそれなのは、かなり危ない。


 オーク農家が、ウリ坊の襟首をつかんで止めた。


「野良きのこは食うな」


 正しい。


 今日一番正しい。


 しかし、しいたけ部長は少し誇らしげに笠を揺らした。


「我々は野良ではない。山の香りを背負う者だ」


 野良だろ。


 屋台裏に勝手に生えたんだから。


 そこへ、健康そうな声が割り込んできた。


「おや、にぎやかだね」


 ブロッコリーだった。


 濡れた広場を歩いてきたのに、今日もやっぱり健康そうだった。


 この緑、雨上がりまで似合うのか。


「雨上がりにきのこ。実に季節感がある」


 出た。


 嫌な予感。


「本日の課題は決まったね」


 決めるな。


「マンドラゴラ君。今日は、きのこ勢との売り場適性勝負だ」


 きのこ勢。


 ついに野菜ですらない連中が来た。


 俺は筆談板に書いた。


『きのこは野菜じゃないのでは?』


 広場が静まり返った。


 しいたけ部長の笠が、ぴくりと震えた。


 なめこのようなぷるぷるした小さいやつが、わなわなしている。


 エリンギらしき細長いやつが、背筋を伸ばした。


 舞茸は、舞っていた。


 いや、風で揺れていただけかもしれない。


 ブロッコリーは微笑んだ。


「売り場では、野菜の隣にいる」


 雑。


 分類が雑。


「消費者にとっては、夕飯の一品になるかどうかが大切だ。厳密な分類より、食卓での役割だよ」


 正論。


 また正論。


 しかも今回の正論は、ちょっと強い。


 しいたけ部長は、満足そうに笠を反らした。


「そういうことだ、根菜」


 腹立つな。


 菌類のくせに。


 俺は筆談板に書いた。


『受けます』


 ウリ坊が歓声を上げた。


「一番根、きのこと勝負!」


 野蒜ちゃんが包丁を構えた。


「じゃあ、今日は炒め物ね」


 エシャロットちゃんも頷く。


「昨日のおやきで味噌との相性は確認済み。今日は、雨上がりの香りに合わせて、香ばしく焼きましょう」


 オーク農家が鉄板を出す。


「火を強くするか」


 早い。


 うちの屋台、対応が早くなっている。


 成長を感じる。


 ただし、成長の方向がどんどん屋台飯になっている。


 指定野菜とは。


「一番根、今日のメニュー名は?」


 ウリ坊が聞いた。


 俺は考えた。


 きのこに勝つ。


 雨上がり。


 鉄板。


 味噌。


 マンドラゴラ。


 俺は筆談板に書いた。


『焼きマンドラゴラ味噌』


 野蒜ちゃんが首をひねった。


「地味」


 エシャロットちゃんも首を傾げた。


「悪くはありませんが、少し華が足りませんわ」


 ウリ坊が手を挙げた。


「じゅうじゅう一番根!」


 採用。


 即採用。


 エシャロットちゃんが札を書いた。


 雨上がり限定

 じゅうじゅう一番根

 味噌焼きマンドラゴラ

 ちょっと元気になる


 また最後。


 でも、もう許した。


 鉄板に油を薄く引く。


 刻んだマンドラゴラを投入。


 じゅう。


 音がした。


 昨日のおやきとは違う、直火の香り。


 味噌をのせる。


 砂糖を少し。

 野蒜を少し。

 エシャロットを少し。

 焦げる寸前で混ぜる。


 じゅうじゅう。


 名前の通りだ。


 香りが立つ。


 土っぽさが、焼き味噌に変わる。

 薬草感が、香ばしさに押される。

 少し焦げたところが、たぶんうまい。


 悪くない。


 いや、かなり良い。


 ウリ坊がよだれを垂らしている。


 かわいい。


 でも拭け。


 対するきのこ勢も動いた。


 しいたけ部長が鉄網の上に乗る。


 乗った。


 自ら。


 覚悟が重い。


 じゅう。


 笠から水分が出る。

 香りが広がる。


 ずるい。


 しいたけを焼く匂いは、ずるい。


 そこへ醤油が一滴。


 終わった。


 強すぎる。


 焼きしいたけ醤油。


 何と戦わされているんだ、俺は。


 さらに、エリンギはバター焼きにされている。


 舞茸は天ぷら。


 なめこは味噌汁。


 きのこ勢、布陣が強い。


 野菜じゃないくせに、食卓力が高すぎる。


 高麗人参が、遠くで悔しそうに見ている。


 お前、今日はこっち側では?


 いや、高級根菜は孤高らしい。


 カリフラワー先輩は、しいたけ部長の匂いに少しだけ困った顔をしていた。


 白い先輩にも、焼きしいたけの香りは効くらしい。


 ロマネスコ先輩は、舞茸の形を見て何か考え込んでいる。


 やめろ。


 きのこを幾何学で語るな。


「試食だよ」


 ブロッコリーが言った。


 また審査員席。


 またウリ坊が座っている。


 かわいいから許される席である。


 最初は焼きしいたけ。


 ウリ坊が、ふうふう冷ましてかじる。


「じゅわってした!」


 強い。


 次、エリンギバター。


「こりこり!」


 強い。


 舞茸天ぷら。


「さくさく!」


 強い。


 なめこ味噌汁。


「ぬるぬる!」


 強い、のか?


 そして、じゅうじゅう一番根。


 ウリ坊は、味噌焼きマンドラゴラを小さな木の匙ですくい、口に入れた。


 もぐ。


 もぐもぐ。


 目が止まった。


 え。


 どうした。


 まずいのか。


 やっぱり薬っぽいのか。


 雨上がりのきのこ勢に負けたのか。


 ウリ坊は、もう一口食べた。


 そして言った。


「ごはんほしい!」


 勝った。


 これは勝った。


 味単体の華では、しいたけに負けているかもしれない。


 香りでは、舞茸に負けているかもしれない。


 食感では、エリンギに負けているかもしれない。


 ぬるぬるでは、なめこに勝ちたくない。


 だが、ごはんが欲しい。


 これは食卓力だ。


 エシャロットちゃんの目が輝いた。


「お弁当向きですわ」


 野蒜ちゃんも笑った。


「おにぎりの具にできるじゃん」


 おにぎり。


 その手があった。


 味噌焼きマンドラゴラを、ごはんに混ぜる。

 あるいは中に入れる。

 焼きおにぎりにする。


 雨上がり。

 収穫祭。

 手に持てる。

 腹にたまる。

 子どもも食べられる。


 強い。


 くるくる。

 おやき。

 おにぎり。


 マンドラゴラ、完全に屋台飯の道を歩いている。


 指定野菜とは。


 でも、食卓には近づいている気がする。


 エシャロットちゃんが、すぐに新しい札を書く。


 じゅうじゅう一番根むすび


 ウリ坊が叫んだ。


「おにぎり!」


 子どもたちが集まってくる。


「おにぎりあるの?」

「一番根の?」

「味噌の匂いする!」

「食べたい!」


 早い。


 ごはんが足りるのか?


 オーク農家が、にやりと笑った。


「昨日の残り飯がある。焼きおにぎり用に取っておいた」


 有能。


 農家、段取りが良い。


 味噌焼きマンドラゴラを具にして、小さなおにぎりを握る。


 表面に薄く味噌を塗る。


 鉄板で焼く。


 じゅう。


 香りが爆発した。


 焼き味噌。

 米。

 土の滋味。

 少しの薬草。

 雨上がりの空気。


 これは、かなり強い。


 しいたけ部長が、初めて焦ったように見えた。


 なめこがぷるぷるした。


 エリンギが背筋をさらに伸ばした。


 舞茸は、舞っていた。


 俺は筆談板に書いた。


『野菜売り場は渡しません』


 しいたけ部長の笠が震えた。


「我らは菌類だが、食卓の一角を担う者」


 そう言っている顔だった。


 俺は頷いた。


 強い相手だ。


 認めよう。


 きのこは野菜ではない。


 でも、食卓では強い。


 だからこそ、負けられない。


 じゅうじゅう一番根むすびは、すぐ売れた。


 子どもにも売れた。

 大人にも売れた。

 オーク農家にも売れた。

 おばあさんは、また酒のつまみにすると言って買った。


 おにぎりを酒のつまみに?


 強いな、おばあさん。


 カリフラワー先輩も一つ買った。


「これ、家庭でも作れそうね」


 その一言は、昨日よりもさらに重かった。


 家庭でも作れそう。


 つまり、日常に入れる。


 指定野菜に近い言葉だ。


 俺は少しだけ、胸の奥が熱くなった。


 根菜だけど。


 ブロッコリーが、健康そうに頷いた。


「今日は引き分けかな」


 引き分け。


 悔しい。


 だが、きのこ勢相手なら悪くない。


 しいたけ部長も、静かに笠を揺らした。


 認められた気がした。


 すると、屋台の裏から、また小さなきのこが生えた。


 待て。


 増えるな。


「湿り気がある限り、我らは何度でも芽吹く」


 やめろ。


 野菜売り場に不法滞在するな。


 オーク農家が、そっと木箱を持ってきた。


「食えるやつだけ、きのこ屋台に戻してやるか」


 優しい。


 というか、農家は現実的だ。


 食べられないやつは?


 聞かないことにした。


 収穫祭三日目。


 雨上がりの難敵は、きのこだった。


 野菜ではないのに、野菜売り場の隣で強い連中。


 焼けばうまい。

 煮ても強い。

 揚げてもいける。

 味噌汁に入る。

 米にも合う。


 ずるい。


 かなりずるい。


 だが、俺たちも負けなかった。


 じゅうじゅう一番根。

 じゅうじゅう一番根むすび。


 マンドラゴラは、また一つ、食卓への入り方を増やした。


 俺は筆談板に書いた。


『ごはんに合う根菜は強い』


 ウリ坊が、最後の小さな焼きおにぎりを半分くれた。


「一番根、これ、すき!」


 反則。


 今日も反則。


 高麗人参が悔しそうにこちらを見ている。


 しいたけ部長も、少し悔しそうに見ている。


 悔しそうな相手が、また増えた。


 良い日だ。


 ただし。


 屋台裏の湿った落ち葉は、今夜中に全部片付けよう。


 これ以上きのこが生えたら、収穫祭が菌類に乗っ取られる。

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