10話 勃発、昼咲月見草争奪戦! ネギ科ヒロインズとウリ坊が本気を出した結果、俺の屋台がちょっとかわいくなりすぎた件
春の収穫祭も、残り二日。
朝の広場へ続く砂利道の端で、薄桃色の花が揺れていた。
昨日の雨粒をまだ少しだけ抱えた花びらは、頼りなさそうに薄い。
けれど、砂利混じりの硬い土に根を張って、何事もなかったみたいな顔で咲いている。
淡いピンク。
小さな四枚の花びら。
赤みを帯びた細い茎。
群れて咲いているのに、どれも少しずつ違う方を向いている。
かわいい。
認めたくないが、かわいい。
「一番根、これ、似合う!」
ウリ坊が、俺の葉っぱをちょいちょい引っ張りながら言った。
やめろ。
そこは髪みたいなものだ。
たぶん。
「昼咲月見草ですわね」
エシャロットちゃんが、すぐに名前を教えてくれた。
昼咲月見草。
昼に咲くのか、月を見るのか、どっちなんだ。
名前の中で迷子になるな。
「道端でよく咲いてるやつね」
野蒜ちゃんがしゃがみ込んで、花を眺めた。
「こういうの、いいじゃん。かわいいのに根性ある感じで」
根性。
花に根性。
でも、分かる。
雨に打たれても、砂利道の脇でも、今日にはもう普通に咲いている。
可憐な顔をして、かなり図太い。
俺は筆談板に書いた。
『道端扱いですか』
「褒めてるって」
野蒜ちゃんが笑った。
その時だった。
「今日の課題は決まったようだね」
健康そうな声が背後からした。
ブロッコリーだった。
出た。
絶対、朝からどこかで見ていた顔だ。
「見た目は売り場の大切な要素だ。昨日までの君たちは、味と対応力では成長を見せた。けれど、商品には印象が必要だ」
朝から正論で胃もたれする。
「本日の課題は、装飾と物語性。昼咲月見草をどう使うか、見せてもらおう」
物語性。
花を飾るだけでも駄目らしい。
俺は筆談板に書いた。
『ただの花では?』
ブロッコリーは穏やかに笑った。
「ただの花を、ただの花で終わらせないのが売り場づくりだよ」
腹立つ。
言っていることは全部正しい。
「おれ、一番根に花冠つくる!」
ウリ坊が両手を挙げた。
「いえ、屋台装飾に使うべきですわ」
エシャロットちゃんが即座に言った。
「淡い桃色は、揚げ色と味噌色ばかりの当店に足りない可憐さを補ってくれますもの」
「鉢ごと屋台前に置くのもありじゃない?」
野蒜ちゃんまで乗ってきた。
「道端の根性花って感じで、一番根と相性いいし」
三方向から案が来た。
ウリ坊は花冠。
エシャロットちゃんは屋台装飾。
野蒜ちゃんは鉢植え。
全員、目が本気だった。
俺は筆談板に書いた。
『争わないでください』
「争ってませんわ」
「作戦会議よ」
「一番根、花冠いる?」
争っている。
完全に争っている。
昼咲月見草争奪戦が、始まってしまった。
まず動いたのはウリ坊だった。
砂利道の脇にしゃがみ込み、落ちていた花と、雨で倒れかけていた茎だけをそっと集め始める。
小さな手で、潰さないように。
泥がつかないように。
花びらが破れないように。
反則。
今日の反則、早すぎる。
「根っこから抜いちゃ駄目よ」
野蒜ちゃんが言った。
「花がかわいそうですものね」
エシャロットちゃんも頷く。
ウリ坊は真剣な顔で頷いた。
「落ちてるやつで作る!」
えらい。
かわいい。
こんなの、応援するしかない。
だが、エシャロットちゃんも負けていなかった。
屋台へ戻ると、紙袋を三種類ほど並べ、昼咲月見草の色と見比べ始める。
「白では清楚すぎます。茶色では沈みます。生成りに薄桃の印を押しましょう」
仕事が早い。
昨日まで味噌と油と根性だけで成り立っていた俺たちの屋台に、急にブランド感が出ようとしている。
一方、野蒜ちゃんはオーク農家を呼んでいた。
「このへんの土、少しだけ木箱に移せる? 花を生かしたまま飾りたいのよ」
「根を傷つけなきゃいけるな」
オーク農家が頷いた。
農家、頼れる。
花屋ではなく農家として頼れるのが、妙に強い。
やがて、ウリ坊の花冠が完成した。
冠というより、葉の根元にそっと添える小さな花輪だった。
薄桃色の花びらが、俺の頭の葉のあたりで揺れる。
「できた!」
ウリ坊が笑った。
子どもたちがこちらを見た。
「一番根、かわいい!」
「ピンクだ!」
「花ついてる!」
「もう怖くない!」
最後。
最後の子、正直すぎる。
俺は筆談板に書いた。
『もともと怖くありません』
「怖くないよ!」
ウリ坊が即座に言った。
反則。
本日二回目。
花冠の効果は、はっきり出た。
子どもが寄ってくる。
親も笑う。
くるくるマンドラゴラを買う。
ついでに、じゅうじゅう一番根むすびも買う。
売れる。
花冠、売れる。
俺の尊厳と引き換えに。
次はエシャロットちゃんの番だった。
看板の端に、小さな昼咲月見草の絵が添えられる。
紙袋にも薄桃色の印。
受け渡し口には、花色に合わせた布。
昨日までの屋台は、うまそうではあった。
でも、茶色かった。
今日は違う。
かわいい。
腹立つほど、かわいい。
「見た目の親しみやすさが上がりましたわ」
エシャロットちゃんは満足そうに微笑んだ。
「これなら、初めてのお客さまも近づきやすいはずです」
実際、近づいてきた。
「この花かわいい」
「何の花?」
「昼咲月見草っていうの?」
「マンドラゴラと関係あるの?」
最後の質問に、俺は筆談板を掲げた。
『今日からあります』
雑。
だが、客は笑った。
笑ったまま、買ってくれた。
強い。
雑な物語性、意外と強い。
そして、野蒜ちゃんの鉢植え作戦。
オーク農家が、昼咲月見草を周りの土ごと木箱に移した。
抜かず、摘まず、根を生かしたまま。
屋台の前に置くと、砂利道の端がそのまま小さな庭になったみたいだった。
「これで、道端から屋台に引っ越し」
野蒜ちゃんが言った。
「売り物じゃなくて、一緒に客を呼ぶ仲間ね」
仲間。
花を仲間扱い。
でも、悪くなかった。
昼咲月見草は、木箱の中で揺れている。
小さくて淡いのに、ちゃんと根を張っている。
風が吹いても、倒れない。
俺は筆談板に書いた。
『根性花』
「それ、採用」
野蒜ちゃんが笑った。
エシャロットちゃんが即座に札を書いた。
道端育ちの根性花と一緒に販売中
待て。
俺と花、どっちが主役だ。
だが、客は増えた。
昼咲月見草の前で足を止める。
花を見る。
花冠をつけた俺を見る。
笑う。
くるくるを買う。
完全に導線になっている。
ブロッコリーが、健康そうに頷いた。
「面白いね。花を摘み取って消費するのではなく、生かしたまま売り場に組み込んだ。君たちらしい」
褒めるな。
怖いから。
「花冠はマスコット性。紙袋はブランド性。鉢植えは物語性。三案とも機能している」
分析が正確すぎる。
やめろ。
俺たちが賢く見えてしまう。
その時、甘い香りが広場に流れた。
濃い。
強い。
主張が激しい。
薔薇だった。
真っ赤な薔薇が、花卉勢の女王みたいな顔で歩いてくる。
「道端の花で勝負だなんて、ずいぶん素朴ね」
声は聞こえない。
でも、絶対そう言っている顔だった。
後ろにはチューリップ、パンジー、菜の花。
さらに、なぜかサボテン。
花卉勢、今日も濃い。
「華やかさなら、私たちの領分よ」
そう言っている顔で、薔薇が花弁を揺らした。
エシャロットちゃんが、一歩前に出る。
「華やかすぎる花は、料理の香りを邪魔しますわ」
強い。
「昼咲月見草は控えめです。けれど、明るく、親しみやすく、道端でも咲く強さがある。マンドラゴラさんの今の売り場には、こちらの方が合います」
野蒜ちゃんも続けた。
「薔薇はすごいけどさ。くるくるマンドラゴラの横にいたら、主張強すぎんのよ」
ウリ坊も両手を広げた。
「一番根には、こっちがいい!」
理由は?
「かわいいから!」
最強。
理屈を焼き払う、かわいいの一撃。
薔薇が黙った。
効いている。
客たちも、花冠の俺を見て笑っていた。
「たしかに似合う」
「素朴でかわいい」
「この花、うちにも咲いてるかも」
「子どもが好きそう」
「くるくる一つください」
最後の人、ありがとう。
売上は伸びた。
くるくるマンドラゴラ。
じゅうじゅう一番根むすび。
雨の日限定だったはずの味噌おやきも、なぜか少し売れた。
昼咲月見草の薄桃色が、茶色い料理を救っている。
見た目、大事。
俺は今日、嫌というほど学んだ。
夕方。
昼咲月見草は、まだ咲いていた。
薔薇のように香らない。
カリフラワー先輩のように白くもない。
ブロッコリーのように健康そうでもない。
でも、道端に咲いているだけで、人の足を止めた。
小さくて、淡くて、かわいくて、強い。
少し悔しいくらい、いい花だった。
「今日の課題は合格だね」
ブロッコリーが言った。
合格。
久しぶりに、まともな評価をもらった気がする。
「君は、自分の怖さを隠すだけではなく、別の印象で包むことを覚えた。これは大きい」
怖さを隠す。
別の印象で包む。
言われてみれば、そうなのかもしれない。
俺は叫ぶ根菜だ。
抜かれると危険だ。
味も少し苦い。
香りも薬っぽい。
見た目も怖い。
でも、花を添えたら、子どもが笑った。
紙袋を変えたら、親が近づいた。
根を生かした花箱を置いたら、屋台に物語ができた。
食卓に入るには、味だけでは足りない。
怖さを、どう受け取ってもらうか。
そこまで含めて、野菜なのだ。
たぶん。
俺は筆談板に書いた。
『昼咲月見草、強い』
ウリ坊が、花冠をそっと直してくれた。
「一番根も強いよ」
反則。
本日最後の反則。
高麗人参が、遠くで悔しそうにこちらを見ている。
しいたけ部長も、笠を少し傾けている。
タラの芽も、棘を震わせている。
薔薇も、何やらこちらを気にしている。
悔しそうな相手が、また増えた。
良い日だ。
ただし。
エシャロットちゃんが、そっと書きかけていた新商品名。
ぴんく一番根
これは駄目だ。
俺は筆談板に力強く書いた。
『その名前は禁止』
エシャロットちゃんは、何食わぬ顔で札を裏返した。
危なかった。
春の収穫祭は、花が咲いても油断ならない。
明日で春の収穫祭もおしまい⭐️
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