第11話 祭りの最終日、ついに俺に立った白羽フラグ!?
春の収穫祭、最終日。
広場は朝から、昨日までとは違う熱気に包まれていた。
くるくるマンドラゴラ。
マンドラゴラ味噌おやき。
じゅうじゅう一番根むすび。
昼咲月見草つき根性花屋台。
ここ数日で、俺たちの屋台はだいぶ様子がおかしくなっていた。
最初は、食べられるかどうかすら怪しかった。
悲鳴で農家を殺す危険根菜。
ビーツの代わりにボルシチへ沈められた、土臭い薬っぽい何か。
それが今では、子どもが列に並び、親が紙袋を手に取り、おばあさんが酒のつまみに買っていく。
成長である。
たぶん。
いや、絶対そうだ。
「一番根、花冠曲がってる」
ウリ坊が俺の頭の葉のあたりを直してくれた。
今日も昼咲月見草の花冠つきである。
不本意。
だが、売れる。
売れるなら仕方ない。
指定野菜への道は、時に根菜の尊厳を要求する。
「最終日だから、気合い入れていくわよ」
野蒜ちゃんが包丁を肩に担いだ。
「くるくる用の下処理、朝の分は終わってますわ」
エシャロットちゃんが、薄桃色の印入り紙袋を並べる。
オーク農家は鉄板と揚げ鍋を同時に見ていた。
ウリ坊は取っ手を回す気満々で、すでに腕をぐるぐる回している。
俺は筆談板を握った。
『今日こそカリフラワー先輩に勝つ』
「まだ言ってる」
野蒜ちゃんが笑った。
言う。
言うに決まっている。
俺は指定野菜になるのだ。
カリフラワーにできたんだから、俺にもできるはず。
それが俺の根菜人生の出発点なのだから。
広場の向こうでは、カリフラワー先輩の屋台も準備を終えていた。
白いポタージュ。
ひとくちフリット。
カリフラワーライスのおむすび。
そして、なぜか今日は白い小花まで添えられている。
強い。
白い先輩、最終日まで強い。
高麗人参は高級感をさらに増していた。
高麗人参はちみつスティック・収穫祭限定箱入り
箱入り。
ずるい。
高級根菜、包装で殴ってきた。
しいたけ部長は、きのこ勢の屋台で焼かれていた。
いや、本人なのか同族なのか分からないが、香りは相変わらず強い。
タラの芽は、山菜天ぷらの奥で棘を震わせている。
薔薇は花卉勢を従え、なぜか今日もこちらを見ていた。
ロマネスコ先輩は、くるくるマンドラゴラの螺旋角度を測るための小さな定規を持っている。
やめろ。
味を見ろ。
そして、中央の審査席にはブロッコリー。
健康そうな顔で、全部を見ている。
黒幕である。
色は緑だけど。
「最終日だね、マンドラゴラ君」
ブロッコリーが言った。
来た。
今日の課題だ。
俺は筆談板を構える。
『条件は?』
「今日は条件を出さない」
え。
出さないのか。
逆に怖い。
「収穫祭の最終日は、これまで積み上げたものの総合評価だ。晴れの日、雨の日、雨上がり、見た目、危機対応、子ども人気、家庭料理への応用」
ブロッコリーは、穏やかに葉を揺らした。
「君たちがどこまで食卓に近づいたのか、見せてもらうよ」
重い。
条件がない方が重い。
だが、やるしかない。
開店と同時に、列ができた。
「くるくる二本!」
「おやきください」
「昨日の味噌おむすび、まだある?」
「花冠の一番根、写真撮っていい?」
「怖くないマンドラゴラください!」
最後の注文、商品名みたいに言うな。
俺は筆談板を掲げる。
『怖くありません』
子どもたちが笑う。
売れる。
揚げる。
焼く。
包む。
渡す。
また売れる。
くるくるマンドラゴラは、ぱりぱり。
味噌おやきは、ほかほか。
じゅうじゅう一番根むすびは、香ばしい。
昼咲月見草の花箱は、屋台の前で控えめに揺れている。
強い。
今日の俺たちは、かなり強い。
高麗人参が悔しそうにこちらを見ている。
しいたけ部長も、少しこちらを見ている。
タラの芽は、もう隠す気もなく睨んでいる。
薔薇は、花弁を震わせている。
悔しそうな相手が多い。
良い最終日だ。
そう思った、その時だった。
ひゅん。
空気を切る音がした。
次の瞬間、白い羽根のついた一本の矢が、俺たちの屋台の看板に突き刺さった。
かつん。
広場が静まり返る。
俺も固まった。
白羽の矢。
比喩ではない。
本当に白い羽根の矢だった。
しかも、看板の文字のすぐ横。
くるくるマンドラゴラ
じゅうじゅう一番根むすび
道端育ちの根性花と一緒に販売中
その真ん中に、堂々と刺さっている。
やめろ。
食品屋台に矢を射るな。
ウリ坊が目を輝かせた。
「一番根、選ばれた!」
早い。
判断が早い。
野蒜ちゃんの顔が引き締まる。
エシャロットちゃんが、矢に結ばれていた小さな札を読んだ。
「……指定野菜審査会からですわ」
指定野菜。
その言葉を聞いた瞬間、俺の根が震えた。
ついに。
ついに来たのか。
俺は筆談板を握りしめた。
『指定野菜ですか』
エシャロットちゃんは、札の続きを読み上げる。
「春の収穫祭における実演販売、消費者反応、調理適性、危機対応、物語性を評価し、当該品目を――」
来る。
来るぞ。
俺の時代が。
「――試験流通候補として推薦するものとする」
試験流通。
指定野菜ではなかった。
俺は筆談板を落としかけた。
いや。
落ち込むな。
試験流通候補。
すごい。
かなりすごい。
でも、指定野菜ではない。
根菜心が複雑に揺れた。
「一番根、すごい!」
ウリ坊が飛びついてきた。
反則。
今日も反則。
「まだ指定野菜じゃないけどね」
野蒜ちゃんが言う。
「でも、白羽の矢が立ったのは本当よ」
エシャロットちゃんが、矢の札を丁寧に外した。
「試験流通ということは、収穫祭の外でも売れるかを見る段階ですわ。家庭、給食、食堂、保存、輸送、価格、下処理。ここからが本番です」
本番。
ここまで全部前座だったのか。
ボルシチに沈んだ同族。
カリフラワー先輩との朝市勝負。
ロマネスコ先輩の螺旋講義。
くるくる削り機。
カマドウマ。
ナメちゃん。
しいたけ部長。
昼咲月見草。
これら全部が前座。
指定野菜への道、遠すぎる。
ブロッコリーが、審査席から歩いてきた。
いつもの健康そうな笑顔。
だが、今日は少しだけ違った。
黒幕というより、審査員の顔だった。
「おめでとう、マンドラゴラ君」
褒めるな。
怖い。
でも、今回は少しだけ嬉しい。
「君はまだ指定野菜ではない。安定供給、安全な下処理、家庭での扱いやすさ、そして何より、日常的に食べたいと思われるだけの信頼が必要だ」
分かっている。
分かっているけど、重い。
「けれど、君は収穫祭で証明した。怖いだけの根菜ではないと。調理法次第で、売り場に立てると。子どもが笑って手に取る可能性があると」
ブロッコリーは、白羽の矢が刺さった看板を見た。
「だから、白羽の矢が立った」
その言い方。
悔しいが、少しかっこいい。
カリフラワー先輩が近づいてきた。
「おめでとう」
白い先輩は、素直に微笑んでいた。
「ここから先は大変よ。でも、あなたならできると思う」
ぐさり。
優しい正論。
これは刺さる。
俺は筆談板に書いた。
『いつか成り代わります』
カリフラワー先輩は、少し困ったように笑った。
「隣でもいいのに」
『いつかです』
「ええ。待ってるわ」
強い。
白い先輩、最後まで強い。
高麗人参が、木箱の中からこちらを見ていた。
悔しそうだった。
いつもより、かなり悔しそうだった。
「試験流通か。薬効根菜の領分に踏み込むつもりなら、覚悟しておけ」
声は聞こえない。
でも、絶対そう言っている顔だった。
俺は筆談板に書いた。
『高麗人参はちみつスティック、少し美味しそうでした』
高麗人参の根が、びくりと震えた。
効いた。
変な方向に効いた。
しいたけ部長は、静かに笠を揺らした。
タラの芽は、悔しそうに棘を震わせた。
薔薇は、昼咲月見草の花箱をちらりと見て、何も言わなかった。
ロマネスコ先輩は、白羽の矢の角度を測っていた。
やめろ。
今それいる?
広場に拍手が起こった。
最初に叩いたのはウリ坊だった。
それに、子どもたちが続く。
親たちも。
オーク農家たちも。
花卉勢も、山菜勢も、きのこ勢も、たぶん少しだけ。
俺は拍手を浴びた。
マンドラゴラとして。
指定野菜ではない。
まだ、ただの試験流通候補。
でも、白羽の矢は立った。
祭りの最終日。
俺は、初めて本当に、食卓への道の入口に立ったのだ。
たぶん。
いや、絶対。
「一番根、泣いてる?」
ウリ坊が覗き込んできた。
泣いてない。
マンドラゴラが泣くと何が起こるか分からないので、泣いてない。
俺は筆談板に書いた。
『泣いてません』
「でも、うれしい?」
『うれしい』
書いた瞬間、ウリ坊が笑った。
反則。
最終日まで反則。
夕方。
収穫祭は終わった。
くるくるマンドラゴラは完売。
味噌おやきも完売。
じゅうじゅう一番根むすびも完売。
昼咲月見草の花箱は、屋台の横でまだ小さく揺れていた。
白羽の矢は、看板から抜かれ、俺の隣に置かれた。
指定野菜ではない。
でも、始まりの矢だ。
俺は筆談板に、今日最後の言葉を書いた。
『カリフラワーにできたんだ』
少し迷って、続きを書く。
『俺にも、きっとできる』
ウリ坊が、横から覗き込んで言った。
「一番根ならできる!」
野蒜ちゃんが笑った。
「まずは試験流通ね」
エシャロットちゃんが、札を一枚書き足した。
白羽の矢が立ちました
試験流通候補です
これからもよろしくお願いします
まとも。
珍しくまともな札だ。
俺は安心した。
だが、その下に、もう一枚小さな札があった。
白羽マンドラゴラ
これは駄目だ。
完全に駄目だ。
俺は筆談板を力強く掲げた。
『その名前は禁止』
エシャロットちゃんは、何食わぬ顔で札を裏返した。
危なかった。
春の収穫祭は終わっても、商品名だけは油断ならない。




