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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第二章

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12/41

第12話 見参⭐️ほねほねコボルト! 箱詰めから始まる流通試験

 指定野菜への道は、収穫祭の拍手で終わらない。


 むしろ、そこからが本番である。


 試験流通。


 その言葉を聞いた時、俺は正直、もう少し華やかなものを想像していた。


 町の市場に並ぶ。

 お客さまが手に取る。

 子どもが笑う。

 高麗人参が悔しそうにこちらを見る。

 カリフラワー先輩が白く微笑む。

 ブロッコリーが健康そうに腹黒いことを言う。


 そんな感じだ。


 だが、現実は違った。


「まずは箱詰めだ」


 オーク農家が言った。


 箱詰め。


 俺は目の前に積まれた木箱を見た。


 頑丈そうな箱である。


 内側には藁。

 湿らせた布。

 揺れ止めの仕切り。

 そして、なぜか小さな耳当て。


 木箱の中に耳当て。


 不穏。


「試験流通って、出荷できるかどうかを見るのよ」


 野蒜ちゃんが腕を組む。


「畑で元気、屋台で人気。そこまではよかった。でも、流通に乗せた瞬間に叫んだり暴れたりしたら終わり」


 終わるな。


「市場に着く前に御者が倒れたら、指定野菜どころではございませんもの」


 エシャロットちゃんが、さらりと怖いことを言った。


 確かに。


 マンドラゴラは、抜かれると叫ぶ。

 怖がると叫ぶ。

 油断すると泣きそうになる。

 泣いた場合、何が起こるのかはまだ不明。


 そんな根菜を箱詰めして馬車で運ぶ。


 普通に考えて、危険物輸送である。


 俺は筆談板に書いた。


『試験流通というより危険物検査では?』


「似たようなものね」


 野蒜ちゃんが言った。


 否定してほしかった。


 間引きマンドラゴラたちが、木箱の前に並んでいる。


 試験流通用。

 加工用。

 生食不可。

 くるくる向き。

 味噌おやき向き。


 札が増えている。


 野菜というより、冒険者の職業分けみたいになっていた。


 そのうちの一本が、いつものように親指を立てた。


 またか。


 お前たち、出荷にも覚悟を決めるのか。


 根菜の覚悟、今日も重い。


「一番根」


 ウリ坊が、俺のそばにしゃがみ込んだ。


「箱、こわい?」


 俺は筆談板に書いた。


『怖くありません』


 嘘である。


 正直、ちょっと怖い。


 なにせ、木箱に入れられるというのは、野菜としてはかなり終盤の景色だからだ。


 畑から出され、洗われ、選別され、箱詰めされ、売り場へ向かう。


 その先にあるのは食卓。


 つまり、食べられる未来。


 指定野菜を目指しているのだから当然なのだが、いざ箱を前にすると、根の奥がひやっとする。


 俺は何になろうとしているのだろう。


 その時だった。


 からん。


 乾いた音がした。


 からん、からん。


 広場の端から、誰かが歩いてくる。


 いや、歩いているというより、鳴っている。


 骨みたいな音だ。


「来たか」


 オーク農家が言った。


「今日の検査官だ」


 検査官。


 俺はそちらを見た。


 小柄な影だった。


 背丈はウリ坊より少し高いくらい。

 耳は犬みたいに尖っている。

 細い尻尾。

 腰には小さな帳面。

 肩からは、配送ギルドらしき鞄。


 そして、とにかく細い。


 細いというより、骨である。


 頬はこけ、肋骨みたいな模様の革鎧を着て、歩くたびにからんからん鳴る。


 コボルトだった。


 ただし、ほねほねだった。


「ほねほねコボルトのホネ丸だ」


 オーク農家が紹介した。


 名前までほねだった。


 ホネ丸は、こちらをじろりと見た。


「試験流通候補のマンドラゴラというのは、お前か」


 声は聞こえない。


 でも、絶対そう言っている顔だった。


 いや、今回は本当に聞こえた。


 低く、乾いた声。


 骨を叩いたみたいな声だ。


「俺がホネ丸。配送ギルドの荷傷み検査官だ。野菜を見る目には骨がある」


 野菜を見る目に骨。


 早速よく分からない。


 俺は筆談板に書いた。


『よろしくお願いします』


 ホネ丸は、俺の筆談板を見て、うむ、と頷いた。


「声を出さない判断、よし。輸送向きだ」


 いきなり評価された。


 うれしいような、そうでもないような。


「本日の検査は三つ」


 ホネ丸は帳面を開いた。


「一つ、箱詰め時に叫ばないこと」


 重い。


「二つ、揺れに耐えること」


 重い。


「三つ、市場到着時に商品としての見た目を保っていること」


 全部重い。


 特に三つ目。


 マンドラゴラは人型である。

 揺れて根っこが絡んだら、見た目が事故になる可能性がある。


「まずは箱詰めだ」


 ホネ丸は、木箱を指差した。


「入れ」


 直球。


 俺は筆談板を握った。


『俺がですか?』


「代表だからな」


 代表。


 一番根。


 そういうことらしい。


 ウリ坊が心配そうに俺を見る。


「一番根、だいじょうぶ?」


『大丈夫』


 書いた。


 書いてしまった。


 なら、やるしかない。


 俺は木箱の前に立った。


 内側には、湿らせた藁と柔らかい布。

 思っていたより悪くない。

 むしろ、ちょっと寝心地がよさそうだ。


 いや、何を思っている。


 これは箱詰めだ。


 寝床ではない。


 俺がそろそろと木箱に入ると、エシャロットちゃんが布を整えてくれた。


「怖くありませんわ。これは出荷ではなく、試験です」


 出荷ではない。


 試験。


 たぶん大事。


 野蒜ちゃんが、木箱の縁を叩く。


「嫌ならすぐ止めるから」


 ウリ坊は、俺の葉っぱの端をそっと撫でた。


「一番根、がんばれ」


 反則。


 今日も反則。


 俺は筆談板を掲げた。


『ふたを閉めてください』


 ホネ丸が頷いた。


 木箱のふたが、ゆっくり閉まる。


 暗くなる。


 狭い。


 湿った藁の匂い。

 木の匂い。

 自分の土っぽい匂い。


 思ったより、平気だった。


 いや。


 平気ではない。


 根の奥がぞわぞわする。


 抜かれた時の記憶。

 鍋に沈んだ同族。

 くるくる削り機。

 味噌おやき。


 いろいろなものが頭をよぎる。


 叫びそうになる。


 だが、叫んだら終わりだ。


 俺は指定野菜を目指している。


 箱詰めくらいで叫ぶ根菜が、食卓に入れるものか。


 俺は、木箱の中で小さく息を吸った。


 声は出さない。


 代わりに、筆談板を箱の中で胸に抱く。


 書けないけど。


 気持ちだけ。


 外で、ホネ丸の声がした。


「一分経過。叫びなし」


 当然だ。


「三分経過。暴れなし」


 当然だ。


「五分経過。根の震え、ややあり」


 見るな。


 いや、検査だから見るのか。


 ふたが開いた。


 光が差し込む。


 ウリ坊の顔が覗き込んできた。


「一番根、生きてる!」


 生きてる。


 出荷検査の第一声としてどうなんだ。


 俺は筆談板に書いた。


『合格ですか』


 ホネ丸は帳面に何か書き込んだ。


「箱詰め耐性、仮合格」


 仮。


 まだ仮。


 喜びかけた根が、少ししおれた。


「次は揺れだ」


 ホネ丸が言った。


 嫌な予感がした。


 木箱ごと、小さな荷車に乗せられる。


 荷車の前には、ウリ坊。


「おれ、押す!」


 かわいい。


 だが、危険。


 オーク農家が手を添えた。


「ゆっくりな」


「うん!」


 絶対ゆっくりじゃない返事だ。


 荷車が動いた。


 がたん。


 思ったより揺れた。


 がたがた。


 かなり揺れる。


 木箱の中で、俺の根が布に押し付けられる。


 藁は柔らかい。

 だが、揺れは消えない。


 がたん。


 ぐらり。


 あ、まずい。


 これは、酔う。


 根菜なのに酔う。


 箱の中で、俺は必死に踏ん張った。


 踏ん張るといっても、根だ。

 どこまでが足で、どこまでが根なのか、最近よく分からなくなってきた。


 外からウリ坊の声。


「一番根、だいじょうぶ?」


 大丈夫。


 たぶん。


 だが、間引きマンドラゴラたちはどうだ。


 俺でこれなら、小さいやつらはもっときつい。


 このままでは、輸送中に叫ぶ。


 叫べば御者が倒れる。

 馬車が止まる。

 商品が届かない。

 試験流通終了。


 だめだ。


 何か考えろ。


 揺れを減らす。

 怖さを減らす。

 箱の中で身体が動きすぎないようにする。

 でも、押さえつけすぎると怖い。


 なら。


 木箱が止まったところで、ふたが開いた。


 俺は、すぐに筆談板を掲げた。


『仕切りを増やしてください』


 ホネ丸が目を細める。


「仕切り?」


『根を固定するのではなく、寄りかかれる壁を増やします。布を丸めて、体の横に置く。揺れた時にぶつかるのではなく、最初から支えられている状態にします』


 エシャロットちゃんが、すぐに頷いた。


「抱き枕方式ですわね」


 抱き枕。


 急にかわいい言葉が来た。


「いいじゃん」


 野蒜ちゃんが布を丸める。


「怖くないし、押さえつけでもない」


 オーク農家も頷いた。


「荷傷み防止にもなるな」


 ホネ丸は帳面に書いた。


「改善提案あり。現場適応力、加点」


 加点。


 うれしい。


 だが、まだ終わっていない。


 次は間引き根たちで試す。


 箱の中に、一本ずつ。


 丸めた布を左右に。

 足元には湿った藁。

 頭の葉には少しだけ空間。


 ウリ坊が箱の外から声をかける。


「こわくないよー。ゆれるだけだよー」


 反則。


 根菜の輸送に、子守りが入っている。


 荷車が動く。


 がたん。


 間引き根たちは、叫ばなかった。


 小さく震えた。

 でも、叫ばなかった。


 ホネ丸が、帳面に大きく丸をつける。


「揺れ耐性、改善後合格」


 やった。


 試験流通、一歩前進。


 その瞬間だった。


 からん。


 ホネ丸の身体が、妙な音を立てた。


 彼が、ぐらりと揺れる。


「ホネ丸?」


 オーク農家が声をかける。


 ホネ丸は、慌てて背筋を伸ばした。


「問題ない。少し、腹が鳴っただけだ」


 腹。


 今の音、腹なのか。


 骨みたいな音だったが。


 ウリ坊が心配そうに近づく。


「おなかすいた?」


「検査官は空腹に負けない」


 負けそうな声だった。


 野蒜ちゃんが、じゅうじゅう一番根むすびの残りを差し出す。


「食べる?」


 ホネ丸は、じっとそれを見た。


 ものすごく見た。


 そして言った。


「検査のため、味を確認する」


 素直に食べたいと言え。


 ホネ丸は、小さなおむすびを受け取ると、かじった。


 からん。


 なぜか骨みたいな音がした。


 もぐ。


 目が少し見開かれる。


「……骨がある味だ」


 褒めているのか?


 たぶん褒めている。


「味噌の香ばしさ、根の苦味、米の甘み。腹に残る。輸送後の市場飯としても悪くない」


 急に詳しい。


 検査官っぽい。


「これは、売れる」


 ホネ丸は小さく頷いた。


 その一言で、ウリ坊が跳ねた。


「一番根、売れるって!」


 反則。


 今日の反則は、試験中でも容赦ない。


 最後の検査は、到着時の見た目だった。


 木箱を開ける。


 間引き根たちは、少し藁まみれだったが、潰れていない。

 葉も折れていない。

 根も絡まっていない。


 商品として、見られる。


 いや、もともと見た目は怖い。


 そこは置いておく。


 ホネ丸は、帳面を閉じた。


「試験輸送第一段階、合格」


 合格。


 今度は仮ではない。


 俺は筆談板を握った。


『やった』


 ウリ坊が両手を挙げた。


「やった!」


 野蒜ちゃんが笑う。


「これで市場まで運べるわね」


 エシャロットちゃんも頷く。


「次は店頭での棚持ち、家庭での保存、下処理説明書ですわ」


 次。


 また次。


 指定野菜への道は、本当に遠い。


 だが、今日は進んだ。


 箱に入れた。

 揺れに耐えた。

 見た目も保てた。

 ホネ丸にも認められた。


 ほねほねコボルトは、俺の前に立つと、真剣な顔で言った。


「マンドラゴラ」


 はい。


「お前には、骨がある」


 野菜に骨はない。


 だが、今回は悪い気がしなかった。


 俺は筆談板に書いた。


『ありがとうございます』


 ホネ丸は、からんと音を立てて頷いた。


「次の輸送では、もっと揺れる道を通る」


 やめろ。


 良い話で終わらせろ。


「山道、石畳、橋、子どもの飛び出し、急な坂。流通とは、畑より過酷だ」


 重い。


 配送ギルド、修羅の国。


「だが、今日の改善なら見込みはある。次も見る」


 ホネ丸は、そう言って背を向けた。


 からん。

 からん。


 骨みたいな音を立てながら、彼は帰っていく。


 ウリ坊が手を振った。


「ホネ丸、またね!」


 ホネ丸は振り返らずに、片手だけ上げた。


 かっこいい。


 いや、ほねほねだけど。


 夕方。


 俺たちは、試験輸送合格の札を屋台に貼った。


 試験輸送第一段階、合格

 箱詰めできます

 揺れても叫びません


 最後、どうなんだ。


 でも大事な情報だ。


 高麗人参が、遠くで悔しそうにこちらを見ている。


 箱入り高級根菜様としては、輸送合格は見過ごせないらしい。


 良い。


 かなり良い。


 俺は筆談板に書いた。


『指定野菜への道、第二章開始』


 エシャロットちゃんが、隣に小さな札を置いた。


 ほねほねマンドラゴラ便


 駄目だ。


 完全に駄目だ。


 俺は即座に筆談板を掲げた。


『その名前は禁止』


 エシャロットちゃんは、何食わぬ顔で札を裏返した。


 危なかった。


 第二章になっても、商品名だけは油断ならない。

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