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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第二章

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13/41

第13話 ほねほねコボルト便、初出荷 揺れ荷馬車で叫ばなかった俺、有能根菜として配送ギルドに目をつけられる

試験輸送第一段階に合格した翌朝。


 俺は、木箱の前で腕を組んでいた。


 マンドラゴラとして。


 根菜として。


 そして、昨日からなぜか配送ギルドに「骨がある」と評された試験流通候補として。


 木箱には、昨夜エシャロットちゃんが丁寧な字で札を貼っていた。


 試験流通用マンドラゴラ

 揺れても叫びません

 湿度管理中

 やさしく運んでください


 最後は良い。


 大事だ。


 問題は二つ目である。


 揺れても叫びません。


 俺たちは野菜なのか、爆発物なのか。


「おはよう、マンドラゴラ」


 からん。


 からん。


 骨の鳴る音とともに、ほねほねコボルトのホネ丸が現れた。


 今日も細い。


 今日も骨っぽい。


 今日も妙に仕事ができそうな顔をしている。


 腰には帳面。

 背には配送ギルドの鞄。

 手には小さな旗。


 旗には、こう書いてあった。


 ほねほねコボルト便


 駄目だ。


 やっぱり正式名称になっている。


 俺は筆談板に書いた。


『その名前、採用されたんですか』


「仮称だ」


 ホネ丸は真顔で言った。


「評判が良ければ本採用になる」


『やめた方がいいと思います』


「なぜだ。覚えやすい」


 そういう問題ではない。


 配送中に骨の音が鳴るコボルト便。


 覚えやすいのは間違いない。


 ただし、縁起がいいかどうかは別問題だ。


「今日の検査は、実地輸送だ」


 ホネ丸が帳面を開く。


「畑から町の市場まで、荷馬車で運ぶ。距離は短いが、道は悪い。石、坂、水たまり、急停止、子どもの飛び出し、犬、鳩、屋台の呼び込み、すべて想定内だ」


 想定内の範囲が広すぎる。


 俺は筆談板に書いた。


『犬と鳩もですか』


「配送の敵だ」


 ホネ丸は即答した。


 配送ギルド、苦労している。


 荷馬車は、思っていたより大きかった。


 木製の荷台。

 鉄で補強された車輪。

 横には頑丈な縄。

 上には雨よけの布。


 そして荷台には、すでに先客がいた。


 ジャガイモ。

 玉ねぎ。

 キャベツ。

 大根。

 かぼちゃ。


 野菜界の実力者たちである。


 特にジャガイモの箱は、堂々としていた。


 山のように積まれたジャガイモたちが、いかにも流通慣れした顔でこちらを見ている。


「新入りか」


 声は聞こえない。


 でも、絶対そう言っている顔だった。


 ジャガイモ先輩。


 強い。


 常温保存、輸送耐性、料理汎用性、満腹感。


 指定野菜界の大先輩みたいな顔をしている。


「お前、揺れても叫ばないらしいな」


 言っている顔だった。


 やめろ。


 その札を見るな。


 キャベツは、丸かった。


 どっしりしていた。


 何も言わないが、いるだけで安定感がある。


 玉ねぎは網袋の中で、少しだけ偉そうにしている。


 大根は長い。


 かぼちゃは硬そう。


 みんな輸送に慣れている。


 俺だけが、湿らせた藁と抱き枕布つきの専用箱。


 箱入り根菜。


 高麗人参に見られたら、一生鼻で笑われそうだ。


「一番根、いってらっしゃい!」


 ウリ坊が荷台の横で手を振った。


 朝から反則である。


 野蒜ちゃんは腕を組んでいる。


「途中で叫びそうになったら、深呼吸ね」


 叫びそうになった時点でかなり危ないのでは。


 エシャロットちゃんは、俺の箱の札をもう一度確認した。


「市場に着いたら、まず見た目の確認。それから店頭で一時間。無事に並べば、第二段階合格ですわ」


 店頭で一時間。


 置かれる。


 客に見られる。


 手に取られるかもしれない。


 緊張する。


 俺は指定野菜になりたい。


 だが、実際に売り場へ行くとなると、根の奥がぞわぞわする。


 食卓が近い。


 近すぎる。


「怖いか」


 ホネ丸が聞いた。


 俺は筆談板に書いた。


『少し』


「正直でよし」


 ホネ丸は頷いた。


「怖くない荷物は、逆に危ない。怖さを知っている荷物は、暴れない」


 荷物。


 俺、荷物扱い。


 でも、言っていることは少し分かる。


 怖いからこそ、叫ばないよう気をつける。


 怖いからこそ、箱の中で暴れない。


 怖いからこそ、食卓に近づける。


 根菜として、かなり複雑だ。


「出発」


 ホネ丸が旗を振った。


 荷馬車が動き出す。


 がたん。


 まず一揺れ。


 がたがた。


 二揺れ。


 ごとん。


 三揺れ目で、俺は悟った。


 昨日の荷車は、優しかった。


 荷馬車は違う。


 現実である。


 木箱の中で、俺の身体が丸め布に支えられる。


 昨日考えた抱き枕方式は、かなり効いている。


 効いてはいる。


 だが、揺れるものは揺れる。


 ジャガイモ先輩の箱が、隣でどっしりしている気配がした。


 強い。


 揺れても動じない。


 玉ねぎは少し転がっている。


 大根はたぶん長さで耐えている。


 かぼちゃは無言。


 キャベツは丸いのに転がらない。


 貫禄。


 俺も負けていられない。


 がたん。


 大きく跳ねた。


 俺の根が、布にめり込む。


 叫びそうになる。


 だが、叫ばない。


 俺は筆談板を胸に抱えた。


 書けないが、気持ちだけで叫ぶ。


 俺は揺れても叫ばない根菜。


 何だそれ。


 自分で思って、少し情けなくなった。


 荷馬車は坂道に入った。


 がらがらがら。


 揺れが速くなる。


 外からホネ丸の声。


「急坂。荷崩れ注意」


 注意されても、箱の中の俺に何ができる。


 その時。


 どすん。


 隣の箱が少しずれた。


 ジャガイモ先輩の箱だ。


 まさか。


 あのジャガイモ先輩が。


「新入り、支えろ」


 そう言っている顔が見えた気がした。


 いや、見えない。


 箱の中だから。


 でも、たぶん言っている。


 俺は根を伸ばした。


 箱の隙間から、細い根を一本だけ外へ出す。


 無理はしない。


 絡めるのではなく、そっと押さえる。


 ジャガイモ箱が、それ以上ずれるのを止める。


 がたがた。


 坂道が終わる。


 荷馬車が平らな道に戻った。


 ホネ丸が荷台を覗く。


「マンドラゴラ箱、根による横滑り防止を確認」


 見るな。


 いや、見てくれ。


 加点かもしれない。


 ホネ丸は帳面に書いた。


「自発的荷崩れ防止。加点」


 よし。


 ジャガイモ先輩の箱から、重い気配がした。


「やるな」


 そう言っている顔だった。


 見えないけど。


 少し嬉しい。


 次の敵は、水たまりだった。


 馬車の車輪が、ぬかるみに入る。


 ぐにゃ。


 嫌な沈み方。


 右に傾く。


 荷台が傾く。


 玉ねぎの網袋が、しゃらしゃら鳴る。


 大根が少し滑る。


 ウリ坊の声が遠くから聞こえた。


「一番根ー!」


 ついてきている。


 走っているのか。


 反則。


 危ないから離れていてほしい。


 だが、声が聞こえるだけで少し落ち着く。


 俺はまた根を伸ばした。


 今度は自分の箱の内側に。


 布と藁に軽く絡ませ、身体を固定する。


 押さえつけではない。


 自分で支える。


 怖くない。


 怖くない。


 怖くない。


 がたん。


 水たまりを抜けた。


 叫びなし。


 暴れなし。


 根の震え、あり。


 でも、大丈夫。


 ホネ丸の声。


「湿地通過。叫びなし。根の自己固定を確認。加点」


 加点が増えていく。


 うれしい。


 うれしいのだが、何の試験なのか分からなくなってきた。


 配送技能検定?


 マンドラゴラなのに?


 町の入口に差しかかった時、最大の敵が現れた。


 犬である。


 茶色い犬。


 中型。


 元気。


 馬車の横から、わんわん吠えながら走ってきた。


 犬。


 配送の敵。


 ホネ丸が言っていたやつだ。


 犬は、俺たちの荷馬車に興味津々だった。


 特に、俺の箱に。


 やめろ。


 近づくな。


 嗅ぐな。


 俺は根菜だが、骨ではない。


 ホネ丸は少し焦った。


「犬、接近」


 犬は俺の箱に鼻を寄せる。


 ふんふん。


 やめろ。


 木箱越しに匂いを嗅がれている。


 土。

 薬草。

 マンドラゴラ。

 湿った藁。

 少しの昼咲月見草。


 犬が、さらに興奮した。


 吠える。


 わん。


 わんわん。


 馬が少し怯える。


 荷台が揺れる。


 まずい。


 ここで馬が暴れたら終わる。


 俺は声を出せない。


 叫んだらもっと終わる。


 なら。


 俺は箱の隙間から、そっと細い根を出した。


 犬の鼻先に、湿った藁を一つ押し出す。


 犬が止まった。


 ふん。


 嗅いだ。


 さらに、俺は根を使って、昨日の昼咲月見草の花びらの欠片を一つ出した。


 犬はそれを嗅ぐ。


 くしゃみをした。


 わん、ではなく。


 くしゅん。


 子どもたちが笑った。


 犬は少し満足したのか、今度は馬車ではなく道端の匂いを嗅ぎ始めた。


 助かった。


 ホネ丸が、ものすごく真面目な声で言った。


「犬対応、非攻撃的誘導。大加点」


 大加点。


 ついに大がついた。


 俺は箱の中で胸を張った。


 根菜だけど。


 市場に着いた時、俺は少しだけぐったりしていた。


 輸送、きつい。


 畑で風に吹かれている方が楽だ。


 だが、木箱が開いた瞬間、空気が変わった。


 市場の匂い。


 野菜の匂い。

 果物の匂い。

 魚の匂い。

 人の声。

 足音。

 値札。

 箱。

 籠。

 並べられた食材たち。


 ここが、売り場。


 食卓へ向かう入口。


 俺は、木箱の中から外を見た。


 ジャガイモ先輩が、堂々と台に積まれている。

 玉ねぎは網袋のまま吊るされる。

 キャベツは丸く並ぶ。

 大根は白く長い。

 かぼちゃは重そうに鎮座している。


 みんな、売られることに慣れている。


 俺も、そこに並ぶ。


 並ぶのだ。


「一番根」


 ウリ坊が、息を切らして追いついてきた。


「ついた!」


 反則。


 市場まで走ってきたのか。


 俺は筆談板に書いた。


『危ないから走るな』


「うん!」


 絶対分かってない。


 エシャロットちゃんが、俺の前に小さな札を置いた。


 試験流通中

 マンドラゴラ

 揺れても叫びません

 調理例:くるくる・おやき・味噌むすび


 まとも。


 かなりまとも。


 ただし二行目以外、まだ少し物騒。


 市場の客が足を止める。


「マンドラゴラ?」

「本物?」

「叫ばないの?」

「食べられるの?」

「くるくるのやつだ!」


 最後の子、収穫祭に来ていたな。


 俺は筆談板を掲げた。


『叫びません』


 客が笑った。


 怖がられなかった。


 少なくとも、逃げられなかった。


 ホネ丸は帳面を閉じた。


「実地輸送、合格」


 合格。


 俺は、箱の中で少しだけ力が抜けた。


 運ばれた。


 叫ばなかった。


 荷崩れを防いだ。


 犬もやり過ごした。


 市場に並んだ。


 これは、かなり大きい。


 指定野菜への道は、また少し近づいた。


 たぶん。


 いや、絶対。


 その時、隣のジャガイモ先輩の箱から、重い気配がした。


「市場へようこそ、新入り」


 そう言っている顔だった。


 俺は筆談板に書いた。


『よろしくお願いします』


 ジャガイモ先輩は、何も言わない。


 だが、山積みの中の一個が、ころりとこちらへ転がってきた。


 歓迎。


 なのか。


 たぶん。


 ウリ坊が目を輝かせる。


「一番根、友だちできた!」


 友だち。


 ジャガイモと。


 悪くない。


 高麗人参がこの場にいないのが惜しい。


 きっと悔しそうに見ただろうに。


 ホネ丸が最後に言った。


「次は、棚持ち検査だ。市場で一日並び、しおれず、泣かず、叫ばず、客に触られても暴れないこと」


 重い。


 合格の余韻が一瞬で消えた。


「それと」


 ホネ丸は、旗を立てた。


 ほねほねコボルト便 試験協力中


 やめろ。


 市場で宣伝するな。


 エシャロットちゃんが、それを見て何か札を書き始めた。


 嫌な予感がした。


 そっと覗く。


 ほねほね直送マンドラゴラ


 駄目だ。


 完全に駄目だ。


 俺は即座に筆談板を掲げた。


『その名前は禁止』


 エシャロットちゃんは、何食わぬ顔で札を裏返した。


 危なかった。


 市場に着いても、商品名だけは油断ならない。

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