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マンドラゴラは指定野菜になりたい 〜カリフラワーにできたんだから俺にもできるはず。なお、ライバルは高麗人参です。〜  作者: ボルシチ食いたい
第一章

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第7話 春の収穫祭、山菜たちが本日の難敵です⭐️カマドウマを操るタラの芽あらわる!

 

 収穫祭当日。


 春の空は、腹立たしいくらい晴れていた。


 青い空。

 白い雲。

 色とりどりの屋台。

 焼きとうもろこしの匂い。

 揚げ物の匂い。

 味噌だれの匂い。

 どこかで焼かれている肉の匂い。


 そして、俺たちの屋台から漂う、土と薬草と油と塩の匂い。


 うん。


 やっぱり少し異物だな。


「胸張りなさい、一番根」


 野蒜ちゃんが言った。


「今日のあんたは、収穫祭の主役候補なんだから」


 候補。


 候補か。


 まだ主役じゃないあたり、野蒜ちゃんは意外と現実を見る。


 俺たちの屋台には、堂々と看板が掲げられていた。


 くるくるマンドラゴラ

 叫ばない下処理済み

 お子さまにも人気

 ちょっと元気になる味


 最後はやっぱり少し怪しい。


 だが、ウリ坊が「ちょっと元気になる!」と言い張ったので採用された。


 根拠はウリ坊の笑顔。


 根菜界のエビデンス、かなりかわいい。


「準備よろしいですわ」


 エシャロットちゃんが、きれいに紙袋を並べた。


 隣では、オーク農家が三台に増えたくるくる削り機を確認している。


 増えた。


 本当に増えた。


 しかも二号機と三号機には、悲鳴吸収用の布まで巻かれている。


 料理器具としての進化より、封印具としての完成度が上がっている気がする。


「おれ、まわす!」


 ウリ坊が両手を挙げた。


 かわいい。


 でも、今日は交代制だ。


 昨日の試作で、ウリ坊は興奮しすぎて三十分ずっと取っ手を回し続け、最後に自分もくるくる回って倒れた。


 食材より先に試食係が倒れるな。


「いい? 今日は売るわよ」


 野蒜ちゃんが言った。


「カリフラワー先輩に勝つ」


「高麗人参はちみつスティックにも負けませんわ」


 エシャロットちゃんが言った。


「ブロッコリーには?」


 俺は筆談板に書いた。


 二人は同時に黙った。


 やめろ。


 そこは景気よく倒すって言え。


「ブロッコリー様は、今日は審査員側ですもの」


 エシャロットちゃんが言った。


 黒幕が審査員席にいる。


 終わっている。


 広場の中央を見ると、ブロッコリーが健康そうな顔で立っていた。


 その横にはカリフラワー先輩。

 さらに少し離れて、ロマネスコ先輩。


 緑。

 白。

 幾何学。


 花蕾三兄妹、圧が強すぎる。


 高麗人参は、特別栽培区画から出張してきたらしく、赤い布を敷いた高級そうな屋台で、はちみつスティックを売っていた。


 売っているというより、献上品を配っているような顔だった。


 腹立つな。


 だが、客はいる。


 高級感は強い。


 そして、カリフラワー先輩の屋台にも、朝から人が集まっている。


 今日の新作は、白いカリフラワーのポタージュと、ひとくちフリット。


 強い。


 白い。

 温かい。

 上品。

 家族連れにも安心。


 くそ。


 こちらは、くるくる回された元・同族を揚げる屋台である。


 勝てるのか。


 いや、勝つしかない。


 俺は筆談板を握った。


『開店しましょう』


「よし!」


 野蒜ちゃんが声を張る。


「いらっしゃい! 収穫祭限定、くるくるマンドラゴラだよ! 悲鳴対策済み! 子どもにも人気! ちょっと元気になる味!」


 最初に来たのは、やっぱりウリ坊の友だちだった。


 小さなオークたちが、わらわら集まってくる。


「くるくる!」

「まわるやつ!」

「一番根いる!」

「花咲く?」


 最後の子、こないだの朝市にいたな。


 俺は筆談板に書いた。


『今日は咲きません』


「えー」


 えーじゃない。


 花はサービスではない。


 くるくるマンドラゴラは、順調に売れた。


 ウリ坊が取っ手を回す。

 野蒜ちゃんが揚げる。

 エシャロットちゃんが味を整える。

 オーク農家が火加減を見る。

 俺が筆談板で営業する。


『叫びません』

『揚げたてです』

『苦味控えめです』

『根菜です』

『怖くありません』


 最後だけ、少し嘘かもしれない。


 だが、列は伸びた。


 子どもが笑う。

 親が買う。

 若者が面白がる。

 おばあさんが「酒に合いそう」と二袋買う。


 いける。


 これは、いける。


 カリフラワー先輩の列よりは短い。

 でも、だんだん追いついている。


 高麗人参はちみつスティックの客も、こちらをちらちら見ている。


 高麗人参が悔しそうだ。


 非常に良い。


 その時だった。


 風向きが変わった。


 ふわりと、別の匂いが流れてくる。


 土ではない。

 薬草でもない。

 油でもない。


 もっと青い。


 山。

 芽吹き。

 苦味。

 春。


「……来たわね」


 野蒜ちゃんが低く言った。


 エシャロットちゃんの表情が引き締まる。


「春山菜勢ですわ」


 春山菜勢。


 字面が強い。


 広場の反対側に、緑の幟が立っていた。


 春の山菜天ぷら

 ふきのとう

 こごみ

 ぜんまい

 わらび

 タラの芽


 終わった。


 いや、まだ終わっていない。


 だが、かなり強敵である。


 山菜天ぷら。


 収穫祭で勝てる気がしない。


 春限定。

 香りがいい。

 大人に刺さる。

 酒にも合う。

 天ぷらという時点で強い。


 しかも、こちらも揚げ物。


 同じ油の土俵で、季節感の暴力をぶつけられている。


「根菜よ、震えているな」


 声がした。


 山菜屋台の中央に、ひときわ立派な芽が立っていた。


 丸く膨らんだ緑の芽。

 太く短い茎。

 小さな棘。

 全身から漂う、春山の王者感。


 タラの芽だった。


 たぶん。


 いや、絶対そうだ。


 こいつが山菜勢のボスだ。


「我らは春に選ばれし者。土の中で年中うじうじしている根菜とは、格が違う」


 声は聞こえない。


 でも、絶対そう言っている顔だった。


 俺は筆談板に書いた。


『季節限定野菜が偉そうに』


 野蒜ちゃんが吹き出した。


 タラの芽の棘が、ぴくりと揺れた。


 読まれた?


 いや、まさか。


 山菜だぞ。


 俺も野菜だけど。


 ブロッコリーが審査員席から健康そうに微笑んでいる。


 あいつ、絶対この展開を知っていたな。


「一番根、気をつけて」


 エシャロットちゃんが小声で言った。


「タラの芽は、山菜勢の中でもかなりの実力者ですわ。天ぷら適性、季節感、香り、希少性。どれも強い」


「さらに」


 野蒜ちゃんが包丁を握り直す。


「あいつ、虫を使うのよ」


 虫?


 俺は筆談板に書いた。


『虫?』


 答えはすぐに来た。


 がさ。


 屋台の下で音がした。


 がさがさ。


 また音がした。


 ウリ坊が首を傾げる。


「なに?」


 次の瞬間、黒褐色の何かが、屋台の影からぴょんと跳ねた。


 長い脚。

 丸い背中。

 妙に高い跳躍力。

 こっちを見ているのか見ていないのか分からない顔。


 カマドウマだった。


「ぎゃあああああ!」


 野蒜ちゃんが叫んだ。


 え。


 そっちが叫ぶのか。


 カマドウマは一匹ではなかった。


 二匹。

 三匹。

 五匹。

 十匹。


 屋台の隙間、木箱の影、削り機の足元から、次々に跳ねてくる。


 客がざわついた。


 子どもが後ずさる。


 ウリ坊が目を丸くする。


「虫!」


 そうだな。


 虫だな。


 俺も嫌だ。


 かなり嫌だ。


 だが、ここで混乱すれば終わりだ。


 くるくるマンドラゴラは、子どもに売れることが条件。

 家族連れが買えることが条件。

 屋台にカマドウマが跳ねていたら、食べ物として完全にアウトである。


 タラの芽。


 やりやがったな。


 山菜屋台の中央で、タラの芽がふんぞり返っていた。


 小さな棘が、指揮棒のように揺れる。


 カマドウマたちが、それに合わせて跳ねる。


 カマドウマを操るタラの芽。


 何なんだ、その能力。


 山菜に必要か?


「一番根!」


 ウリ坊が俺を見る。


 野蒜ちゃんは包丁を構えたまま固まっている。


 エシャロットちゃんは、顔色を変えずに紙袋を守っているが、足元は明らかに引いている。


 オーク農家は困っていた。


 そりゃ困る。


 害虫対策は農家の仕事かもしれないが、収穫祭の屋台でカマドウマ軍団は想定外だろう。


 俺は筆談板を握った。


 考えろ。


 マンドラゴラは叫ぶ。

 カマドウマは跳ねる。

 タラの芽は操る。

 客は逃げる。


 このままでは負ける。


 だが、カマドウマを殺虫するのは違う。

 食べ物の屋台で殺虫剤は最悪だ。

 包丁で追い回すのも最悪だ。

 叫んで吹き飛ばすのも、たぶんもっと最悪だ。


 なら。


 俺は筆談板に書いた。


『音で誘導します』


 エシャロットちゃんが目を見開いた。


「まさか」


 そう。


 マンドラゴラの悲鳴は危険だ。


 だが、俺はもう、ただ叫ぶだけの根菜ではない。


 朝市で花を咲かせた。

 くるくる下処理も考えた。

 悲鳴を抑える方法も見つけた。


 なら、声を使う方法もあるはず。


 俺は小さく息を吸った。


 叫ばない。

 殺さない。

 客を驚かせない。


 細く、低く、土の中を震わせるように。


「――――」


 声を出した。


 人間には、ほとんど聞こえなかったはずだ。


 だが、カマドウマたちはぴたりと動きを止めた。


 長い脚が震える。


 触角が揺れる。


 俺は、さらに声を絞った。


 土の中の湿った場所。

 暗くて狭い隙間。

 安心できる逃げ道。


 そういうものを思い浮かべながら、音を出す。


 カマドウマたちが、ゆっくりと向きを変えた。


 一匹。

 二匹。

 三匹。


 屋台の下から離れていく。


 向かった先は、広場の端に置かれた空の木箱だった。


 オーク農家が、すぐに動いた。


 木箱の中へ、湿った落ち葉を放り込む。


 カマドウマたちは、次々にそこへ入った。


 最後の一匹まで入ったところで、オーク農家がそっと蓋をした。


 勝った。


 いや、何に勝ったんだ。


 カマドウマに勝った。


 俺は声を止めた。


 広場が静まり返っている。


 客たちが、こちらを見ている。


 やばい。


 叫んだと思われたか?


 危険な根菜だと思われたか?


 そう思った瞬間、ウリ坊が叫んだ。


「一番根、虫さん追い出した!」


 子どもたちが、ぱあっと顔を輝かせた。


「すごい!」

「虫よけ根菜!」

「一番根、やさしい!」

「カマドウマ殺さなかった!」


 やさしい。


 そう来るか。


 俺は少しだけ固まった。


 エシャロットちゃんが、すかさず看板に新しい札を貼った。


 虫さんにもやさしい屋台


 待て。


 それは食べ物屋としてプラスなのか?


 だが、客は戻ってきた。


 むしろ増えた。


「さっきの音、どうやったの?」

「危なくないの?」

「虫よけになるの?」

「くるくる二本ください」


 最後の人、ありがとう。


 野蒜ちゃんが復活した。


「揚げるわよ!」


 くるくるマンドラゴラが、再び油に入る。


 列が伸びる。


 カリフラワー先輩の列に、追いつきかける。


 タラの芽の屋台がざわついた。


 ふきのとうが慌てている。

 こごみがくるくる巻いている。

 ぜんまいも巻いている。

 わらびは、ぬるっとしている。


 タラの芽だけが、こちらを睨んでいた。


 俺は筆談板に書いた。


『虫を使うのは食材としてどうかと思う』


 タラの芽の棘が震えた。


 効いている。


 だが、勝負はまだ終わっていない。


 ブロッコリーが、審査員席で口を開いた。


「素晴らしい対応だったね、マンドラゴラ君」


 褒めるな。


 その声で褒められると、裏がある。


「危機対応力、子ども人気、屋台運営。どれも評価に値する」


 ほら来た。


「では、次は純粋な味で比べてみよう」


 純粋な味。


 嫌な言い方だ。


 ブロッコリーの視線の先で、タラの芽が天ぷらになっていた。


 黄金色。

 薄い衣。

 春の香り。

 塩だけで食べるやつ。


 強い。


 めちゃくちゃ強い。


 俺たちのくるくるマンドラゴラも、揚げたてで悪くない。


 だが、相手は春の王者タラの芽。


 季節感の暴力。


 審査皿が並べられる。


 くるくるマンドラゴラ。

 タラの芽の天ぷら。

 カリフラワーのフリット。

 高麗人参はちみつスティック。


 何だこの食べ比べ。


 根菜と山菜と花蕾と薬用根菜の異種格闘技すぎる。


 ブロッコリーが審査員の顔をした。


 ロマネスコ先輩は、くるくるマンドラゴラの螺旋角度を測っている。


 やめろ。


 味を見ろ。


 カリフラワー先輩は、少しだけ緊張している。


 高麗人参は、余裕ぶっている。


 タラの芽は、勝った顔をしている。


 そして、最初に試食したのはウリ坊だった。


 なぜか審査員席に座っている。


 かわいいから許されたらしい。


 ウリ坊は、タラの芽の天ぷらを食べた。


「おいしい!」


 強い。


 次にカリフラワーフリット。


「おいしい!」


 強い。


 高麗人参はちみつスティック。


「にがあまい!」


 評価が正直。


 そして、くるくるマンドラゴラ。


 ぱり。


 ウリ坊は噛んだ。


 目を閉じる。


 もぐもぐ。


 そして、言った。


「これがいちばん楽しい!」


 味じゃない。


 でも、勝った気がした。


 ブロッコリーが少しだけ目を細めた。


 カリフラワー先輩が笑った。


 タラの芽は、悔しそうに棘を震わせた。


 野蒜ちゃんが拳を握る。


 エシャロットちゃんが、すぐに看板へさらに札を足した。


 おいしくて楽しい


 強い。


 だいぶ強い。


 客の列が、また伸びた。


 タラの芽の天ぷらも売れている。

 カリフラワーも売れている。

 高麗人参も、なんだかんだ売れている。


 だが、くるくるマンドラゴラには、子どもたちが集まっている。


 笑っている。


 指差している。


 回るところを見たがっている。


 食べて、ぱりぱり音を立てて、また笑う。


 これだ。


 俺はようやく分かった。


 カリフラワーに成り代わるには、カリフラワーと同じ土俵では駄目だ。


 高麗人参のような高級感でも駄目だ。


 タラの芽のような季節感でも駄目だ。


 俺には、楽しい根菜になる道がある。


 ……それでいいのか?


 いいのかもしれない。


 指定野菜への道は、たぶん一つではない。


 食卓に並ぶ。

 鍋に入る。

 揚げられる。

 食べ歩かれる。

 子どもに笑われる。


 いや、笑われるは違うな。


 笑わせる、だ。


 俺は筆談板に書いた。


『くるくるマンドラゴラ、追加で揚げます』


 ウリ坊が跳ねた。


「おれ、まわす!」


 野蒜ちゃんが笑った。


「休憩したらね」


 エシャロットちゃんが紙袋を増やす。


 オーク農家が削り機を整える。


 高麗人参が悔しそうにこちらを見る。


 タラの芽も悔しそうにこちらを見る。


 悔しそうな相手が増えた。


 良い日だ。


 ブロッコリーは、遠くで健康そうに笑っている。


 絶対、また何か考えている。


 だが、今日のところはいい。


 春の収穫祭。


 山菜たちは強かった。


 カマドウマは怖かった。


 タラの芽はかなり厄介だった。


 でも、くるくるマンドラゴラは売れている。


 子どもが笑っている。


 ウリ坊が回している。


 俺は叫ばず、虫も殺さず、屋台を守った。


 これはもう、勝ちと言っていいだろう。


 たぶん。


 いや、絶対。


 俺は胸を張った。


 根菜だけど。

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