第6話 くるくる根菜、試作開始⭐️ 俺の悲鳴対策が有能すぎて、オーク農家に崇えられたんだが?
収穫祭まで、一週間。
指定野菜を目指すマンドラゴラにとって、これは短い。
短すぎる。
なにせ、やるべきことが多い。
くるくるマンドラゴラの試作。
悲鳴対策。
苦味対策。
油はね対策。
商品名の決定。
屋台の改造。
カリフラワー先輩の新作対策。
ブロッコリーの黒幕対策。
高麗人参の悔しそうな顔の観察。
最後だけは、まあ、趣味である。
「では、第一回くるくるマンドラゴラ試作会を始めますわ」
エシャロットちゃんが、白いエプロン姿で宣言した。
場所は、オーク農家の作業小屋。
木製の長机の上には、昨夜のうちにオーク農家が作り上げた、試作一号機が置かれている。
くるくる削り機。
見た目は、芋を螺旋状に切る屋台道具に近い。
ただし、全体的にやたら頑丈だった。
取っ手が太い。
刃も厚い。
固定具がごつい。
台座には、魔除けの札みたいなものまで貼ってある。
料理器具というより、封印具だ。
「これ、本当に調理器具なの?」
野蒜ちゃんが言った。
俺もそう思う。
オーク農家は胸を張った。
「悲鳴で壊れねえように作った」
基準がそこ。
「あと、削る途中で逃げられねえ」
基準がそこ。
根菜界の人権、どこにあるんだ。
いや、野菜権か。
机の横では、間引きマンドラゴラたちが整列していた。
Sサイズ。
加工用。
試作希望。
くるくる志願者。
最後の札の前に、三本ほど並んでいる。
志願制だった。
偉い。
だが、その覚悟が重い。
先頭の間引き根が、根っこ指で親指を立てた。
またか。
お前たち、覚悟決まりすぎだろ。
「一番根、見ててくれ」
ウリ坊が、くるくる削り機の取っ手を握った。
「おれ、まわす!」
かわいい。
ただし、危険。
オーク農家がウリ坊の後ろに立つ。
「ゆっくりだぞ。叫ばれたら手を離せ」
「わかった!」
絶対分かってない返事だ。
俺は筆談板を握った。
『待ってください』
全員がこちらを見た。
俺は深く息を吸う。
声は出さない。
叫ばない。
説明は筆談でやる。
『悲鳴対策を考えました』
作業小屋が静まり返った。
野蒜ちゃんが眉を上げる。
「へえ。なに?」
俺は筆談板に書いた。
『抜かれるから叫ぶなら、抜かれていないと思えばいい』
沈黙。
長い沈黙。
エシャロットちゃんが、そっと首を傾げた。
「つまり、どういうことですの?」
『削られている間、収穫ではなくマッサージだと思わせます』
「正気?」
野蒜ちゃんが言った。
失礼な。
かなり本気だ。
俺は続けて書く。
『悲鳴は恐怖反応です。なら、恐怖を減らせばいい。固定具を柔らかくして、声かけして、温めて、香りを良くして、本人が合意してる状態で削れば、たぶん叫びが弱くなります』
オーク農家が腕を組んだ。
「なるほどな」
なるほどなのか。
「家畜も不安にさせると肉が固くなるって言うしな」
その比較はどうなんだ。
だが、方向性は合っている。
エシャロットちゃんの目が光った。
「つまり、調理前処置ですわね。香り、温度、接触感、声かけ。これは商品化できますわ」
商品化するな。
いや、するべきなのか。
野蒜ちゃんが、くるくる志願者の間引き根に向き直った。
「じゃあ、やってみる? 怖かったらやめていいから」
間引き根は、こくりと頷いた。
小さな作業台に、やわらかい布が敷かれた。
エシャロットちゃんが、温かいハーブ湯で根の表面を拭く。
野蒜ちゃんが、少しだけ塩を溶かした水を葉っぱに吹きかける。
ウリ坊が両手で間引き根の根っこ手を握る。
「だいじょうぶ。くるくる、こわくない」
やめろ。
泣きそうになる。
間引き根も、少し震えながら頷いた。
俺は筆談板を掲げる。
『あなたは食卓へ行く勇者です』
間引き根は、また親指を立てた。
かっこいい。
やっぱり重い。
「いくぞ」
オーク農家が固定具をそっと閉じた。
今度は、乱暴ではない。
布越しに、やさしく支えるように。
ウリ坊が取っ手を回す。
くる。
くるくる。
刃が間引き根に入った。
「――――っ」
全員が身構えた。
しかし、響いたのは悲鳴ではなかった。
「ふ……ふひゅ……」
変な声だった。
痛いのか。
くすぐったいのか。
恥ずかしいのか。
本人にも分からない声だった。
だが、死ぬほど危険な叫びではない。
耳当てなしでも耐えられる。
ウリ坊が目を丸くした。
「一番根、すごい!」
俺は胸を張った。
根菜だけど。
くるくると、薄く長く、螺旋状になったマンドラゴラが伸びていく。
小さな体が、一本の長いスパイラルになる。
見た目はかなり良い。
人型感が消えている。
怖さも減っている。
少し楽しい。
屋台で売っていたら、たぶん子どもが見に来る。
エシャロットちゃんが、真剣な顔で頷いた。
「これはいけますわ」
野蒜ちゃんも笑った。
「叫ばない下処理、成功じゃん」
オーク農家が俺を見た。
目が熱い。
やめろ。
その目は、かなり困る。
「一番根」
オーク農家が、低く言った。
「お前、農家を救うぞ」
重い。
評価が重い。
指定野菜どころか、農業安全革命みたいになってきた。
削られたマンドラゴラは、すぐに水へさらされた。
苦味と薬草臭を抜くためである。
水は、すぐにうっすら濁った。
野蒜ちゃんが匂いを嗅ぐ。
「うん。相変わらず薬」
だろうな。
エシャロットちゃんは、そこへリンゴ酢と少量の蜂蜜を加えた。
「酸味と甘みで、苦味の角を丸くします。あとは二度揚げですわ」
くるくるマンドラゴラは、油に入れられた。
じゅわ。
音がした。
香りが立つ。
土。
薬草。
油。
塩。
ほんの少しの甘酸っぱさ。
悪くない。
いや、かなり悪くない。
揚がったくるくるマンドラゴラに、ハーブ塩が振られる。
皿に立てるように盛り付けると、見た目は完全に屋台メニューだった。
すごい。
人型の危険根菜が、食べ歩きスナックになっている。
食文化、強い。
「試食」
野蒜ちゃんが一口かじった。
ぱり。
音がした。
彼女の目が少し見開かれる。
「……チップスよりいい」
勝った。
少なくとも、チップスには勝った。
エシャロットちゃんも一口。
「苦味が減っていますわ。香りも、薬草というより香味野菜寄りになりました。これなら売れます」
ウリ坊が、待ちきれない顔で跳ねる。
「おれも! おれも!」
小さく冷ました一本を受け取り、ウリ坊がかじる。
ぱり。
もぐもぐ。
ぱあっ。
「おいしい! くるくるで、ぱりぱりで、ちょっと元気になる!」
ちょっと元気になる。
薬効っぽい。
いや、これは良い。
子どもが笑った。
食べ歩きできる。
見た目も楽しい。
悲鳴事故も抑えられる。
これは、かなり指定野菜に近づいたのではないか。
その時だった。
「ほう」
特別栽培区画の方から、低い声がした。
高麗人参だった。
また見ていたのか。
木箱の中から、いつもより少し険しい顔でこちらを見ている。
「薬効を軽食に落とし込むとは。下品だが、悪くない」
声は聞こえない。
でも、絶対そう言っている顔だった。
野蒜ちゃんが笑った。
「悔しそう」
エシャロットちゃんも微笑む。
「高級根菜様には、食べ歩きなど難しゅうございますものね」
高麗人参の根が、ぴくりと震えた。
効いている。
だが、次の瞬間。
高麗人参の木箱の横に、見慣れない幟が立った。
高麗人参はちみつスティック
待て。
お前も食べ歩きする気か。
しかも、ちょっと美味そう。
高麗人参は、こちらを見て鼻で笑った。
くそ。
高級根菜、対応が早い。
「一番根」
野蒜ちゃんが包丁を握り直した。
「収穫祭、たぶん根菜戦争になるわよ」
嫌な単語だ。
だが、燃えてきた。
チップスの次は、くるくる。
高麗人参も動いた。
カリフラワー先輩は新作を用意している。
ブロッコリーは絶対に裏で笑っている。
ロマネスコ先輩はたぶん螺旋の完成度を採点してくる。
野菜界、怖すぎる。
でも、逃げるわけにはいかない。
俺は筆談板に書いた。
『くるくるマンドラゴラ、量産しましょう』
オーク農家が頷いた。
「任せろ。削り機を三台に増やす」
増やすな。
いや、増やせ。
ウリ坊が両手を上げた。
「おれ、全部まわす!」
かわいい。
でも過労が心配。
エシャロットちゃんが、商品札を書き上げた。
くるくるマンドラゴラ
叫ばない下処理済み
お子さまにも人気
ちょっと元気になる味
最後が少し怪しい。
薬機法とか大丈夫か。
いや、ここは異世界だ。
たぶん大丈夫。
俺は空を見上げた。
収穫祭まで、あと六日。
指定野菜への道は遠い。
だが今日、俺は一つ確信した。
マンドラゴラは、怖いだけの野菜じゃない。
切り方と下処理と売り方次第で、ちゃんと食卓へ近づける。
そして、食べ歩きにもなる。
つまり。
俺はもう、ただの叫ぶ根菜ではない。
くるくる回され、ぱりぱり揚げられ、子どもに笑顔を届ける根菜である。
……それはそれで、どうなんだ。
深く考えるのはやめた。
遠くで、高麗人参が悔しそうにこちらを見ている。
それだけで、今日の試作は大成功と言ってよかった。




